第9話 生徒会③
会議室には、各クラスの委員長たちがすでに何人か集まっていた。
弁当の匂いが混ざる和やかな空気の中、小春と山城が入る。
その瞬間──
「お、山城じゃん!」
「おお! お前委員長やんの?」
声をかけてきたのは別クラスの男子二人。
一樹は少し驚いた顔で手を挙げる。
「久しぶりだな」
さらにもう一人、明るい声の女子が駆け寄ってくる。
「いつきっち、おひさー!」
「……誰が“いつきっち”だよ」
言い返しながらも、一樹の顔はどこか懐かしそうだった。
その様子を見ていた小春がぽつり。
「ねえ……一樹って有名人なの?」
「そんなんじゃねえよ」
一樹は眉をひそめるものの、
周りの委員長たちは口々に笑った。
「昔からの知り合いだよー」
「よろしゅうね〜一年B組さん」
その女子がひと言付け足す。
「そいつさ、そこそこ有名だよ? 中学ん時」
「は!? やめろ、そういうの」
小春は横目で山城を見た。
昨日まで知らなかった顔。
ちょっとだけ周りに慕われてる気配。
(……一樹って、意外とこういう感じなんだ)
言葉にはしない。
でも胸の奥に、知らないページがめくれたような感覚が残った。
自然と、小春の口元がゆるむ。
そんな彼女に気づかず、一樹は困ったように頭をかいていた。
教室の外に出ると、夕方の光が廊下を染めていた。
杏奈が靴箱へ向かおうとした瞬間──
階段の下で誰かが手を挙げた。
「よ!」
山城一樹だった。
「……なに?」
声は少しそっけない。
けれど一樹は気にした様子もなく言う。
「久しぶりに“あそこ”行こうぜ」
「……あそこ?」
杏奈は首をかしげながらついていった。
夕方の匂いと、揚げ油のあたたかい匂いが混ざる店先。
二人が小さい頃から通っていた近所の肉屋に着く。
「おばちゃーん、コロッケ二つ!」
「はいよー! ……って、あらぁ! 一樹くん?」
店のおばちゃんが、ぱっと目を丸くする。
「見ないうちに大きくなったねぇ」
「いやいや、おばさんも元気そうで」
「杏奈ちゃんも……まぁ、こんなに可愛くなって!」
おばちゃんは大げさに手を叩く。
「一樹くんも隅に置けないわねぇ〜」
「ち、ちがっ……そんなじゃ……!」
杏奈は慌てて視線を逸らし、
一樹は苦笑いしながら商品を受け取った。
二人で歩きながら、
まだ熱いコロッケを紙袋から取り出す。
「……で、急にどうしたの?」
杏奈がようやく聞くと、
一樹はコロッケをかじりながら言った。
「覚えてるか? 昔さ、遊んだ帰りにこうしてコロッケ買って帰ったろ」
杏奈の歩幅が少しだけ揃う。
「……覚えてるよ」
その声は、小さくて優しい。
「入学式からバタバタしてさ。
あんまり話してなかったろ?」
一樹は軽く肩をすくめる。
「たまには……こうして杏奈と話しながら帰りてぇなって思ったんだよ」
その言葉に、
杏奈はピタリと立ち止まる。
(……なにそれ)
胸に落ちてくるものがあって、
一瞬だけ呼吸が止まった。
一樹は気づかないまま、またコロッケをかじっている。
「やっぱこのコロッケうまいなー!」
杏奈もそっと一口食べる。
「……美味しい」
「だよなー! ほら、何してんだよ。早く来いって」
一樹は軽く手を振って先を歩く。
杏奈はその背中を見ながら、
小さく、笑うのか呟くのか分からない声で言った。
「……人の気も知らないで」
でもその口元は、自然とゆるんでいた。
そして一樹を追いかけて、小さく駆け出す。
その足取りは、まるで昔に戻ったみたいに軽かった。
そこまでの道は
放課後の風と、少し冷めたコロッケの香りが混ざっていた。
一樹は、昔と同じ歩幅で前を歩く。
杏奈はその横を歩きながら、
ときどき視線だけで彼の横顔を追っていた。
特別な会話はない。
でも、沈黙が気まずくなかった。
角を曲がると、杏奈の家の屋根が見えてくる。
杏奈は歩幅を自然とゆるめ、
山城は気づかないまま前へ進む。
「……ここまででいいよ」
杏奈がそう言うと、
一樹は足を止めて振り返った。
「おお、家こっちだよな。じゃ、また明日」
軽く手をひらひらと振る。
杏奈もゆっくり手を上げた。
「……うん。明日」
一樹が背を向けて歩き出す。
その背中が夕日の中に溶けていくように遠ざかる。
ふっと、風が吹いた。
制服の裾が揺れ、杏奈の髪が頬にかかる。
指先でそっとそれを払うと、
自分の頬がほんのり熱いことに気づく。
(……)
理由は分からない。
分かりたくもなかった。
ただ、
胸の奥に小さな灯りがともったような感覚だけが
ゆっくりと残っていた。
杏奈は家の玄関に向かいながら、
もう一度だけ振り返る。
風の中、
一樹の姿はもう見えなくなっていた。
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