リオグランデ〜MMOみたいな世界でゲームマスターを目指し無双する!〜
月詠ラスト
第1話 永遠の命が宿る場所
何処までも続く澄み切った空。
V字隊列で優雅に飛ぶ海鳥たちの群れの下、キラキラと光を反射する大海原を悠々と巨大な豪華客船が白い波飛沫を上げて渡る。
その客船の外側、遊歩甲板の手摺りに両手を乗せて身を預け、1人静かに海を眺める青年がいた。
年齢は20歳前後、マウンテンジャケットを羽ばたかせ、野暮ったいサルエルパンツ姿、特徴的なウェーブがかった薄紫色の髪を風に遊ばせている。水平線の向こう、これから向かう街に想いを馳せて。
「あんたもリオグランデへ?」
いつの間にか彼のすぐ近くに寄り話しかけてきたのは、スーツ姿のオールバックの男。身長は薄紫髪の青年よりやや高くガタイもいい。
「俺はTK。24歳。東洋人だ。あんたは?」
そう気軽な感じで片手を上げて挨拶したTKに、紫髪の青年は数回瞳を瞬かせた後、ふと安心したかのように笑顔を返す。
「リベア連邦から来た、ルアン・アルヴェーヌだよ。歳は21!よろしくね、TKさん」
「おう。なんつーか、フレンドリーな奴だな」
TKというのは偽名の一種だろう。男は胸ポケットから煙草を取り出し火をつけながら続ける。
「俺は出張で行くんだが、あんたは観光か?」
「え、TKさん、何も知らないの?リオグランデは・・・・・・」
『皆様、永らくお待たせしました』
ルアンの話しを遮るように、マイクを通した女性の凛としたアナウンスが船内に響き渡る。ざわついていた周りの乗客達もピタリと動きを止めた。
『私は領主補佐官・カルラ。上陸前ですが、ここは既にリオグランデの領域内です。そこは危険区域で住民同士のドンパチが当たり前。しかし安心してください新規住民になる皆様には領主(ゲームマスター)の加護により不死の力が宿っています。百見は一見に如かずオリエンテーションも兼ねて皆様には今から銃撃戦をしてもらいます。10分以内に2人1組のチームになってください。優勝したチームはなんと賞金十億!武器はこちらで支給します。何度でも死に、何度でも甦ってください!』
瞬間、沸く歓声。
雄叫びが甲板中に広がる中、ルアンは苦笑した。
「・・・そう、“リオグランデ”は“死んでも終わらない街”なんだ」
TKは煙草を咥えたまま、怪訝そうに眉をひそめる。
「不死? ゲームマスター? なんだそりゃ、MMOの世界か?」
「んー、まぁそんなとこ。噂だとリオグランデは不老不死の技術を会得したとか?金持ちが集まってFPS世界を現実に作ったとか?ま、どういう原理かは知らないけど」
ルアンは目を細め、遠くの水平線を見つめた。
「でも違うのは、ここでは“痛み”も“記憶”も消えない。死んでもちゃんと残るんだ」
その声は風に乗って消えていく。
波の音の合間に、船底で軋む金属音が微かに混じっていた。
「その上、大金が舞い込んでくる。腐ってもデスゲームだからね」
「・・・なるほどな。命の大安売りって訳か」
TKは煙を吐き出し、ゆっくりと笑った。
「ますます仕事がやりにくそうだ」
「仕事?」
ルアンが首を傾げると、TKは肩をすくめて煙草の灰を落とす。
「詳しくは言えねえが、俺は“運び屋”なんだ。合法から非合法なモンまで、な」
その言い方に、ルアンは何かを感じ取ったように小さく笑った。
「なぁ、そこの紫髪のガキ。一緒に組まないか?」
低い重低音の嗄れた声が2人の間を劈く。禍々しい鴉の嘴を模した黒仮面と分厚い戦闘服を装着した男が話しかけてきた。
「俺は元暴力団の跡目、ダラス。銃の腕には自信があるぜ!俺と組んで損はねぇ!!」
そう豪語するダラスの腕にはタトゥー、耳もピアスだらけで非常に見た目のインパクトに意識を持ってかれる。如何にも輩の風貌だが、この男とペアなら確かに勝機はあるかもしれない。
しかし、気掛かりなのは後ろにゾロゾロと数名の配下を従えニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている事にある。皆、一様に黒いフードを被り、仮面で顔を隠している怪しい集団だ。
「・・・二人一組じゃなかった?」
