05.竜の曳く獣車

 帰り道はサマーァが乗せてくれたので楽だった。サマーァの存在に目を回したマイヤが、意識を取り戻してもう一度卒倒しようとしたのは笑い話である。


「おかえりー、お嬢さんがた。どうやら、どえらい子を連れて来たみたいだな」

「ハーディ、ただいま。待たせて悪かった」

「いいの、いいの。仲良くなれたみたいじゃねぇの……ちなみに名前は?」

「サマーァ」


 ハーディは変わらず山のふもとで待っていた。貸し獣車の騎獣たちがサマーァに怯えている。


「ねぇ、サマーァ。変化の術とかできるか? この子たち、少し怯えているみたいだから、できたら……」


 言い終わる前に、サマーァの姿が白馬へと変化する。それでも、一般的な馬に比べればかなりの大きさだった。


 驚いたのも最初のうちだけで、アスファはサマーァの鼻面に思わず抱きついた。


「サマーァ、元の姿が一番綺麗だけど、この姿もとても綺麗」


 白馬に頬をすり寄せるアスファの姿はまるで普通の子供のようで、見ている者たちを和ませたが、いかんせん、白馬の正体が竜だと知っているため、本当の意味では和めなかった。


「頂上まで登ったら、あっという間だったよ。マイヤが言うには、アスファの闇魔法とやらが発動したらしい」

「あー、精神感応か。竜は元々高い神格を持つ。だから、精神感応が可能なんだが……普通はできねぇよ」


 後半の呟きは、誰の耳にも届かず風に紛れた。しかし、サマーァにだけはしっかり聞こえていたらしい。

 ブルルルル、と威嚇するようにハーディを見つめるサマーァに、ハーディは軽く笑い飛ばした。


「あらら、どうやら俺、サマーァに嫌われちゃったみたい。どうしよう? アスファお嬢さん」


 アスファはサマーァとハーディを見比べて首をかしげた。


「ハーディのこと、警戒はしているけど、嫌っているわけじゃないって」

「……そうきたか。アスファお嬢さんもサマーァも真面目だねぇ。俺、ちょっとだけ反省」

「ハーディが軽すぎるんだと思う」


 うんうんと頷くマイヤとバドル。四面楚歌しめんそかとなったハーディはダラダラと嫌な汗を流した。


「ちょっと……それって酷くねぇ? 俺ってそんなに軽い?」

「充分軽いですわよ」

「そんな風だからサマーァにも警戒されるんだ」


 ついには女性陣から口々に非難される始末。しまいにハーディはアスファに泣きついた。


「アスファお嬢さん、助けてー」

「よしよし、泣くな、泣くな」


 大の大人の頭をポンポンと撫でながら、アスファは白馬姿のサマーァを見上げた。


「私たちを乗せてくれる?」


 是、と答えるように、サマーァはアスファに鼻面を擦りつけてきた。その頭を撫でて、フワリと浮きあがるとアスファはその背に騎乗した。


「マイヤ姉様とバドルとハーディは貸し獣車。しばらくサマーァは一人占めさせてもらう」


 やはりどこか嬉しそうな様子でアスファはそう告げた。反対する者は誰もいなかった。



「サマーァの背中はほとんど揺れない。実に快適だった」


 帰り途、アスファは終始ご機嫌だった。再び丸一日かけて首都アルアーンまで戻った四人と一匹は、衆目を集めながら厩舎へと向かった。


 サマーァの登場に驚いたのは飼育員だった。


「この大きな体躯に美しい毛並み、燃えるような金色の瞳。これはただの白馬じゃないな」

「親父さん、正解。そいつ、正体は竜なんだ」

「ハッハッハ、またまた冗談を……」


 ハーディの言葉をカラリと笑い飛ばした飼育員に、アスファはあえて訂正しなかった。怯えられても困る。


「これで騎獣は問題ない。残るは四輪車だけど……」

「この白馬なら、一頭でかなり大きなほろ付き四輪車を曳けるぞ。この体格に相応しい獣車にしなきゃあなぁ」


 飼育員の親父さんも久方ぶりに立派な騎獣に出会えて、どこか嬉しそうだった。世話をされるサマーァのほうもまんざらではなさそうだ。


「では、設計士との打ち合わせに入りたい」

「じゃあ、事務所に案内しよう」


 サマーァを預けて四人で事務所に案内してもらう。騎獣についての説明を受けた設計士は目を輝かせた。


「いや、実は昔の型だけど倉庫に頑丈な荷車が眠っているんだ。本当に頑丈で今でも充分使えるんだけど、それを曳ける騎獣がいなくてね。まずはその騎獣を見せてくれないか?」


