魔力とお母様
信じられない。けれど、本当に傷は治っているし、悪魔のことを知っているみたいだし……これは、どうやら現実みたいだ。
「えへへっ。驚いた? わたしは魔法使いのリナ! 騎士様のお名前は? 」
そう言えばまだ名乗っていなかった。ただ……本当の身分は隠しておきたい。
「私はマチルド。よろしくね、リナ」
「マチルドさん! よろしくお願いします! 」
無邪気に笑うリナの笑顔に罪悪感を感じつつ、私は話題を変えた。
「ところで、リナはなんで魔法を使えるの? てっきり何百年も前に滅びたと思っていたけれど」
「わたしもね、今びっくりしているの! 本当に、外の世界の人たちは魔法が使えないんだね」
「外の世界? 」
よほどの箱入り娘なのだろうか。
「あ、ごめんなさい。わたし、お母様からあまり外に出ちゃダメって言われているから。よく知らないの。ちゃんと順序を追って説明しなくちゃね。お母様に怒られちゃう」
リナは、自分の生い立ちを語り始めた。
数年前、リナは魔法の師匠兼育ての親のお母様に拾われて、この家にやってきたそうだ。そして不思議なことに、それまで何をしていたのか全く思い出せないらしい。
「お母様は、いつか記憶を見つけられるはずよって言ってたんだけれどね……」
そう言ってリナは俯いた。たしかに、自分が今まで何をしていたのかはっきりしないのはむずがゆいに違いない。まぁ、覚えすぎも困るけどね!
とにかく、この家で生き残りの魔法使いの指導を受け、魔法が使えるようになったらしい。
「それでね、魔法が使える仕組みなんだけれど……聞きたい? 」
本来ならば、このような話は後回しにすべきだ。もちろん分かっている。ただ、好奇心だって大切にすべきじゃないか。
「ぜひ聞かせてほしいな」
もしかしたら悪魔をなんとかするヒントがあるかもしれないしね!
「よーし! えっと、どこから話そうかな……」
リナは解説してくれた。魔法の仕組みを、こと細かく。
細か過ぎて、専門用語のオンパレードに数々の脱線。そして繰り返される今の話忘れてという言葉。軽率に聞いたのを後悔するくらい、リナの話は長く、複雑だった。この感じはあれだ。短い休み時間に、先生へ分からない部分を聞いたときのやつ……!
でも、要点だけまとめるとこういうことだ。
この世界には、「魔力」が存在する。
全ての生き物は体内に魔力を吸収でき、人間に限りその魔力を利用して「魔法」が使える。
その許容範囲は個体によって異なり、許容範囲量を超えてしまうと……やがて死に至る。
「だからね、マチルドさんが魔法を使えるのかは、まだわからないの。魔力を多く吸収できる方が、その分すごい魔法を扱えるし」
「なるほど……」
たぶん、話全体の一割くらいしか理解できなかったけれど、まぁいいか。魔力という概念を知れただけでも勉強になったし。
「教えてくれてありがとう。あと、もう一つ聞きたいことがあって」
ここからが本題だ。
「リナは、悪魔のことについて何か知っているの? 」
投げかけられた質問に、リナはとても驚いていた。
「マチルドさんも知っているの? なんで」
……まだリナの知識量が分かっていない今、迂闊に情報は出せない。
「実は、攻めてきた国の王様の様子がおかしくて。悪魔がなんとかって、リナも言っていたでしょ? 」
「うん。そうなんだけれど……話していいのかな、あれ」
あれだけ色々なことを教えてくれたのに、この件に関してはためらっている。
「……いや、やっぱり話したい! マチルドさんの国がピンチなんだもんね! 」
リナは決心し、立ち上がった。
「マチルドさんにも、お母様のお話を聞いてもらうね。一緒に来て! 」
そうか。リナの魔法の師匠なら何か知っていても不思議じゃない。あれ? でも、リナは今一人暮らしなんじゃなかったっけ。
頭に湧いた疑問は一旦置いておいて、私は立ち上がりかけた。
「あっ、やっぱり待って! まだ服が……」
「えっ? 」
体を見ると、傷を覆っていた包帯が少し緩んでいた。
「……マチルドさんの服、ボロボロだったから全部脱がしちゃったんだよね。ちょっと採寸させて! 新しい服作ってくるから! 」
リナは巻き尺を持ってきて採寸を済ませると、また慌ただしく部屋を出ていった。
しばらくすると、ドアの向こうからなにか呪文が聞こえてきた。隙間からピンク色の光が差してきて、同じように青色も見える。これもまた、魔法なのかな。
「お待たせー!できたよ!」
と言って、リナが服を抱えて入ってきた。
「まだ飾りつけるのは難しいんだよね。とってもシンプルだけど、破れているよりはマシだから」
そう言って渡されたのは、シンプルなんてとんでもない。黒地に白で草花の模様をいれたフード付きのマント、白のシャツに、しっかりとボタンが縫いつけられたベスト、そして大容量ポケットのズボン!どれも市場で売っていそうなくらい上等なものばかりだ。
「……すごい。やっぱり、これも魔法で?」
「えへへー! そうなんです。マチルドさんは騎士様だから、動きやすさと頑丈さを追求してみました! 」
ドヤ! と胸を張るリナに、私はただただ感心していた。
着替え終わり部屋を出ると、長い廊下が続いていた。そういえば、窓がないのに明るい。驚いたことに、天井には電球のようなものがあった。
「リナ、これってなに? 」
「えー? あっ、ヒカリダマね。ほら、この家って窓が少ないでしょ? お母様が減らしたみたいなんだけれど。暗くて困っちゃうから、魔法で作ったんだって」