「いやいや頭使えって!ルールの穴を突いてこそだろ!二人一組つったってトーナメント戦じゃなく、位置について一斉によーいドンだろ?なら関係ねぇや。それぞれ2人1組作ったフリして水面下で徒党を組み、俺ら以外を狙って集中砲火。優勝した後に10億を山分け‼︎悪い話じゃないだろう?」
「なるほど、そういう抜け道もあるのか。ゲームマスターの詰めが甘かったんだろうな」
「で?どうするんだ、組むのか組まねーのか⁉︎早く決めろよ!」
目の前の男の悪知恵に、ルアンは顎を撫でて感心した。ルアン本人は勿論その行動に煽る意図などなかったが、相手からしたら話題逸らしと勘違いを起こすのも無理はない。その証拠にリーダー格らしきダラスはイライラと腕組みしながら忙しなく地面を片足で掘る動作を繰り返ししている。ルアンは悪人ではないが善人でもない。その場のノリと勢いで会話する為、無意識に相手を怒らせることも屡々。怒る方も大概短気なのが悪いが、そういう時はいつも周囲が被害を被る危険を孕んでいた。
今回の被害者はTK。彼はルアンの隣にいたことで成り行きを見守る羽目になった。触らぬ神に祟り無し、口を挟むと碌な事にならないと悟り声を押し殺す。それは賢い選択だったが、同時に何もしない事と同じ意味でもあった。
「1つ聞きたいんだけどさ。俺がそっちに入るとして、TKさんはどうなんの?」
「はぁ?そっちの一般人(パンピー)なんざ足で纏いだろうが!だがあんたは違う!少しは銃の心得があると見た!俺にはわかる‼︎」
ダラスは一目でルアンの銃の才能を見抜いた。実際、ルアンはとある事情で銃を扱ったことがある。しかしルアンにとって今回の戦闘はゲームマスターにとってただの余興でしかないことを理解していた。
リオグランデ上陸前に、敵に手の内を晒す様な真似はしたくはない。
ルアンは手摺りにもたれ、まるで雑談でも始めるような調子で口を開いた。
「んー、悪いけどやっぱTKさんと組むわ」
「な!?」
この返答に驚いたのは鴉男だけではない。TKだ。彼は先程、悪く言えばルアンを見殺しにした。組むのを断られたって文句を言うつもりはなかった。
なのに、どうして。
「単純に先に声かけたのがTKさんだし。勿論、TKさんが嫌じゃなければだけど」
真っ直ぐに目を見つめて返事を待つルアンに、TKの覚悟は決まった。
「嫌、じゃない。俺もお前と組みたい」
「そっか、よかった!」
2人はしっかりと互いに向き合って固い握手を交わした。
しかしそれに納得がいかないのは、フラれた方のダラスである。彼はワナワナと肩を震わせ、ルアンを殴ろうと拳を振り上げた。
「バカがよ!後悔させてやる‼︎」
その刹那。ルアンの眼光が鋭く光る。
瞬時に自身に降りかかる拳を避けると、そのまま腕を掴み、背後に回って腕を捻り上げた。
「いだだだだだっ!!止めろ、折れる!!!」
「お、おいっ、止めろ!リーダーを放せ!!」
痛みで顔を歪めるダラスに、ルアンは氷のように冷たい視線を向ける。周りにいた黒仮面の部下達は慌てふためいてルアンに必死に静止するよう説得する。しかしルアンはまだ開放するつもりはない。
「・・・誘ってくれたことは感謝してるよ。ありがと。でも断られたからって逆上するような器の小さい男は嫌い」
徐々に背後に回した腕に力を込める。逆のもう一方の手で固定された身体はびくともせず抜け出せない。
「このまま折ってやろうか」
「それは認められません」
突如、何の物音もなく背後に女が現れた。フォーマルな黒いスーツに身を包んだ謎の美女。
そして、その声に聴き覚えがあった。
「司会のお姉さん?」
黒髪スーツの女は、まるでどこからともなく現れたように冷静で、動きに無駄がなかった。
顔は端正で、黒い瞳がじっとルアンを見据える。
手には薄いタブレット端末。周囲の喧騒が一瞬だけ止まる。
「——運営の人間か?別にアンタらの邪魔はしていない」
TKの怒気を含んだ呟きに、女は小さく頷いた。声は少し低く、抑えられた響きがあった。
「私は『リオグランデ領主補佐官』、カルラ。戦闘現場の介入は原則として行いませんが、ゲーム秩序の著しい乱れは別です。今回、ゲームマスターが試したいのは参加者の純粋な銃の腕前。正式な試合前に場を支配しようとする者は厳重注意の対象となります」
