第二十八話 リラとリカと誉

 一方その頃、一希かずきは『ニューポープ』でいつものようにボーイのアルバイトをしていた。秋葉原で見かけたリカも、すっかりホステスの「リラ」になって働いている。

「今日は仕事仲間を連れてきたよ。『草原くさはら土木建設』の社長さん」

 リラのお得意さんである牧野まきの清之輔せいのすけが、恰幅のいい中年男性を紹介する。三者面談で草原秋恵あきえと一緒にいたことを一希は思い出した。

「初めまして。どんなお仕事をなさってるんですか」

 リラの問いに、草原正彦まさひこは一希の運んできたウイスキーの水割りを飲みながら答えた。

「主にビルやマンションの建設をやってるよ。ま、大手建設会社の下請けだがね」

「今度銀星ぎんせい大学の講義棟増築工事を一緒にやることになったんでな、前祝いみたいなもんさ」

 牧野はウイスキーグラスを持ち上げた。リラもグラスを合わせる。

「あたしは銀星大学に通ってるんですよ。ご縁がありますね」

「そうか、リラさんが大学生だとは聞いてたが、まさか銀星大学だったとはね。同じ大学生でも愚息とは大違いだ」

 リラと牧野の会話を聞いた草原が身を乗り出した。

「実は、娘が銀星大学を受けたいと言っててね。私も最初は真砂まさご女子大学の方がいいと反対したんだが、あんまり熱心なんで折れたんですよ。大学はどんな感じですか」

「確かに女子学生は少ないですが、今は学生運動も下火になりましたし、いい先生もいますよ。ぜひ後輩になってほしいですね」

「それは心強いですな」

 草原はうなずくと水割りを飲み干す。

「ジュニア、水割りのお替わり一つ」

 リラは一希に呼びかけた。


              ○


 仕事を終えた一希が、裏口から出ようとした時だ。建物の影に青年が立っているのに気づいた。暗くてよく分からないが、かなり憔悴しょうすいしているようだ。

(どこかで見たことあるような)

 一希が頭をひねっていると、後ろからリカが出てきた。青年を見て立ち止まる。

ほまれ

さかの兄貴か)

 青年は一希には目もくれず、リカに抱きついた。

「親父に君のことがばれた。別れろと言うんで飛び出してきたんだ。君のアパートに泊めてくれ」

「分かったわ」

 二人は立ち去ったが、一希は真優美のことが気がかりだった。


              ○


 翌日。坂家の食卓では両親と真優美がいつものように朝食をとっていた。テレビでは、先日起こった企業爆破事件のニュースが流れている。死傷者も出ているため、連日話題となっているのだ。

「誉、結局帰ってこなかったわね」

 ゆで卵をむきながら公美子くみこがつぶやく。

「しばらく頭を冷やしてもらわんとな。私もあいつを甘やかしすぎた」

 豊雄とよおは新聞を見ながら答える。

「真優美、スーパーにつきあってちょうだい。夕ご飯は誉の好きなシチューにするわ」 

(いつも兄さんの好物ばかり。わたしの好物を作ろうとはしないよね)

 その場にいたたまれなくなった真優美は、無言でトーストを頬張った。

(兄さんが帰ってきたら、今度こそリカさんのことを聞こう。家族ではわたししか二人の味方にはなれないんだから)

 しかし、その夜も誉は帰ってこなかった。

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