第一章〜商店街は妖怪騒ぎの巻~
その①
1 消えた神様
「今日も暇ね」
ある晴れた日の朝、ほうき片手にむすびちゃんはつぶやいた。
季節は春。
桜吹雪乱れ、参道の傍らに植えられた桜並木は若干葉桜が目立ち始めていた。
ここ、「甘海老神社(あまえびじんじゃ)」には縁結びの神として「縁乃姫(えにしのひめ)」が祀られている。
むすびちゃんは縁乃姫に仕える巫女として、たった一人で日々奉仕に励んでいた。
今行っているのは石段の掃除で、これで今日の業務は一旦終わりである。
勘違いしないでいただきたいのだが、巫女の仕事は本来そんなに簡単ではない。
巫女の役割は神様に仕えることで、舞を奉納したり、お告げを授かったりするが、主な業務内容は境内の掃除や参拝客の接遇、その他雑務色々…と一日中やることが多いのだ。
ずっと激務に追われていて、お小遣いアップの交渉を検討していたほどだったのだが、つい一週間前から参拝客が激減、やることも少なくなり、むすびちゃんは暇を持て余していた。
そして今や、この神社を訪れる人は誰一人としていなくなってしまった。
理由は単純明快、
この神社で信仰されている神様…縁乃姫が突然いなくなってしまったからだ。
2
遡ること一週間前…
「出かけます。
ちょっとしたら戻ってきます。
えにし」
その書置きを見つけたのは、縁乃姫がいなくなってからわずか三分後のことだった。
そもそも縁乃姫は、人の幸福を一番に考えている温厚で、それでいて一定の距離を保っている、内向的なお方だった。
だから普段は神社の敷地内から一歩も出ることがなく、めったに外に出ることがなかったので少し珍しく思ったが、特に気に留めることはなかった。
「もうすぐ日が暮れるし、夕ご飯の時間には帰ってくるでしょう」
そんな予測と裏腹に、時は一時間、一日、一週間と過ぎていった。
その間地域住民は懸念を抱き、様々な憶測が飛び交っていた。
「このようなことは二百年の歴史の中で一度もなかったぞ…」
「何か縁乃姫様の身に良からぬことでも起こったのでは?」
「きっと愚かな我らに愛想を尽かしてしまったのだろう…」
そんな状況に危機感を募らせた…わけでもなく、今もむすびちゃんは束の間の休息を満喫していた。
毎日十二時間睡眠をとり、間食もとり放題。ゲームにアニメ三昧の生活。
神様におねだりして最近設置してもらったWi-Fiや、親戚の子の食事などの手助けのおかげで、一歩も外に出なくても平気なのだった。
「なんて贅沢なの!こんな生活がずーっと続けばいいのに!」
毎日多忙な生活を送っていた反動か、神聖な巫女の姿など、もはや跡形もなくなっていた。
「せっかくだからこの超高級茶葉でも使っちゃおうかな…それなら来客用だったせんべいも一緒に出して…器も全部高いやつにしちゃおう」
お盆に普段は口にすることのないものばかりを並べる。
「今日はどうしよう?いい天気だから縁側でのんびりするのもいいけど…」
部屋をうろついていたその時だった。
どこからか子供の叫び声が聞こえてきた。
体が硬直した。と同時に、瞬時に手に持っていたお盆を放り投げ、
むすびちゃんは声のする方へと走り出していた。
今まで、神社で事件が、起きるなんてなかったのに―
近づくたびに嫌な空気が濃くなっていく。
急いで駆けつけると、一人の少女がいた。それと、
神社にいるはずのない、いやいてはならない存在である、
複数の物の怪たちが少女を取り囲んでいた。
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