皇太子?

 戦場の外れまで来たとき、ようやく皇太子が馬を止めた。わたしが馬を降りると、皇太子も降りる。

「……あなたがイーヒストの皇太子ね。わたしはセレーナ・ド・フラナンズ。大将同士、正々堂々と勝負しようじゃないの」

 わたしは剣を抜いた。手に馴染んだ重さが少し心強い。

 大丈夫。大丈夫。わたしがどれだけ訓練してきたと思っているの? アルベールの話だと、皇太子も五十近いらしいし。勝てるって、わたし。

「ふむ、今の私と剣技で戦おうというのかね」

 皇太子も剣を抜いた。

「よかろう。今なら負ける気がしない。私はもう、無敵だ」

 典型的な死亡フラグを打ち立て、皇太子はニヤリと笑う。その振る舞いには、冗談では済まされない確固とした自信を感じた。

 少し距離をとったほうがいいかも。

 そう思った瞬間。

 皇太子の持つ剣が飛んできた。瞬きする間に迫る。風を巻き起こしながらわたしの首筋をかすめていった。

「……よし。調子が戻ってきた。やはり魂がなければ話にならないなぁ! じっくり痛めつけることもできたが、それでは数を稼げない」

 皇太子は宙に浮いていた。透明な足場があるかのように。

 現実離れした言動と行動に、わたしは恐怖で手足が凍った。じっくり痛めつける? 数を稼ぐ? 人間の言葉とは思えない。皇太子の恍惚とした瞳を見ていると、封印していた記憶を思い出してしまった。

 あのとき、わたしは……!

「さて。やはり狩りでは若い肉体に限る。しかし、この技で魂も尽きてしまった。……おい、そこの人間」

 立ちすくむわたしに、皇太子が滑るように近づいてきた。

「そのまま、ほんの少しじっとしていてくれ。こういう狩り方は好みじゃないのだが、今日だけは苦しまさずに狩ってやる」

 ああ、だめだ。

 こいつだけは理解できない。

 理解したくない。

 さっきから人の気持ちを足蹴にする、こいつだけは!

「……じっとしているわけないじゃない」

 皇太子の動きが止まった。

「わたしを殺したら、あなたは城の方に向かうでしょ」

「まぁそうだな。近場ではそこが一番人の集まる場所だ」

 こいつ、どこまで人を愚弄すれば気が済むんだ?

「あの城には、わたしの大切な家族と民がいる! みすみす逃すことなんてできない!」

 皇太子は、駄々をこねる子どもの相手をするようにため息をついた。

「全く、だから人間の相手は嫌いなんだ。話しかけなきゃよかった。お望み通り、少し相手をしてやろう」

 突然、皇太子を中心に強風が吹き荒れた。身体を持っていかれそうだ。

「ゆっくりゆっくり、殺してやる。どうだ?これで時間稼ぎもできるし、私は恐怖に染まった魂を狩れるし、互いに利があるじゃないか。ああ、そうそう。言い忘れてたけどね、私は皇太子なんかではない」

 にんまり笑った皇太子、いや、だと思い込んでいた人を覆うフードが、風によって取られた。

 その人は、茶色い髪をしていなかった。

「あなた……まさか!」

「ああ、そのまさかさ。全く、もう少し引っ張ってもよかったのだがね。勘違いをする人間を見ているのはやはり、面白い」

 日に照らされてに輝く金色の髪が、発言の異質さを際立たせている。

「……あなた、人間じゃないわね。本物はどこにいるの!」

「いや、私は本物だぞ。まあいい。人間は理解する必要もないことだからな」

 わたしの目の前には、間違いなくイーヒスト国王がいた。

 わたしは国王の言葉を反芻した。たしかにちょっと見ただけだと本物だけど、アルベールから聞いていた優しい王とは発言が違いすぎる。それにファンタジー要素がわたしくらいなこの世界で、宙に浮いたりあの速さで剣を投げるのも人間離れだ。

 ひょっとして、国王はなにかに取り憑かれている……?

 それだったら話は早い。

 取り憑いているものを国王から引き剥がせば、この暴走は止まるかもしれない!

 わたしは心のなかでガッツポーズをしていた。時間をかけてくれるなら、その間に攻略法が見つかるかもしれない。

 この仮説が正しいとも限らない。なんなら大間違いかもしれないけど、今はこの可能性に賭けるしか方法がない。

 例え相討ちになったとしても。

 わたしが、こいつを止めてみせる!

 ……アルベールに、怒られちゃうな。

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