女性の忠告を受けて、素直に掴んだ腕を離し解放した。ダラスは激しく咳き込むとその場に座り込む。彼の部下達がハッと我に返って甲斐甲斐しく心配そうに駆け寄って円を作った。
「ご迷惑おかけして、申し訳ありませんでした」
TKが女に頭を下げたのを見て、ルアンも慌ててそれを真似る。
「まぁ今回は相手にも落ち度があった様ですし、以後気をつけてくださいね」
「司会の人、武器ください」
「あ、私も・・・」
騒ぎが収まるやいなや、進行役がいると嗅ぎつけた人々が武器を求め、我先にと押し寄せてきた。
皆、先程の騒動をあまり気にしてないようだ。世界一危険な島、リオグランデに行くような人間は総じて頭のネジがおかしいらしい。
「皆さん慌てないで、全員に支給します」
そう言って彼女が端末を触ると、一瞬で何もない空間から銃剣が目の前に現れ、あっという間に全員の手に行き渡った。
「時間終了。それでは戦闘を開始してください」
それだけ言うと進行役の女は光に包まれて消えた。
すると突然、船体が大きく揺れた。
ゴォン、と鈍い音が響き、船上に悲鳴が上がる。
遠くで黒い煙が上がり、アナウンスがノイズ混じりに途切れる。
『――こちら、船――襲撃、警告――リオグランデ、1時間後、沿岸上陸――』
「おいおい、着く前に洗礼かよ」
TKが舌打ちしながら周囲を見渡す。
ルアンは手摺りを離し、胸ポケットから小さな銀色の懐中時計を取り出した。
「“加護”は、もう始まってる。死ねば蘇る。けど――痛みは、リアルだよ」
そして微笑んだ。
「ようこそ、“無限の戦場”へ――」
次の瞬間、甲板を貫く閃光。
白い波飛沫とともに、巨大な砲弾の爆発が海を裂いた。
リオグランデ行きの豪華客船は、そこで地獄の門をくぐることになる。
街へと続く“第1次サバイバル”。
上陸まで残り一時間、既に何人かが“最初の死”を経験していた。
_________________
激しい耳鳴り——。
ルアンはゆっくりと目を開け、船体の傾きが戻ると同時に身体の周りのざわめきが一斉に押し寄せた。
人々が武器を手にし、甲板は瞬く間に戦場へと変わる。怒声と悲鳴が混ざり合い、誰かの叫びが波にかき消される。
カルラは消えたが、手首には小さな羅針盤型のデバイス装置が着けられていた。
このデバイスは簡易マップの機能がある。マップには甲板下の構造と、残りの生存者が46人であることが示されている。
最初は50人スタートだったが、時既に4人脱落したらしい。
「行くぞ」TKが言う。その声には、さっきまでの余裕はなかった。彼の目の奥に、ただの運び屋でないものがちらつく。
近くの客室に隠れて、2人は背中合わせで動き出した。
最初の10分は駆け引きの時間だ。ダラスの一派はひとまずどこかに潜伏しているが、配下の一部は別動隊を編成している。上の人間を喜ばせるための“見せ場”が必要な彼らは、非道で邪悪な手段で他者の命を削るだろう。
夥しい量の血が流れ撃たれた人々が次々と倒れていく。ゲームマスターが後で蘇らすとはいえ、一定ダメージで退場。死亡したら数秒後に船から離脱する仕様だ。死亡後、何処に行き着くかは知らされていない。
ルアンは静かに呼吸を整え、銃剣を構えた。扉付近の壁に張り付いて狭い通路、曲がる角、階段の裏——ルアンは敵が来ないか確認する。来たら撃つ、来たら撃つと脳内で何度も反芻。
「後ろを頼む」そう言うまでもなく、反対の扉はTKが見てくれている。背中は信頼している彼に預けてよさそうだ。
ここで必要なのは派手な撃ち合いではない。体力と弾の消耗を最小限に、敵の目を逸らしつつ、隠れながら撃って数を減らす。
TKには作戦などは伝えていないが、上手く阿吽の呼吸が出来ている。
彼の動きは無駄がなく、銃の腕前はとても素人とは思えない。もしかしたら、かつて兵役義務があったのかもしれない。
最初の交戦は、船の中腹、宴会場へと続くガラス張りの回廊で起きた。
背後から金属の乾いた破裂音。