 飼育員と設計士を伴って、四人は厩舎に戻りサマーァを見せた。その雄大な姿に設計士は歓喜した。


「いける! この子なら大丈夫だ。じゃあ、まずあの荷車を引っ張り出してきて不備がないか点検・調整したら、頑丈な幌を付けて……」


 途端にブツブツと呟きながら自分の世界に入ってしまった設計士に、ハーディは笑顔を引き攣らせた。アスファはいつも通りの無表情である。


「あまり重くしてくれるな。サマーァが大変だから」

「? サマーァというのは……?」

「この子の名前」


 白馬に手を伸ばして鼻面を撫でるアスファに、設計士はにっこりと笑みを返した。


「優しいお嬢さんだ。では、可能な限り軽量化できるように調整してみるよ。とはいえ、ある程度の重さは仕方がない面もあるから、そこは……」


 設計士の言葉に、サマーァが一声嘶いた。まるで問題ないとでも言うように。


「……問題ないってさ」


 ハーディが笑う。ふと、アスファは気になった。ハーディにはサマーァの声が聞こえているのだろうか。そう尋ねると、ハーディは本気か冗談かわからない表情でお茶目に答えた。


「秘密。俺はなんでもできるの! こう見えて、お兄さん、器用なんだ」


 そういう問題ではないのだが、本人がそう言い張っている以上はそれが答えなのだろう。アスファは深く追及しなかった。いつか、秘密を教えてもいいと思えるときが来たら、言ってくれるかもしれない。


