閑話 エルドゥ・ファイナス-②

 王都で英気を養ったエルドゥは数日の準備期間を設けた後、再びスフォンジーの森へ訪れた。


 今の天気は晴れているものの少し湿り気を帯びた空気があった。


 (…ちょい、嫌な天候になりそうだな。今日は軽く探索で済まして長居は避けるか。)


 エルドゥは背嚢から拳大の小さな麻袋を取り出し開封する。


 麻袋の中には灰色の粉末が詰まっていた。その粉末をエルドゥは顔や首、手など露出している部分を重点的に身体に塗り込む。


 それはスフォンジーの森で手に入る【深淵草】と呼ばれる植物の粉末であった。


 採取して精錬すると解呪の効果があるポーションなどに加工ができる。


 ただし、その名の通り、スフォンジー森の深部…【魔物】の近くまで行かないと採取ができない上に鮮度が落ちると効果も極めて弱くなる効能の不安定な植物だった。


 なぜ深淵草が【魔物】のそばにしか生えないかはエルドゥ自身にも謎だ。

 深淵草があるところに【魔物】が来たのか。はたまた逆なのか検討すらつかないのだ。


 彼はその深淵草を金にしようと幾度となく王都へ持ち帰りを試みた。しかしながら、持って帰る間に品質がすぐに劣化してしまうため…深淵草を酒のタネにする案は色々試行錯誤をしたものの結局不可能だった。


 エルドゥはトライアンドエラーを好む性格だったが、達成できなかった。

 しかしある時、深淵草を燃やして灰にしたあと、その灰には森に蔓延る危険な生物が近づかないことに気がついた。


 その仕組みに気付いて以降、彼は御守りとして深淵草を利用している。


 この道具はエルドゥのみが知っている森の秘密の1つであった。


 スフォンジーの森に立ち入って探索すること2ハワー程経過した。


(ヒールハーブが2束、ゴールデンペシェが1個、良い成果だぜ。)


 ヒールハーブは価値が高いのは勿論、今回はなんとゴールデン・ペシェまで手に入った!


 ゴールデン・ペシェはその名の通り黄金に近い色味を帯びた果肉を持つ果物だ。コレはエルドゥも滅多に手に入れることが出来ない逸品だ。蜜のような芳醇な甘い香りを持つ。


 皮を剥いて食すると非常に上品な甘みがあり栄養価が高い。また魔力も内包しており…その果実を使って腕のいい薬師がポーションを精製すると【ネクタル】と呼ばれるモノができあがる。

 たちどころに魔力を回復することが出来るため魔法士にとって垂涎ものといえる逸品が出来上がるのだ。


 しかし、そんなことは魔法を使うことができず甘いものにも興味もないエルドゥにとって、ただ商業ギルドに持ち込んだときに受付嬢の驚きの悲鳴をあげさせるだけのモノであった。


 (そういえば前回に採取したゴールデン・ペシェは王家に献上したとか言ってたな。)


  気がついた時、【魔物】の近くの領域に踏み込んでいることを知覚する。


 (…深淵草の粉末の予備も少ない。ついでに調達してから帰るか。)


 彼は深淵草を獲得するために静かに森の奥へ駆け抜けた。


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 スフォンジー森の奥地に生息する【魔物】は非常に巨大だ。


 その外見は馬のような長い手足を持ち、四足歩行をする獣のような形態をしている。その表皮は白くてしなやかだ。


 ただし馬とは違うのは巨大な長い首をもち立派で頑丈なツノを持つ。高さの全長はエルドゥ10人分を軽く超え…20メディル以上あると目測している。


 その長い首を用い、樹上にある若葉をムシャムシャと頬張っている。


 その【魔物】は穏やか…、いや、人間など歯牙にもかけないのか敵対的な行動を取らない限りは攻撃を仕掛けてくることは無い。


 強靭なツノは王国軍が最高の技術をもって錬成できるミスリル製の武器すら軽く打ち砕く。


 【魔物】のツノを手に入れようと、かつて王国軍は討伐を試みたものの一切歯が立たず敗走するほどであった。


 しかし悲劇はそこから始まった。王国軍に手を出され怒り狂った【魔物】は森を出て王都を荒し回り、破壊した歴史が過去にあった。


 それ以来、スフォンジー森の【魔物】は…触れてはならぬモノ【アンタッチャブル】というネームドを持つに至り、接触するのは禁忌と言われていた。


 危険極まりない生物だが…逆を返せば触れさえしなければ。刺激さえしなければ良いのである。


 エルドゥは【アンタッチャブル】が居る森の開けた場所に到着した。


 彼は【アンタッチャブル】を刺激せぬよう…しかしその危険な生物を確実に視界に入れ、不意に何があっても退避が出来る体勢を保ちつつ…隅っこに群生する深淵草を採取する。


 (…よし、こんなもんか、帰るか)


 緊張から汗をかきながら立ち上がろうとした際に、エルドゥの背後から不意に…命を刈り取るような危険な殺気を察する!!