誰かが窓を割り、そのまま狙撃が始まる。火花と硝煙、そして生々しい血の匂い。TKの放った一発が近くの男に命中し、男はその場で崩れ落ちた。
だがすぐに再生して、立ち上がる。
その後も敵の男は被弾したが致命傷にならなかったようで迷わずルアンに近づいてくる。
ルアンは焦ることなく照準を合わせるも、弾切れだった。ルアンの視線はその男の目に燃えるような“大金への執着”を見た。
「死ねェェェェ!」
男の慟哭の叫びと同時に、火蓋を切る。
「金の亡者がよ・・・」
TKが吐き捨てるように呟く。言葉には嫌悪が混じっていた。結論から言えば、ルアンが撃たれるより先にTKが敵の頭を撃ち抜いた。
敵は再生せずに、死体はしばらくして消えた。何度も死ぬと見苦しい為、一定ダメージを受けるとペナルティで強制退場する仕組みなのだろう。
死を繰り返すごとに増す“狂気”は神視点の楽しみであり、参加者によっては精神が狂うに違いない。
だが、金はそれすら凌駕する。金の亡者というならば、ルアンもその一人だ。TKとの明確な差はそこにある。
落ち着く暇もなく新たな敵がペアで入ってきた。ルアンは視線を落とし、横にローリングして弾が入ってそうな銃剣を拾う。銃弾が飛び交う中で彼が見せたのは、意地と諦めの悪さだった。
一発目は相手の肩を当て、相手が銃を落とす瞬間に別の角度から弾を当てる。相手は倒れ、そして敵の相方の視線が一瞬だけその死に集中する。その隙を狙って、手を止めずに撃つ。
戦闘は短く、鋭く終わった。
辺りは一時静まり返る。残り生存者は広い船内で、まだどこかに隠れている。敗者の死体は程なくして消えていた。
ルアンは息を整えながら、TKの肩に触れる。
「お疲れ様。さっきはありがと」
TKは小さく笑い、ルアンの背中を軽く叩いた。
「まだ油断するなよ。こっちも助かっ———」
「一斉射撃、撃て!」
命令と共に、上から放たれた無数の銃弾。
ガラスの回廊が激しく割れる。TKが咄嗟の判断で、ルアンを庇い、全身で覆い被さった。
ここでの命の損得を瞬時に天秤に掛けたのだ。
自分ではなく、ルアンが生き残るべきだと。
「TKさん!どうして⁉︎」
ルアンは血だらけのTKの体を抱き起こす。TKの体は周りに黒い灰が舞い、徐々に消えていく。再生のキャパシティを、超えてしまったようだ。
「先、逝ってくる」
TKの唇から溢れた言葉は端的だが真剣だ。生気を失った身体は、徐々に灰と化し、消えた。
ルアンは悲しむ暇もなく、涙を拭うとその場から急いで逃げた。
TKが繋いでくれた命、無駄にするわけにはいかない。
「ザマァ‼︎」
そんな中、船の最上階に位置する展望デッキから仮面の男達が見下ろしていた。ダラス一派だ。
彼等は当初の思惑通り、徒党を組んでルアン達を一斉射撃。それだけでなくリーダーのダラスの指示により、周りを見渡せる最上階の展望デッキを占拠。下の階にいる他の参加者達も上から数の暴力で狙い撃ちにしている。
まるで絶対に崩れない鉄壁要塞だ。
「リーダー、こりゃ俺らのチームが優勝で間違いないっしょ!」
「作戦が見事にハマったわ!最上階から下の連中ハメ殺すのキモチィィィィ‼︎」
「あの生意気なルアンって餓鬼も、今ので逝ったっしょ?」
もう死んでるんじゃないか、ビビって隠れてるんじゃないかと有象無象が囃し立てる。
リーダー格のダラスもその言葉に気分良く頷き同意した。
一方その頃、ルアンは、船の外側の柵にしがみついて危機を脱していた。
もしも足を滑らせたりしたら海へ真っ逆さまだ。
「ここなら死角になって、上からも見えないはず。裏に回って、展望デッキに向かうぞっ」
このままデッキの柵にぶら下がったまま移動して、敵の真後ろに向かう作戦だ。 そうとは知らず、仮面の男達が話に夢中になり動きを止めた次の瞬間、隙だらけの無防備な背中に何者かが銃弾を連続的に浴びせた。
背後に現れた影の正体は、ルアン。得意な変装を駆使して、黒仮面の男達の格好を真似て、すぐ近くまで接近していたのだ。
しかしそれすら判別つかぬまま、完全に油断していた相手は次から次にバタバタと倒れていった。
運良く生き残ったのは、少し前までワイングラス片手に気分良く椅子に寛いでいた悪の親玉、ダラスだけだ。