「ハーディがそう言うなら、それでいい」


 こうして、白馬(竜)のサマーァが仲間に加わった。



 サマーァが曳く四輪車の改造は、たった一週間で出来上がった。その大きなことといったら。


「……さすがにデカ過ぎねぇ?」


 ハーディの言葉に、アスファも驚きに目を見開いていた。


「十人くらい余裕で乗れそう……」

「まぁ、積荷もあるし、大は小を兼ねるともいうから問題ないといえば、ないのだろうが……」


 呆れたように口を開いたのはバドルだ。マイヤは心配そうにサマーァを振り返った。


「あの子……本当にこれ、曳きますの?」


 それは全員に共通の思いだった。アスファは心配そうにサマーァの身体を撫でる。


『……心配……無用……』


 サマーァの気持ちが伝わってくる。元々が巨大な竜なのだ。その力で曳けば小箱を引きずるようなものだった。

 皆の心配をよそに、あっさりと巨大な四輪車を動かしてみせたサマーァに、厩舎では歓声があがった。


「凄い、サマーァ」


 頬を紅潮させて白馬に駆け寄るアスファに、サマーァは鼻面をすり寄せる。


「出発地点で思わぬ足踏みをしちまったが……ようやく出発できそうだな」


 どこか安堵したようなハーディの言葉に答えたのは、アスファ、マイヤ、バドルの誰でもなかった。


「やーっと出発かぁ。待ちくたびれたぜー」

「!?」


 振り向いた視線の先には全身を灰色の外套で覆った小柄な人物。まさか。


「また貴方か、ジアー」

「おー、よくわかったな、アスファ。あんたらが俺を王宮に引き渡したもんだから、抜け出すの大変だったんだぜー」

「……誰?」


 ジアー王子と初対面のハーディが胡乱うろんげに目をすがめて少年を指し示した。


「ハーディ、彼はジアー。訳あって何度も王宮を飛び出している王子」

「そーそー……って、俺、王宮を飛び出す理由、あんたらに話したっけ?」


 首をかしげるジアーに、アスファは首を横に振った。


「王様からは、王子の家出には理由がある、ということしか伺っていない。話したいのなら聞くし、話したくないならそれでもいい。とにかく、王宮へ戻れ」


 だが、ジアーは子供のように、べぇっ、と舌を突き出した。


「嫌だねー。俺はあんたらと一緒に行くの! ……もう決めたんだ」

「はぁ? いったいなにを言って……」

「どうしても、と言うのなら、せめて王様に許可を取ってこい。でなければ、一緒に連れては行けない」


 バドルの言葉を遮って、アスファは条件を突きつけた。ジアーの目が輝く。


「許可取ったらいいのか? だったら、今すぐ王宮に行ってくる!」

「待て。証人が要る。ハーディを連れて行け」


 アスファの言葉に、ハーディが目を丸くした。


「俺?」

「そう。王様に直にお会いして、ジアーの旅立ちの許可を貰ったかどうか、あとで尋ねる。それでいいか?」

「わかった! んじゃ、行ってくる!」


 ジアーは、きょとんとしているハーディの腕を、ガシッと掴むと一目散に駆け出して行った。


「……良かったのか? あんなことを言って」


 バドルの問いに、アスファは頷いた。


「なにか理由があるのだろう。許可さえ貰えば好きにさせる」

「あら、ハーディと結託して嘘の申告をするかもしれませんわよ?」


 おっとりとした口調で殺伐とした内容を口にしたのはマイヤだ。


「その可能性も考えた。でも、もしそうならそれでもいいと思う。ハーディだって馬鹿ではない。彼が認めたのなら、きっとそれなりの理由があるはず」


 アスファの言葉に、バドルが嘆息した。


「ずいぶんと信用しているんだな」

「ハーディは、言動は軽いし色々と隠し事も多そうだけど……いつも嘘は言っていない。だから、信じられる」


 断言したアスファに、マイヤが心配そうな顔をする。


「でも、もしそうでなかった場合は……?」

「そのときは、私の目が曇っていたというだけのこと。後悔はない」


 アスファにためらいはなかった。一方その頃、王宮への道をひた走っていたハーディはポツリと呟いた。


「あー……そうくるわけねー……どうしよう、俺、お子様は守備範囲外なんだけどなー……惚れてしまうやんけ」

「あんた、なにブツブツ言ってんだ?」


 ジアーの問いに、ハーディは、へらっ、と笑み崩れた。


「いやー、こっちの話。アスファお嬢さん、いい子だなぁ」

「あんたの歳であの子に手ぇ出したら犯罪だぜー?」

「あの子に手を出す時点で、大人としてヤバいだろ。ってか、半端な野郎じゃあ俺が許さねぇし」


 にっこりといい笑顔で黒いことを言うハーディに、ジアーは引き攣った笑みを漏らした。


「なにそれ、あいつは俺のもの的な」

「いやいや、ただの保護者愛。娘同然だからさー」

「ふーん……で、ものは相談なんだけど」


 このまま王宮に行かずに引き返そうぜ、と提案したジアーに、ハーディは笑顔で駄目出しをした。


「お前、論外な」

「元から手ぇ出すつもりもねーし。そもそも、お子様に興味はねー」

「それはそれでムカつくな。まぁいい。なら、せめて理由を言え。理由いかんによっては考えてやらんでもないぞ」


 結局、ジアーはハーディに事情を説明した。ハーディが納得したのかどうかはわからない。だが、そのまま二人で戻って来たということは、彼を認めたということなのだろう。


「これからよろしくなー」


 王子ジアーが仲間に加わった。



 白馬姿のサマーァの曳く獣車に揺られて、アスファたち一行は古都マーディンを目指す。


