軍議

 両親である国王夫妻が執務を行う王家の間につくと、父上と母上が玉座に座って待っていた。

 ……本当は二人とも、パパとママって呼んでもらいたいそうだけど、今はじいやがいる。本当に、じいやは礼儀作法にうるさくてうるさくて。というか、わたしもパパ呼びには慣れていない。やっぱり、わたしにとってこの二人は父上と母上だ。

 横に控えるじいやの前を通り過ぎ、わたしは二人にひざまずいた。軍隊長とアルベールも、後ろに控えている。

「顔をあげよ、セレーナ。軍隊長もそこの新兵も、セレーナが信用をしているから連れて来たのだろう? そんなにかしこまらなくてもいい」

「そうよ。もう少し、気持ちを楽にして」

 この様子だと、二人はまだ用件を知らされていないみたいだ。

 ──わたしの口から言うのは気が引ける。それでも、誰かが伝えなくてはいけない。

「そういうわけにもいきません。──実は、イーヒスト国がフラナンズ攻めを決めたようなのです」

「なんだと? 」

 驚きのあまり、父上は勢いよく立ち上がった。母上も、口元に手を当てたまま硬直している。無理もない。だって、あまりにも唐突すぎる。

 しばらくの沈黙が流れ、父上はまた、イスに座り直した。その顔つきはもう、一国の王として責任を負う立場のものになっている。

「なんてことだ、まさかイーヒストが……。そこの新兵、もしかして軍隊長が引き入れたという元イーヒスト兵か? 」

 わたしはうなずいた。

「だったら情報源は確かなようだな。詳しく聞かせてくれないか? 」

「わかりました。アルベール、こっちに来て」

 アルベールはとても緊張した面持ちで進み出て、先ほど語ったことを手短に伝えた。

 全て聞き終えると、父上は天を仰いで思案したのち、口を開いた。

「いや、しかし。不可解な点が多いぞ」

 父上はアルベールに話しかけたようだったが、アルベールはもう自分の役割は終わったと思っているらしい。返事をしなかった。

「アルベール、そなたの意見が聞きたい。この一件どう思う? 」

 自分が話しかけられていることに驚きつつ、アルベールは遠慮がちに頭を上げた。

「……たしかに、私もどこか引っかかっています」

「そうだろうな。イーヒスト王とは、私も何度かお会いしている。とても、自分から戦争を仕掛けるような方には見えない。あの皇太子が少し怪しいな」

「……はい」

 返答をためらっているアルベールに、父上は微笑んだ。

「なーに、遠慮することはない。私からみても、あいつはいけすかない人間だった。やたらと権力を振りかざしていたしな。イーヒストは王家を尊重する節があるが、あんなやつが王の座につくのは家臣たちも嫌だったんじゃないのか? 」

 わざと砕けた口調で話す父上を前に、アルベールも意見を言い始めた。

「……残念ながらおっしゃる通りです。皇太子殿下には一人息子がいらっしゃるのですが、祖父である王に似て優しい方なのです。あくまでも噂程度なのですが、そちらの方を王位につけてしまおうとする動きもありました。殿下もそれを察知し、最初は抵抗したのですが」

 すごい、あれだけ身構えていたアルベールから、こんなに情報を引き出している。

 父上は、悪足掻きをする皇太子を想像したのか、鼻で笑った。

「無理だな。イーヒストの家臣たちは精鋭揃いだ。一癖あるが、あんな器の小さい人間になびくわけがない」

「はい。むしろ、さらに殿下への風当たりが強くなりました。……そこで殿下は、『継ぐ土地がないのなら、自分で領土を広げてしまおう』と、思い立ったようです」

 領土が欲しくて、か。

 元の世界で学んだ歴史でも、そのような人は山ほど出てくる。ただ、身勝手な野望のツケを払うのは、他ならぬ領民だ。こんな平和な世界で、あってはならない。苦しむ人を、見たくない。

 でも、わたしはまだたったの十歳。なにがフラナンズ王国存続計画だ。なにもできないじゃないか。こんなちっぽけなわたしは……。

 悔しくて、ギリギリと拳を握った。

 少しの沈黙のあと、父上はまた大きなため息をつき、立ち上がった。

「よし! 考え込んでいても仕方があるまい。対策を考えよう。アルベール! 」

 はい! と、急に元気になった父上につられて、アルベールも立ち上がった。

「君の情報だと国王は今、ご病気なんだよな? 」

 アルベールはまた、はいと返事をする。対して父上は、右手を眉間に、左手を腰に当て、ぐるぐると歩いていた。考えごとをしているときの癖だ。

「だったら、病気が全快するまであいつは戦争なんてできない。国王の命令がなければ、きっと兵士たちも動かないだろう」

 たしかに。わたしが部下だったら絶対にいやだ。国王という虎の威を借りなければ、狐は国を継ぐことすらできないのだから。

「いつ国王が回復するかわからない今、悠長にしている場合ではないが……。多少なりとも時間はある。その間に急いで防御を固めよう! 」

 父上はやっと立ち止まり、軍隊長に命じた。

「軍隊長。お前に、対イーヒスト戦の指揮を執ってもらう。早速取り掛かってくれ」

「……かしこまりました。必ずや、勝利をこの手に。アルベールも連れていってもよろしいですか? 」

「構わないが、その前に。アルベール」

「はい」

「これから兵士たちや街の皆に話が伝わっていくが、お前がイーヒスト出身ということ、その他過去のことは伏せようと思う。……もしかしたら、快く思わない連中もいるかもしれないからな」

「......! ありがとうございます」

「何かあったら必ず、私か頼れる者に言うんだぞ。ここにいる者は、アルベールの味方だ」

「お心遣い、感謝します」

 そう言うと、軍隊長とアルベールは下がっていった。

「さて。こんなところでどうかな? フラナンズの麗しき外交官様」

 じいやがいつの間にか消えていたのをいいことに、父上はさらにおちゃらけた態度で母上を見た。

 そう言えば、時折母上のことを外交官と呼んでいるけれど、なぜなのかはまだ知らない。今度聞いてみよう。

「いいと思うわ。だけど……やっぱりこのことは、他のみんなに伝えるの? あまりにも突然のことだし、混乱するんじゃないかしら」

「君の心配はもっともだ。だけど、ここの国民は強い。すぐに戦争の準備を始めるさ」

「……そうね。わかったわ」

「ありがとう。さーて、セレーナ! 少し放っておいて、すまなかったな」

 ホントだよ全く、どんだけ待たせんだと言いたい気持ちをグッと堪え、「いえいえ。お二人とも、お疲れ様です」と、わたしは笑顔を作った。ずっとひざまずいてたから、体が凝ってしかたがない。

「君はまだ十歳だが手伝ってもらいたいことがある。また話し合いたいんだが……その前に、少し休憩するかい? 」

「いえ。大丈夫です」

 休んでなんかいられない。

 これから、王女としての器を試されていくんだ。

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