第十六話 正々堂々
後列右翼で雷鳴が轟き、反対側でも戦闘音が上がった。
エルフォード中隊の蜂起が始まったのだ。
(すまねぇ、オリビア、ラウニィー、エルドゥ……。オレはこのやり方でいく)
サンドは’’銀の戦乙女(ヴァルキリー)’’の顔を思い浮かべ、心の中で謝る。指示のタイミングは理解している。だが、あえて外した。
サンドはアーヴァイン中隊の後方と飛空艦の中間に位置を取り、深く息を吐く。
(両翼で同時に戦闘が起きりゃ……あの人は必ず先頭に立って動く。斥候なんざ飛ばしはしねぇ。真っ直ぐくる。)
確信だった。だからこそ、攻め入るのではなく’’待つ’’作戦を選んだ。
やがて、重い足音が増えていく。
ガレン・アーヴァイン中隊が姿を現した。予想通り、先頭には巨大なダークスチール製の両手剣を背負う男ーーガレン本人がいた。
(……来た。この圧だ。訓練で何度折られたか分からねえ。けど今は怖がってる暇なんかねぇ。オレが止めなければ、誰がこの人を止めるんだよ…)
サンドは訓練で何度もガレンに手合わせを申し出て闘った経験があり彼の竹を割ったような性格や闘い方は熟知している。ただし、今まで一度もガレンに膝をつかせた事はない。
ガレンは貧民街の出身だ。そのため、貴族寄りのマイケル大隊長からは冷遇されていた。
その上、今回の飛空艦の事態だ。下手に不意打ちするよりも直接対峙し、話を持ちかける方が説得が通じる可能性が高いと判断した。
「サンド小隊長ではないか……俺たちを待っていたように見えるが?」
「はい。ガレン中隊長は必ずここを通ると思ってました。 ーー飛空艦の動力の正体を、ご存じですか?」
ガレンは僅かに眉を寄せた。サンドの言葉が意味するところを、一瞬で理解したのだ。
「首を取るつもりなら、もっと背後から狙うはずだ」と言いたげな表情だった。
ガレンは中隊を停止させ、一人で歩み寄る。
「……教えてくれ」
「飛空艦は…人を燃料にする装置で動いています。罪もない国民が無理矢理つながれ魔力を搾り取られ動いています」
「ーーなっ!」
周囲がざわつく。サンドは静かに頷くだけだった。
(この人なら、話せる。聞いてくれるーーそう思ったからだ)
ガレンは数秒、目を閉じた。
再び開いた目は、重みを宿していた。
「サンド。……俺を止めるつもりか? それは王国への反逆だぞ」
「覚悟の上だ!ガレン中隊長! その上で問う!民間人を無理矢理犠牲にする今の王国軍に正義はあるのか!?
疑念があるなら一緒に来てほしい! ーーアレが王国の希望だと言うのなら。…オレを倒して通ってくれ!」
ガレンは長く息を吐いた。
「王国軍中隊長として、まずは大隊に迫る危機を排除せねばならん」
冷たい目を受け、サンドは緊張し武器に手を掛ける。
「……部下は巻き込まん。サンド、一騎打ちだ。互いに正を示す」
ガレンは無骨で巨大なダークスチールの大剣を両手で構える。
サンドは静かに頷き剣と盾を構える。
「感謝します。ガレン中隊長殿ーーいざ!」
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二つの巨影が激突した瞬間、爆音が大地を揺らした。
まるで巨大な二つの岩石が互いに衝突したかのような風圧が辺りに飛び交い土が舞い上がった。
衝撃で近くの兵士たちが思わず盾を前に構え後退した。
「速っ……!」
「中隊長……!」
どちらの陣営からも、押し殺した息が漏れる。
「その心意気や良し! だがサンド、今まで俺に勝てた事はあったか!」
ガレンが踏み込んだ瞬間、地面が沈み周囲に砂が跳ね散った。
その衝撃に、見守っていた兵士たちがさらに後ずさる。
「フンッ!」
ガレンの両手剣が唸りを上げる。黒い残光を引き、サンドの周囲に風の渦を作る。
一撃ごとに地面が砕け、破片が雨のように飛ぶ。重い、速い。まるで小枝でも振っているかのような速度だ。
(クッ……! 一発一発が盾を超えて体の芯まで響く!なんて威力だ!訓練のときより明らか強い)
「けどな!ここでオレが倒れたら、仲間が!オリビア達が!」
サンドは息を短く吐き身を沈める。
膝が沈むほど重心を落とし、刃を地面すれすれから跳ね上げた。
刃はガレンのガントレットを掠め、金属音が響く。
その時ーー
ガレンの目が、わずかに細くなった。
「…ほう」
驚きと、ほんのわずかな賞賛。
サンドには、はっきりとそう見えた。
(……嬉しい。訓練で何度負けても、いつか肩を並べたいと思っていた。今、この瞬間だけ……少しだけ、追いついたんだ!)
