線路は続くよ異世界に!

とくさ

プロローグ

 駅のホームを歩いている人を見かけると、突き落としてみたくなる。



『まもなく、各駅停車川立行き、電車が参ります』

 眠いな。今日はなにもしたくない。

 コツコツと靴音が近づいてくる。チェックのスカートが視界の端に入った。

『危険ですので、黄色い線の内側までお下がりください』


 目の前を、スマホをいじる誰かが通り過ぎようとした、その瞬間。



 ふわっと意識が軽くなった。



 私は、誰かを線路へ突き落とした。


 一瞬、世界が止まった。


 線路に近づくと、女子高生と思われる少女が倒れていた。体をひどく石にぶつけたらしい。手足に無数の切り傷ができている。

 少女が起き上がった。恐怖と困惑に染まった目線が、吸い寄せられるかのようにホームへと向き、目が合う。

 思わず、笑みがこぼれた。

 嬉しいことに、少女の瞳にある恐怖が、より強くなった。


 少女は、金属音をまき散らしながら接近する電車の音に気がついて慌てて振り返った。

 瞬間映し出された、不可解、困惑、後悔、絶望、様々な感情でぐちゃぐちゃになったその顔を、うっとりと眺める。

 とても、きれいだ。

 こんなに美しいものを独り占めしていると思うと、高揚感で鳥肌さえ立つ。


 私は、少女が、少女から肉塊となる姿を、余すところなく目に焼き付けた。


 目を閉じると、あちこちから聞こえる悲鳴、シャッター音、電話をする声。駆けてくる靴音や、微かに香る血の匂い。その全てを、味わい尽くす。


 私はまた、少し満足できた。そして──。



 ──そして、目を開けると、わたしは柔らかいものに包まれていた。

 ただただ眩しい。ずっと暗闇の中にいたみたいに。何が起きたんだ。

 段々目が慣れてくる。西洋風の顔立ちをした、長い金髪の女の人にわたしは抱きかかえられていた。

「……ねぇねぇ、みてあなた! 目を開けたわよ! 」

 あなたと呼ばれた若い男の人がわたしをのぞき込んだ。金髪に髭をたくわえた屈強そうな人で、こちらも西洋風の顔立ちをしている。

「本当だ!……あぁ、なんてかわいらしい目をしているんだ! 君によく似ているね」

「んもぅ、冗談はよして! 」

「はははっ、冗談なんかじゃないさ! ……でも、本当にきれいだ。まるで、この世の全てを包み込むような、深い深い青色をしているね」

「ええ、そうね。……私、わかるわ。この子はきっと、将来、強く美しい子に育つ。その道は決して平坦なものではないかもしれないけど、でも分かるわ! 支え合っていける、かけがえのない人たちに出会うの」

「……ああ、そうだな」

 知らない大人が二人、なにやらしんみりとしている。本当に誰だろう。

 そもそも、なんでわたしはこんなことになってるんだ? わたしはさっきまで崎川駅のホームにいて、それから──。


 ──いや。

 思い出すのはやめにしておこう。


 きっとわたしは、異世界転生をしたんだ。

 どういう原理で、どうしてかは分からない。ただ状況から考えると、どこかの世界に転生してしまったのだろう。両親の服は金糸や宝石に彩られ、家の壁は頑丈そうな石造りになっている。どちらも、わたしの知る常識とはかけ離れていた。

 元の世界に、戻れるのかな。戻りたいかと聞かれると──たぶんあの状況だと無理だ。諦めよう。

 第二の人生を、ここで始めるんだ。

「そうだ、この子が起きているうちに名前をつけよう! 君がつけてくれないかい?」

 父親らしき人が、これまた母親らしき人に話しかけた。

「あらいいの? 私がつけても」

「もちろんだとも! だって、君が産んだ子だろう? 君がつけるべきだ」

「そーう?」

 お母さんは、わたしの意見を聞くように目を合わせた。とてもきれいな人だ。まるで、おとぎ話に出てくるお姫様のような。こんな人の子どもになれたなら、今世のわたしの見た目にも期待していいと思った。

 数分目を合わせ続け、そろそろ飽きてきたときにお母さんは言った。

「セレーナ、なんてどう?」

「……本当に、僕は常々君を天才だと思っていたんだ。セレーナ、最高じゃないか!」

 喜びのあまり、お父さんはわたしを抱き上げて一回転した。

「セレーナ、セレーナ、セレーナ! あぁ、なんて素晴らしい響きなんだ。今日から君はセレーナだよ!」

 そのままお父さんはわたしに頬ずりをした。少しヒゲが痛いけど、今日くらいは許そう。次からは思いきり泣いてやる。

「あらあら、気に入ってもらえてよかったわ」

「……さて、改めて自己紹介しなくちゃね。この小さな小さなプリンセスに」

 お父さんはお母さんにわたしを手渡してひざまずいた。

「私はフラナンズ国王、フェリックス・ド・フラナンズだ、セレーナ姫。こちらは王妃のミレーユ。強く、民を思い、平和を守る高潔な姫君になるように、唯一神リザーヌの御加護を」

 そう言うと、お父さんはわたしの手の甲にそっと口づけをした。

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