第29話 球技大会⑤
小春が退場したことで、
体育館の空気が一瞬だけ沈んだ。
だが──試合再開。
それでも、陽菜を中心とした女子バスケメンバーは誰も諦めていなかった。
相手のエースが鋭く切り込みながらドリブルで迫る。
「抜かせない!」
陽菜は一歩で距離を詰め、
視線だけでパスの意図を読み切る。
シュッ──。
鋭い音とともにパスカット。
観客が一斉に息を呑む。
「今の……見えた?」
「動き速すぎ……1年であれ?」
陽菜は一瞬で前へ走り抜け、レイアップを沈める。
体育館の空気が一気に熱くなる。
そこからは陽菜と3年生エースの一騎打ち。
互いの読みとスピードがぶつかり合い、
息が詰まるような攻防が続いた。
しかし──均衡は、徐々に相手側に傾く。
陽菜のわずかなミス。
エースに切り込まれる。
「しまった……!」
その瞬間、後ろからクラスメイトが飛び込んだ。
「っ──!」
身を挺してブロック。
「陽菜にばっかり負担かけてごめんね。
これくらいしか力になれないけど……頑張ろうね」
陽菜の目がじわっと潤む。
「……ありがとう……!」
そこからは完全に“チームB組”だった。
スクリーン、パス回し、声掛け──
全員が陽菜を支えながら走り続ける。
残り5秒、1ゴール差。
B組 36 - 38 3年A組。
男子も女子も、クラス全員が立ち上がっていた。
「桜井さん!!」
「いけるって!!」
「頼んだぞーー!」
最後のボールは、陽菜に託された。
深呼吸。
震える指先を握り締める。
陽菜の脳裏に、小春の泣き顔が浮かんだ。
(……小春。見ててね)
陽菜はトップから踏み込み、
ロングシュートを放つ。
ーーーーシューーーッ……。
放物線が美しく伸びる。
体育館は、水を打ったように静かになった。
「入れ……!」
誰かの願うような声。
カンッ!
リングに弾かれ、
ボールは高く舞い上がり──
コロン……
外れた。
ホイッスルが鳴り、試合終了。
大歓声と拍手が起こったが、
陽菜はその場で静かに息を整えた。
膝に手を置き、深呼吸し、
ゆっくりと顔を上げる。
(……やり切った)
悔しさよりも、
自分が出せる力は全部出せたという静かな納得が胸にあった。
そんな陽菜を、周りのクラスメイトが囲む。
「桜井さん!やばかったよ今の!」
「最後のあれ、ホントに入ると思った!」
「マジで3年相手に互角だった!」
みんな口々に声をかける。
陽菜は軽く笑って返した。
「ありがとう。ほんと、もう全部出し切ったよ」
言葉は穏やかで、
悔しさではなく 誇り が滲んでいた。
そして──
陽菜の視線が自然とコートの出口へ向く。
山城におんぶされ、
保健室に運ばれていく小春の後ろ姿。
(……小春、大丈夫かな)
胸がぎゅっと締めつけられた。
勝敗なんてどうでもよくなるほど、
陽菜の心はすでにそっちへ向かっていた。
むしろ──
(小春がいなきゃ、ここまで来れなかった)
そんな想いが強く強く残っていた。
陽菜は拳をそっと握る。
「……小春の分まで頑張れたよね?」
静かにそう呟くような表情だった。
その顔は強かった。
折れず、揺らがず、まっすぐだった。
試合を終えた体育館は、まだ熱気の余韻を残していた。
その廊下で、陽菜はひとり、深呼吸をしていた。
汗に濡れた前髪を軽く整えていると──
「陽菜ー!」
元気な声が駆けてくる。
杏奈と京香だった。二人ともタオルで首元を拭きながら息を弾ませている。
杏奈は陽菜の顔を見るなり、眉を下げて近づいてきた。
「陽菜、本当にお疲れさま……。
小春、怪我しちゃったんだって? 大丈夫かな……」
陽菜は一瞬だけ困ったように目を伏せたが、すぐに言葉を選んで笑った。
「それがね……一樹が、おんぶして保健室に連れてったの」
その瞬間、二人は同時に跳ねるように声を上げた。
「「えええぇーー!?」」
人的に起こる反応というよりも、
心そのものが飛び上がったような反応だった。
京香は手で口を押さえながら、目を丸くする。
「えっ……おんぶ……? その……背中に、ですか?」
「そう。すごい急いでたし……小春、立てなかったから」
杏奈は顔を真っ赤にしながら何度も瞬きをした。
「ちょ、ちょっと待って……
何その青春イベント……。
私たちバレーどころじゃないじゃん……!」
京香も胸に手を当てて大げさにため息をつく。
「はぁ……小春さん、ドラマのヒロインですか……」
陽菜はその反応がおかしくて、肩を震わせながら笑った。
話題を切り替えるように、陽菜が問いかける。
「ところで……バレーは? どうだったの?」
杏奈は一気に項垂れた。
「……一回戦は勝てたんだけどね。
二回戦の相手、3年生だったじゃん?」
「うん」
「もう……無理だった。
まずスタイルが反則級に良くて、集中できなかった……!」
京香が目を細めて付け足す。
「あれは……“ボンッ、キュッ、ボンッ”でしたね。
お手本のような……」
陽菜は吹き出しそうになり、口元を押さえる。
「ちょっと待って、想像しただけで強そう……」
杏奈は自分の顔を両手で覆いながら叫ぶ。
「それが本当に強いんだよ!
スパイクもブロックも、全部……もう、全部!!」
京香が苦笑する。
「私、途中から“どう勝つか”じゃなくて
“どう目をそらすか”で必死でした……」
三人は自然と顔を見合わせる。
そして──ふっと同じタイミングで笑いがこぼれた。
緊張も疲れも、笑い声と一緒にやわらかく消えていく。
その笑いの中で、杏奈はふと小さく息を吸った。
(……小春のことは、一樹に任せていいかな)
そんな思いが胸に浮かんだことに、
自分でも少し驚きながら──
それでもどこか温かく感じていた。
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