閑話 サンド編・後編
そこから更に季節は過ぎ…
サンドにとって悲劇の刻はやってくる。
王都の周辺に’’魔物’’が現れた。
’’魔物’’…それは鍛え抜かれた人間の手では相手にする事が精一杯の異形の生物であり、打倒するのは不可能と言われている。追い払うのが人間、いや、王国としての限界といえる、まるで災害とも捉えられる生物だった。
’’魔物’’はサンドが鉱山で仕事中に突如として現れた。
「大変じゃ!街に’’魔物’’が…魔物が現れたぞ…!」
鉱山内で今の今まで仕事中、一度も声を荒らげたり慌てることの無かった親方が血相を変えて飛び込んできた。
「皆の者!絶対に鉱山から出るのではないぞ!絶対にじゃ!」
全ての鉱夫は親方に従い、鉱山内で籠城の構えを見せた。
しかし唯一サンドだけは反応が異なった。
(そんな!’’魔物’’だって!ならば街にいるクレリアはどうなる!オレの唯一の家族だぞ!)
咄嗟にサンドの身体が街の方へ動く。親方は見逃さなかった。
「サンド!ダメじゃ!危険すぎる!死ぬと解っているのに死地へお前を送るわけにいかぬ!」
親方は必死の想いでサンドを止めるが、サンドの答えは変わらなかった。
「親方…すみません。オレには妹のクレリアが何より大切なんです。例え敵わなくたって行く!」
サンドが親方に口答えをしたのは初めての事だった。
「クッ…南無三!死ぬなよサンド!」
遥か東方から伝来したと云われる救いの言葉をサンドに送り、親方は彼が走り去る姿を見送った。
♢
サンドが全速力で街へ駆け抜けるも、貧民街は錚々たる被害状況であった。
破壊され尽くし目を覆いたくなるような死屍累々の状態だった。魔物はもう既に居なかった。
家屋を縫い通り、サンドとクレリアの住まいへ1セクでも速く駆け抜ける。
サンドとクレリアが暮らしていたあばら家も、同様に破壊され…家の前には、昨日サンドが作りクレリアが家の前で売っていた粘土細工の皿が割れて散らばっていた。
「クレリア!クレリア!どこだ!」
サンドは悲痛の声で叫ぶ。
しかし、木霊のように声は響くだけで返事は無い。崩れたあばら家に覚悟を決めて入る…。
中には飛び散った血痕が目に入った。
サンドはその場に膝をついた。
声にならない叫びが勝手に喉から出た。
拳を叩きつけても、痛みは何も感じなかった。
♢
苦難に遭遇し、逆境に立たされた人間は強い。
生き残った貧民街の者たちは瓦礫を掻き分け、時間が経つにつれ少しずつ街を復興していった。
もちろん喪った命は戻ってこない。
ただし、それで彼らに止まることは許されなかったからだ。
「サンド、軍に入隊するんだってな」
サンドの同僚は、彼に語りかける。
「あぁ。もうクレリアは居ない…」
「けど、オレが戦って力をつけていけば…もしかしたら、これから護れる命があるかもしれない。オレはクレリアに誇れる生き方がしたいんだ」
そのときふと、過去とあるとき鉱山に行く時に家族を喪い、この世の終わりのような表情をした銀髪の少女が脳裏に浮かんだ。
「そうか…なら俺も軍に行くか」
「サンドが軍に行くなら、俺も行くぜ」
サンドと付き合いが長く、過去にケンカを繰り広げた男たちが何人か名乗りを挙げる。
そして彼らは軍の門扉を叩いたのであった。
♢
銀の戦乙女との邂逅
それから軍属となったサンド達は持ち前の鉱山の過酷な労働で鍛えた肉体を利点とし、武器や装備の扱いを一通りマスターした後は同格の兵士で相手になるものは皆無だった。
入隊し3年後には小隊長に任命された。
小隊長となってからも、同格の小隊長でサンドに敵う相手は居なかった。
模擬戦をする相手は中隊長になった。
流石に中隊長相手では勝ちは拾えない。
しかし善戦し一矢報いる。その姿は中隊長や上位の者であっても刺激と奮起を促す事なったのは言うまでもない。
当然の事ながら、そんなサンド達を配下に欲しいという中隊長や大隊長は後を絶たなかった。
「サンド小隊長、どうせなら強いヤツの下に付きたいっすよね」
「そうだなあ…どの上官がいいかな。もうすぐ昇格するヴィンス小隊長、マグナス中隊長あたりか。あとガレン中隊長も良いな。」
そこから数年時が流れ更に実績を積んでいく中で、とある気になる情報が耳に入る。
「恐ろしく強い銀髪の女が入隊したらしい」
「背丈は170ディルも無いのに誰も接近戦で敵わない。強いのにとんでもない美女だ。」
「あの元帥が推薦したという噂だ」
サンドは強い相手の噂を聞き、是非とも手合わせしたいと感じた。
そして、すぐにその人物へ手合わせを申し出た。
あっさりと申し出は受理され、翌日には立ち会う事となった。
「オリビア・エルフォードです。よろしくお願いいたします」
長い銀髪を靡かせ双剣を脇に抱える、その女は鈴のような凛とした声で礼をする。
「小隊長サンド・バイスだ。申し出を受けて頂き感謝する」
「…こちらから手合わせ申し込んでおき申し上げにくいが、全力でやらせてもらって良いのか?」
あまりに自分と目の前の銀髪の女とでは体格差がある。
年齢もオレより若い。もし妹のクレリアが生きていたら同じ年頃であろうか。
それに噂ほどの強者という雰囲気は、特段感じない。
ただし……なんとも言えぬ不思議な雰囲気を纏っている。
そのため漠然とした不安を感じ、ありのまま確認を行う。
「くすっ…もちろんですよ。是非とも、全力で」
微笑みながら、その銀髪の女は双剣のうちの1本を右手に構え、戦闘態勢を取る。
…すると先程とは打って代わり180度異なり全く隙が見えなくなった。
そして底が見えない。こんな事は中隊長を相手にしても過去に一度も思えなかった。
突如、サンドはその銀髪の女を瞬き1つの刹那。
瞬間に姿を見失った。
「!?」
「よそ見はダメ。〈エアバースト〉」
女の声が聞こえた瞬間。次の瞬間には何かの一撃が不意に脇腹を襲う!