「ふーん……」
欲しい。ランプより明るいから、ペティーに持って帰ってあげたら喜びそうだ。……でもな。
家は質素ながら所々に装飾もあり、上品にまとまっている。手入れも行き届いていて、清潔感のある家だ。
「この家すごいでしょ? お母様が一人で作ったの! 」
一人で? どうやって? と思ったけれど、心のなかに押し留めておいた。
途中でゴポゴポ鳴っている紫色の液体が入った大鍋も見えた気がするけれど、こちらもひとまず気にしないことにする。またあの長い話は聞きたくない。
曲がったり上ったり降りたり、まるで要塞のような家を歩き、やっとリビングにたどり着いた。
「ハーブティーと紅茶、どっちがいい? 」
キッチンにいるリナが聞いてくれた。まだ背が低いので、リナ専用の長い踏み台が作られている。
「じゃあ紅茶で……」
本当はどっちも苦手だ。姫になってから克服しようとしたけれど、こればっかりはどうにもできない。匂いが無理。
「あっ、緑紅茶もあった」
「えっ! 」
「ねぇねぇ、これ知ってる? 森でしか採れないお茶の葉を、まだ緑色のうちに蒸したり揉んだりすると、結構いい香りがするの。でも苦いのよね。わたしはあんまり好きじゃないんだけど……」
「ぜひそれでお願いします! 」
「そう? マチルドさんがいいなら出すけど」
首をひねりながら、リナはポットにお茶っ葉を入れた。
なんて不思議なネーミングだろうと、セレーナは思った。緑茶という概念がないからこそ出てきた単語だ。
でもいい。パチモンでもいい。まさか、この世界で、緑茶が飲めるなんて!
私は少し飲みものの好き嫌いが多くて、向こうの世界でも苦労した。やっと最近緑茶を飲めるようになったところで転生したので、実に十七年越し、待ちに待った緑茶だ! そうだよね、紅茶があるなら緑茶も作れるよね。
「お待たせしましたー。緑紅茶です! 」
リナが持ってきた緑紅茶は、紅茶用のティーカップに淹れられてきた。緑茶とあまりにもミスマッチで有識者に怒られそうだけど、いいんだよ。おいしかったら。
ひと口すすると、一気に向こうで生きていたときの記憶が蘇った。そういえば、高校受検のときは毎晩緑茶を飲みながら勉強してたな。
……ああ、最近色々ありすぎたけど、緑茶はおいしい。
「あれ? そういえば、なんでわたしが森の外に出ちゃいけないのかも話してないね」
イスに座り、紅茶を片手にリナが言った。
「今から話すことなんだけど──内緒にしてほしいんだ。他の誰にも、絶対」
イスに座ったリナが、遠慮がちに話しかけてきた。
「もちろん、そうするよ。リナが言われたくないことは言わない。約束する」
私は、なるべく明るく笑うことを心がけて返事をした。
「ありがとう。まず、この家ができた理由から教えるね」
よいしょ、とリナは辞書みたいに分厚い本を取り出した。
「この本は、わたしのお母様……魔女としてのお師匠様が発明した魔法や、なんでお師匠様はここに住み始めたかまで全部書いてあるの。でも、見てみて」
促されてセレーナは本のページをみた。アルファベットっぽいけれど、それにしては単語の意味が分からない。私の知らない言語だ。
「お師匠様は、自分の物語は絶対に人に渡しちゃいけないって思ってたの。だから、弟子にしか伝わらない方法で書いた。ちょっと眩しくなるから、気をつけてね」
そう言うと、またリナは目を閉じて両手を組んだ。
「お師匠様、お師匠様。お師匠様の物語を教えてください。全てはリザーヌ様の為に」
本が青色の光を発し、とっさに目を閉じた。直視するのは初めてだ。想像していたよりずっと眩しい。
光が止むと、本のページがひとりでにめくられた。
目的のページなのだろうか。開かれた本をしばらく見ていると、突然緑色の光がまた放たれた。今度はさっきよりも不意打ちだったから、目をつぶるのが遅れた。戦闘だったら目眩ましになるんじゃないか、これ。
光が止み、まだチカチカする目を恐る恐る開ける。
すると、本の上に、イスに座った女の人が立体的に映し出されていた。
「なにこれ……! 」
「しー! お母様、お話を遮ると拗ねちゃうの! 」
これがリナのお母さん……? よく見ると、女の人の姿は若々しく、それでいて堂々とした雰囲気も持っていた。けれど、長い黒髪と大きな帽子で顔を隠していて、表情まではよく分からない。
今まさにリナが座っているイスに腰掛けたリナのお母さんは、例の分厚い本を手にしていた。
「──これを聞いているリナへ」
語り声はとても落ち着いていて、年の功とも言うべき深みがある。
「今日で読み聞かせは百三十五回目ね。いくら魔法だからといっても、私の喉が枯れちゃうわ。それに、今日はお客さんもいるらしいじゃない」
そう言うと、リナのお母さんはチラリと私の方を見た。品定めでもするかのような鋭い目つきにドキッとする。なんでこちらを認識しているんだ?
「門外不出って言ったのに、もう破るなんて。でも、リナが信じた人ってことよね? 」
目線を向けられたリナは、コクンとうなずいた。
「そう。なら私も、娘のことは信じなきゃ」
リナに見せた微笑みは、母親の愛情そのものだった。
「それじゃあ、始めるわね。……あれは、今から何百年前だったかしら」
これは長い話になりそうだ。私は覚悟し、また緑茶をすすった。
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