「・・・お前は誰だ?」
驚愕し慌てて、椅子から立ち上がる。まだ正体に気付かずに一連の犯人を指差すもその目は僅かに怯えを滲ませた。ルアンは仮面とフードを剥いで正体を明かす。
「ルアン・アルヴェーヌ。未来のゲームマスターだ」
そう名乗ると余裕の笑みを返す。
「ハハハハハハッ」
ダラスは一瞬、虚を突かれた様に眼を見開いたが、すぐさま狂気的に高笑いすると照準を構えてルアンに発砲。
しかし、その行動を読んでいたルアン。
高く回転ジャンプすると撃ち返す。
当らぬ弾も数撃ちゃ当たる理論。
連射した弾は二〜三発は運良くダラスの足と腹に命中した。しかし逆に狙いを定めた相手からの弾丸を、軽動脈にモロに受けてしまい致命傷を負う。
ルアンは首筋から血を流し、立つのも限界とばかりに腹這いになって倒れた。
それを見届けてダラスは勝ちを確信、ニヤリと笑う。が、その直後、膝を付いて彼同様に倒れた。先程の攻撃で出血が致死量に達し、ゆっくりとダラスの命を奪っていったのだ。
詰まるところ、2人は相討ち。
ルアンは薄れゆく意識の中、視界の端でダラスの死体を眺めながら、自身も限界を悟り目を閉じた。
水平線に浮かんだ夕陽は、いつの間にか沈みかけていた。
___________________
夢の中。遠い過去の記憶。 白い壁だらけの通路に、警報器がけたたましく鳴り響く。
「実験体Dが逃げ出した!探せ!!」
幼いルアンはとある研究施設から逃げ出す為、息を切らして全力で走った。
「あっ!」
しかし何かを見つけたルアンは急に足を止める。視線の先には、白衣を着た女性が真正面に立っていた。
悲しそうな、何かを諦めた様な表情をしている。
女性もまた此処の研究員だが他の職員とは違い、いつもルアンを気にかけて優しく励ましてくれた母親のような存在だった。
ルアンは実際、その女性を自分の母親だと思い込むことで、辛い現実から目を背けていた。
それでも耐えきれず、施設から逃げ出す決断を下したのだ。まだ見ぬ世界に想いを馳せて。
「出ていくのですね。いつかこんな日が来る予感はしていました」
「お母、さん」
「これを・・・」
彼女は懐から、封筒を取り出すとルアンに託した。
「リオグランデ、世界一危険なデスゲームの為のリゾート地。そこではゲームマスターが市民の命をコントロールしています。入国許可証さえあれば、あなたのような訳有りの人間も入国できます。これはその許可証」
「ありが、とう」
ルアンは受け取った許可証をまじまじと見つめる。白衣の女性はその幼い身体を強く抱きしめた。
「今までごめんね、ごめんねルアン」
懺悔の言葉とその瞳には涙が滲んでいた。
泣かないで。
泣かないで、お母さん。
________________
目が覚めるとそこは知らない天井だった。
「気付きましたか?」
その場にいた医療術師が目覚めたルアンに気付いて声を掛ける。此処はどこかの病室みたいだ。 ルアンはベッドに寝かされている。
「ルアン、痛みはあるか?」
「TK様、病院内はお静かにお願いします」 「あ、すみません」
ルアンのベッドに駆け寄ったのはなんとTKだった。ゲームマスターの加護で無事、生き返ったらしい。
周りを見渡すと、広い病室で何人もの患者がベッドで寛いでいた。 何があったか知ろうと起き上がろうとしたルアンを、TKは片手で制した。
「あー、そのままでいい。まだ混乱してるだろ」
「TKさん、会えてよかった。此処は一体?」 「リオグランデにある病院だ。俺達は一度船で死に、こっちで甦ったらしい。ゲームマスターの加護によってな」
「そっか。やっぱり俺は1度死んだのか。自覚ないけど」
ルアンが一人で納得していると、TKは気まずそうに後頭部を掻いた。
「優勝、出来なかったな」
「!そっか、忘れてた!十億円‼︎」
悔しがるルアンを横目にTKは苦笑いした。ちなみに優勝は別の全く知らないペアがしたらしい。
「皆様。先の銃撃戦、お疲れ様でした」
病院内に響いた女性の声。壁から光の渦が出現し、補佐官のカルラが出てきた。
「うわ、びっくりした‼︎」
カルラはゆっくりと光の中から歩み出ると、いつもの無機質な笑顔で二人の前に立った。