 (何だッ…!【アンタッチャブル】のヤツはオレの視界から外しちゃいない!この殺気はヤツじゃないッ!!というか、ボヤっと振り向いたら死ぬッ!)


 即座に側転し場から離れる!

 刹那!エルドゥがつい先程まで居た場所に鋭利な鎌鼬が巻き起こり、足元に群生していた深淵草はズタズタに切り裂かれた!



(風魔法か!ならば相手は人間!森の生物ではない!)



 エルドゥはしなやかな体幹を利用し、側転から攻撃を仕掛けてきた相手へ向き直る。


 「あらぁ…ここまで入れるだけあって、良い動きするのねぇ。」


 目の前には黒い大鎌を持ち、漆黒のドレスローブを纏い、この場に似つかわしくない妖艶金髪の美女が笑み浮かべて立っていた。その女は耳が尖っている。


 エルドゥはレンジャーを長くしているだけあり、カンは非常に強い。


 (何だこの女は…!この耳、もしやエルフか!いや!正体は解らん!だがコイツは危険すぎるとオレの直感が告げている!即座に逃げないと間違いなく殺される!!)


 エルドゥは深淵草の粉末が入った麻袋を女に投げつける!


 深淵草の粉末は森にいるウォルフやマンティスなどの危険生物にぶつけると、煙が広がり目眩しになる。


 エルドゥは非常時はソレを投げつけるのは、緊急時の決まった動作であった。


 そして出口に向かって駆け抜けようとした時…女の声が聴こえる。


 「女が迎えに来たのにこんなモノ投げつけるなんて、ひどい男ね…。私悲しいわ。」


 突如、粉塵の中から雷鳴が現れ、エルドゥに飛びかかり直撃する!

 その雷鳴のあまりの衝撃と熱さにエルドゥは荷物を落とし、悲鳴を上げる!


 「グッ!!グワァァァァァ!!」


 電撃を浴び、エルドゥは自身の肉が焦げる嫌な臭いによって自身に何が起きたのか理解した。


 「あら?今の雷撃を受けて死んでないの…?一撃で殺すつもりだったのに。雷魔法に適性でもあるのかしら?強い魔力は感じなかったけど。」


 その女はエルドゥを分析しながら、彼の持ってた荷物に目を向ける。すると荷物から見える黄金色の果実が見えた。


 その女は邪悪に微笑み…エルドゥの荷物から黄金色の果実を奪い取った。そして荷物袋をエルドゥに投げ返す。


 「…人間のクセに希少な良いモノ持ってるのね。欲しかったのよコレ。コレに免じて殺さないでおいてあげる。まぁ…その状態なら先の命も極僅かでしょうけど。クスッ」


 エルドゥは身体の火傷が酷く、応答を返せる状態では最早なかったが…その女が何を言っているのかは理解できた。


 うつ伏せになりながら彼は命からがら荷物の中に顔を突っ込む。女に見られないよう荷物の中にあるヒールハーブを齧る。


 「ただ私がココに来たこと、万一にでも知ってる人間が居たら困るの。念の為、記憶は消させて貰うわよ。」


 エルドゥは突然…脱力感に襲われその場で意識を失った。


 彼は重傷であり今にも命が消え去ろうとしている状況であったが…咄嗟にヒールハーブを口に入れたことにより九死に一生を得ることに成功した。


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 後にエルドゥは雨に打たれて目を覚ます。しかし、どれくらいの時間、気を失っていたかは分からない。


 (…ハッ!オレは何をしていた…!何故ここで眠っている!?)


 雨に打たれ起き上がったエルドゥは自身の異常にも気付く。身体が鉛のように重たい。


(確かここには深淵草を補充する為に足を運んで…ダメだ。とんでもなく危険な目にあった覚えはあるが全く思い出せない。)


 妙な状況に戸惑いと危機感を覚えつつ状況の確認を行う。


(様子がおかしい。周りが静か過ぎる。なぜ【アンタッチャブル】が居ない。)


  エルドゥの周囲には何の生き物の気配もなかった。静寂が辺りを支配している。

  装備も焼け焦げていて身体も火傷が酷い。まるで強烈な炎を浴びたかのようだ。しかし…この森に火を扱う生物は居ない。


 次に道具を確認する。


 ヒールハーブが1束ある。確か2束あったはずだが…とりあえず1束だけでもいい。コレはこのまま食せばある程度の回復を見込める、危険な状態の今は即座に口にすべきだ。


  エルドゥは即座にヒールハーブを食し…身体中の痛みが少し緩和する。僅かに一息ついた時、道具袋の香りに気付き違和感を覚える。


(……道具袋から蜜のような甘い香りがする。この香りは、ゴールデン・ペシェ……? オレに何があった。ダメだ。思い出せない)


 ゴールデン・ペシェの香りを頼りに記憶を探るが、思い出そうとすると鈍い頭痛が襲う。


(今の状況は悪すぎる。一刻も早く撤退だ。嫌な予感がする。)


 エルドゥは王都へ可能な限り早く帰還した。

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