痛烈な痛みが脇腹に走る!
そして巨大な自分の体格を5メディルほども吹き飛ばした。
今まで、こんなに吹き飛ばされたことは無い。
「ガハッ…!!」
サンドは突然の事に全く脳の処理が追いつかない。
しかし何かしら強力な攻撃を受けたことは認識した。
ふらつきながらも身体を起こすが、脳が揺れて視界がぼやけていた。
(見失った!?いったいどんな速度で…?)
(いや?それより、オレは何をされた!?魔法か!?しかも。この威力はなんだ!?オレが一撃でこんなに吹き飛ばされるとは!?)
「あら…。あれを受けて、まだ意識があるんですね」
その鈴のような声は後ろから聞こえる。
脇腹を抑えながら声の方向を見ると先程の銀髪の女が何も無かったかのような表情で微笑んでいた。
(この女…!だが捉えた!)
サンドは、この女に何かさせたら危険すぎる。
今ならこの女はコチラの戦う力を奪い、油断しているだろうと判断し即座に行動に移した。
サンドの全力をもって、銀髪の女に袈裟斬りを放つ!
「そこまでダメージを受けた身体で、良い剣筋」
銀髪の女は余裕の笑みを崩さない。
女が持っている剣に薄い魔力の膜が張られたのが僅かに見える。
オレの袈裟斬りは、銀髪の女の剣にぶつかる。
この体格差と力であれば確実に押し切れる自信があった。
しかし、その通りにはいかなかった。
オレの剣戟は銀髪の女の剣に激突した途端…まるで滑るかのようにいなされ、受け流されてしまった。
(なんだと!?)
魔力をあのように扱う事ができるのか!?初めて見たサンドは驚きを禁じ得ない。
(なんだんだ!圧倒的すぎる!手も足もでない!)
「……ダメージを負った中、物凄い膂力ですね…!手がすごく痺れました」
銀髪の女は自身の右手と武器を撫で、確認している。
「楽しかったです。サンドさん…お手合わせありがとうございました」
攻撃を受け流されたあと…銀髪の女の、剣を持っていない左手に風の渦のような、魔力の奔流が見える。
銀髪の女は左手の奔流とともに掌底を真っ直ぐ繰り出してきた。
「〈エアバースト〉」
激しい風圧の中、激しい痛みを一瞬だけ感じた。
そこでオレの意識は途切れた。
♢
次にオレが目を覚ました時、医務室のベットの上だった。
それ以降、オレは彼女の力に惚れ込み、何度も何度も挑戦をし続けた。
未だに一度も白星は取れていない。しかし何度も挑む度に…考えもしない技術や魔力運用を目の当たりにし、自身も成長を感じることが出来た。
彼女はあっという間に昇格を果たし続け、小隊長、中隊長と昇格した。
年齢も軍歴もオレより下。
だが、その力を身をもって体験しているオレとしては何の異論もなかった。
むしろ身近で自分がその力に惚れ込んでいる相手なのだから逆に嬉しく感じた程だ。
何の因果か分からないが…彼女が若くして中隊長に昇格したタイミングでオレは彼女の配下の小隊長として転属した。
僥倖である。さらに力を付ける場として最適であるし、結果的に護れる命が増えるのであれば…それはクレリアに誇れる生き方と言えるだろう。
ただ最近、たまに思うのだが…彼女のあの目立つ銀髪…何処かで見た記憶がある。
しかし、それがいつ、どこでだったのかまるで思い出せない。
まぁいい。そのうち思い出すだろう。
今日は中隊の結成初日であり、中隊結成会という宴もあるそうだ。
なんでも我らが中隊長。オリビア殿はお酒を嗜むのが好きらしい。
サンドは身支度を整え、宴へ繰り出した。
-閑話-サンド編 END-
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【TIPS】
【グレンヴァルド中隊長】
王国中隊長の男性。中隊長歴が長く経験豊富。
マイケル大隊の中で筆頭中隊長と呼ばれ、王国中隊長の中で最も大隊長に近い位置にいる。指揮能力・戦闘能力どちらも非常に優れている。
武器は希少金属ミスリラを錬成し造られたミスリルハルバードを用い、火魔法から昇華した炎魔法を扱うことができる。
王国軍に正式に認められた’’騎士(ナイト)’’の称号を持つ。
【遥か東方】
遥か東方には国があると伝えられている。
’’サムライ’’と呼ばれ、一騎当千の力を持つ騎士。
’’ニンジャ’’と呼ばれ、宵闇の中で活動し、あらゆる城壁や砦に潜入できる闇の者。
そんな強者達が存在する魔境があると言われる。
しかし多数の'’魔物’’が跋扈する土地が道を阻む。
故に存在を確認出来たものはいない。
〈エアバースト〉
掌に風の魔力を集め、相手にぶつけて爆発させる魔法。オリビアが編み出した。
オリビアの接近戦の剣による斬撃以外の攻撃手段。
風属性に加えて衝撃・打撃属性を持つ。
遠距離でも利用可能だが、対象と距離が近いほど攻撃力が高い。
接触し当てれば大抵の人間は一撃で気絶する。
オリビアが相手を殺害せずに制圧する場面で用いることが多い。
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