その声に、周囲の兵士がまたざわめいた。
歴戦の戦士が、目の前の小隊長を本気で認めたーーそれを誰もが理解していた。
何度も何度も刃と刃がぶつかる。
火花が二人の顔を照らすたび、兵士たちが息を飲む。
いつしかこの場は一騎打ちだけの空気に支配されていく。
サンドの腕がしびれ、呼吸が荒れる。
ガレンの肩もわずかに上下していた。
地面に剣跡が刻まれ、ふたりの周囲だけ世界が塗り変わったかのように荒れていた。
周りの兵士は固唾を吞んで見守っている。その立ち会いに誰もがみな目を奪われていた。
不意に、ガレンが距離を取る。
サンドも合わせて構える。
次で終わるーー互いにそう悟った。
「ゆくぞ!サンド!」
「来い!ガレン中隊長!」
ガレンの魔力が両手剣に集中し、白い気流が巻き起こる。
「はあああああッ!!」
サンドは受けの姿勢を取り、剣を構えた。
ガレンの最大の袈裟切りが空気を裂き、雷鳴のように落ちるーー!
「受けるッ!」
サンドは剣でその一撃を受け…受け流したーーが。
刹那、甲高い破砕音。
サンドの剣がガレンの一撃に耐えきれず爆散する。金属片が光に反射して散る。
「中隊長の勝ちだ!」
「いや、サンド小隊長がまだーー」
(勝ったッ!)
ガレンの瞳に確信が灯る。
だがサンドの目は死んでいなかった。
粉々の剣の柄から手を放しーーすでに両手で盾を握っていた。
「まだだァ! オレは…貴方を超える!」
(終わらせる…!オレだけのための勝ちじゃねぇ。ガレン中隊長の誇りも、オリビアの願いも、全部抱えて勝つんだ!ここで倒れたら何も護れないんだ!)
サンドは残った魔力を盾にすべて流し込む。
盾が、大地を震わせるような低音で唸った。
「〈ガイア・ストライクッ!!〉」
まるで大地が盛り上がり爆ぜるようだった。
ガレンは防御が間に合わず、サンドの盾撃をまともに受けた。
サンドの魔力を込めた盾撃は轟音が鳴り、ガレンは吹き飛ばされた。
吹き飛ばされたガレンは、立ち上がれなかった。意識はある。だが力は残っていない。
「…サンド。俺の負けだ。見事だ」
サンドは胸の奥からこみあげる熱を押し込み、拳を天高く突き上げた。
「小隊長ォォォ!!」
「勝ったぞ!!」
サンドの部下達は全員、一斉に歓声を上げた。
兵士たちの声が、揺れる空に吸い込まれていった。
サンドは静かに、勝利を噛みしめた。
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【TIPS】
【ダークスチール】
ダークスチールは特殊な製法で精錬することの出来る金属だ。
ダークスチール製の装備はアイアン、シルバー製の装備よりも重量がある。その重量から扱いが難しい。ただし非常に強度が高いため熟練の重装兵士や士官が好んで使う素材だ。エルフォード中隊の重装部隊を率いるサンドもダークスチール製の装備を好む。
ダークスチールより強力な装備はミスリル製の装備しか無いと言われている。
【ガイア・ストライク】
サンドの奥義。
サンドの土の魔力の大部分を盾に込め敵へぶつけて強い衝撃を与え弾き飛ばす。
大地を捲り、爆散させその威力をぶつけるイメージを体現させている技。
【ガレン・アーヴァイン】
貧民街出身。謹厳実直な性格だが戦いでは自身が先陣をきるほど勇敢で部下に慕われている。
獲物はダークスチール製の両手剣。
サンドとは訓練で何度も手合わせをした訓練仲間でもあり、サンドに対して親しみを抱いている。
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