「皆々様、予想以上の奮闘でした。配信閲覧者も感心していましたよ。」
「配信?俺らの死に様を全世界に公開してたのかよ」
TKが皮肉を混ぜて言うと、カルラは肩をすくめた。
「我々が運営するのは、一部の特級階級のみ閲覧を許された動画サイトでございます。リオグランデの資金源は、大金を『寄付』してくださる大事なスポンサー様。日常の暮らしに飽きた上流階級の方々が、リアルな死のゲームに熱中するのは必然でしょう。勿論、リオグランデでは非戦闘員の方の暮らしも配信していますが、人気があるのはやはり死闘ですね」
「はっ、悪趣味な連中だな」
「それより、今回の“客船強奪”は成功。おめでとうございます」
「客船強奪?」
ルアンが眉をひそめると、カルラは指を鳴らした。
室内の空気が一瞬で変わる。壁が半透明のスクリーンに変わり、そこには船での死闘の映像が再生されていた。
TKが灰となって消えたあの場面、ルアンとダラスの決闘——全てが上空から俯瞰されている。
「リオグランデの第三大ミッションの一つ。“船での模擬戦”によるシミュレーションをそう呼びます。貴方達は、豪華客船を襲った賊、という設定です。人数と武器さえあれば陸・海・空と三つの模擬戦に何度でも挑めます」
「つまり・・・俺たちは、架空の設定で殺し合いさせられてた、ってわけか?」
TKの声に怒気が混じる。しかしカルラは穏やかに頷いた。
「ですが、ご安心を。リオグランデで全員生き返ることができたのは、甦らす判断をゲームマスターがして下さったおかげです。彼に嫌われた死者は、もう二度と戻ってきません」
ルアンはその言葉に背筋が凍った。
——ゲームマスターの一存で命が左右される。リオグランデは独裁国家という訳か。
「そんな顔しないでください、ルアン・アルヴェーヌ様。客船強奪に優勝したチームから、賞金の十億円を参加者全員に山分けして欲しいと依頼されました」
「え?」
カルラは静かにいつもの端末に手をかざすと、ルアン達の目の前に一枚ずつのカードを浮かび上がらせた。
それは金属質の黒いカードで、表面には金色の獣の紋章と一行の文字が刻まれている。
『リオグランデ一般市民:承認カード』
「あなた方は正式に、リオグランデ中央区の“新規住民”に選ばれました。このカードは銀座口座と直結しています」
「やったぁぁぁぁあ‼︎」
周囲から湧き上がる歓喜の声。
ルアンは思わずカードを握りしめた。
——研究所の追っ手から逃げ続けて11年。
まさか本当に大金を手に入れ、自由になる日が来るとは。
「但し」
カルラの声が一段低くなる。
「市民資格を得たというだけで、ゲームマスターになれる訳ではありません。ルアン様の願いは非現実的になります」
「な、なんのこと?」
「あなたがこのゲームに参加した本当の理由。私達が知らないとでも?」
ルアンの脳裏に、白衣の女性の泣き顔が蘇る。
——『ごめんね、ルアン』。
「・・・お母さんに会いたい。ただ、それだけだよ」
彼の声は震えていたが、眼差しは確かだった。
TKはその横顔に思わず声を掛けた。
「ルアン。お前が何者だろうと、関係ない。好きに生きろ——」
ルアンは少し哀しげに笑った。
「大袈裟だよ」
カルラはそんな両者の横顔を眺めて、追求を諦め溜め息を吐いた。
「まぁ、いいでしょう」
カルラが病院関係者に挨拶した後立ち去ったたのを見届けて、医療従事者や他の患者達が次々にルアンの周りを取り囲んだ。
「ルアン、だっけ?船での攻防凄かったな!」
「さっきの配信、私達も病院で観てたよー」
「俺と戦ったの覚えてるか?敵ながら、カッコよかった!仮面連中と相打ちで惜しかったな?でも、スッキリしたゼ」
ルアンはベッドに腰を起こしたまま、群がる人々に少し戸惑いながらも、どこか照れくさそうに微笑んだ。
久しぶりに人のぬくもりに触れた気がする。
「とにかく!」
「リオグランデへようこそ!!」
興奮冷めやらぬまま、病室の空気はまるでお祭り騒ぎのよう。
怒涛の1日が、ようやく終わりを迎える。
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