爺さんの話③
「なっ——!」
拘束が外れた瞬間、
わしは反射的に地面を蹴って逃げようとした。
だが、一歩動くより早く、背中のあたりに“風”が走った。
その直後、
ザッ——と服が引っかかるような感覚があり、
体勢を崩して前のめりになる。
地面に手をつきながら振り返ると、朝次郎が立っていた。
その表情はいつもの彼とはまるで違う。
目がギラつき、呼吸は荒く、まるで人じゃないみたいだった。
「ひ……っ!」
怖くて声が裏返る。
足に力が入らず、立ち上がれない。
朝次郎が地面を蹴ってこちらへ飛び込んでくる。
わしの心臓がドクンと鳴った、その瞬間——
ドッ!
朝次郎の足が小石に引っかかり、体が大きくぶれた。
「うわ——ッ!」
そのまま倒れ込むようにわしにぶつかり、息が詰まる。
視界がかすむほど、突然の衝撃だった。
そして——
ビクッ……!
倒れた朝次郎の体が、軽く震えるように動いた。
驚いてわしは息を飲む。
しかし震えは一瞬で止まり、
朝次郎はそのまま静かに動かなくなった。
『……おい……朝次郎……?』
呼びかけても、返事はない。
『……朝次郎? どうしたんだ……?』
わしは恐る恐る、
倒れた朝次郎の上半身を支えようと手を伸ばした。
その瞬間、手に強い“違和感”が走った。
「……ヒッ!」
あまりの重さと感触に驚き、
思わず手を離してしまう。
胸の奥がざわっとして、気持ちが悪くなる。
『わ、わしじゃない……
わしじゃ……』
混乱と恐怖が押し寄せ、視界がぐらぐら揺れる。
耐えきれず、わしは前のめりになって吐き気を抑えた。
その時だった。
——“決着”——
あの低く不気味な声が、頭の中に響いた。
はっとして顔を上げると、
黒いモヤのようなものが、朝次郎の静かになった体を
ゆっくりと包み込んでいた。
何が起きているのか分からない。
ただ、その異様な光景を、
わしは震えながら見ているしかなかった。
どれほど時間が経ったのか分からない。
やがて黒いモヤは体を運び去るように消えていき、
残されたわしはふらつく足取りで、
ただ遠くに見える“光”へ向かって歩き始めた。
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