 途中でいくつかの街を経由して、食料などの物資の補給と依頼の報奨金を路銀として稼いだ。


 現在も依頼の真っ最中で、今回の依頼は古都マーディンを目指す旅芸人一座の護衛だった。


「助かったわ。まさか、あんたたちみたいに若い人らが護衛を請け負ってくれるなんて思わなかったよ」

「いやー、俺たちもちょうどマーディンに向かうところだったんでー。ほら、旅は道づれって言うし」

「そーそー」


 美人の踊り子たちにハーディとジアーの顔は緩みっぱなしだった。バドルがジロリと彼らを睨む。


「まったく……ずいぶんといいご身分だな。実際に戦っているのは私とアスファで、マイヤが回復を務めてくれているというのに……」

「落ち着け、バドル。一座が別に雇った用心棒もいることだし、攻撃が三人、回復が一人いれば結構楽だ」

「アスファは甘い。そんなんだから、あいつらがつけあがるんだ」


 憤懣ふんまんやるかたなしといった風情のバドルに、アスファはやれやれと肩をすくめる。


「それにしても、あちらの用心棒の方、ずいぶんとお若いですのねぇ。同じ歳くらいかもしれませんわ」

「んー、十五歳らしい。マイヤ姉様よりも二つ下」

「年下ですって? まぁ、なんてことかしら。それなのに今まで一人旅をしていたなんて……」


 マイヤにとっては一座の用心棒が自分より年下だったことがよほど衝撃的だったようだ。


「十五歳といえば私が剣闘士になったくらいの年頃か。それにしても、かなり強いよな」

「うん。それに、魔法の素養もありそう」


 バドルはアスファの言葉に強く反応した。


「え? でも、あいつ、剣で戦っていたけど? 細身の剣ではあったが……」

「たぶん、『魔法剣士』なのだと思う」

「魔法剣士?」


 首をかしげるバドルに、マイヤが説明する。


「魔法と剣術を同時に扱える人たちのことですわ。剣に魔法をまとわせて攻撃することで、威力を何倍にも高めることができますの。ただし、使える魔法はたいがいが先天属性のみのようですけど」

「へぇ……じゃあ、もし、アスファが剣を使えるようになったら、それは魔法剣士になるのか?」

「もし、そんなことが本当に可能ならばね。自分の力量くらいわかっている」


 思わず苦笑したアスファは獣車の外に見える馬上の少年に視線を遣った。黒髪に黒い瞳の繊細な雰囲気を持つ少年だった。名をカウィというらしい。目が合った。


「やぁ」


 アスファが手を振っても、カウィはつんと顔を逸らすだけ。恥ずかしがり屋なのだろうか。


「貴方は強いな。先天属性は『闇』か?」


 こりずに話しかけるアスファに、カウィは馬に乗ったまま獣車に近寄った。


「お前に話すことなどない。僕はお前なんか認めないからな。似非えせ魔王」


 冷たく吐き捨てられた言葉に、アスファはきょとんとすると、次いで珍しく可笑しそうに笑った。


「似非魔王と呼ばれたのは初めてだ。どうしてそう思うんだ?」

「馴れ馴れしく僕に話しかけるな。大体、お前の魔法は『風』以外どれも暴走寸前じゃないか。もし本当に魔王なら、すべての属性を完璧に扱えるはずだ。だから、いくら金色の瞳だろうと、僕はお前を魔王とは認めない」


 話しかけるなと言いつつも、アスファの問いには詳しく答えてくれる。アスファを魔王じゃないと言い張るカウィに興味を覚えた。


「私は貴方に興味がある。できれば友達になりたい……カウィと呼んでもいいか?」

「僕の話を聞いていたのか? 僕はお前を認めないと言っているんだ。それなのに僕と友達になりたいだなんて、頭がおかしいんじゃないのか? ……別に、名前を呼ぶくらいは許してやらんでもないが」


 散々こきおろした挙句に、名前で呼んでもいいと言う。これでは嫌われているのか、そうでないのかわからない。変な人だ、とアスファは思う。


 カウィが獣車の騎獣に視線を向けた。


「そんなことよりもなんだ……あれは馬ではないだろう?」

「サマーァのこと? よくわかったな」

「そうか、サマーァというのか……いや、違う、そうじゃない。正体を教えろ」


 どうやら上からの物言いがカウィの標準らしい。アスファはあっさりとサマーァの正体を暴露した。


「サマーァは竜だよ」

「そうか、竜か……竜だと!?」

「うわ、びっくりした……あの子が竜だとなにか問題があるのか?」


 アスファの問いに、カウィはグルグルとなにかを考え込んでいる様子だった。


「問題というか……竜は人間には懐かない生き物のはずだ。いったいどうして……まさか、外法で無理やり!?」

「違う。失礼なヤツ。サマーァは友達。厚意で獣車を曳いてくれているだけ」


 さすがにムッとしたアスファが反論する。カウィは信じられないという顔をした。


「竜を懐かせられるのは精霊や魔王だけだという話だが……それでも、僕がお前を認めるとは思うなよ!」

「別にいい。魔王になりたいわけではないし、魔王でなければサマーァと友達でいられないなら少しは考えるけど」

「……はぁ?」


 思わず変な声をあげたカウィに、アスファは目を眇めてため息をついた。


「カウィは私をなんだと思っている。魔導師であることを除けば私は普通の十二歳の子供。それだけだよ」

「……どこが普通だ。いいか、魔導師や魔法剣士であるという一事をもって、僕たちはすでに『特別』なんだ。『特別』な力を使って『普通』の人々を護る。それが僕たちの存在意義だろう。『特別』な僕たちに『普通』であることなど許されない」


 それはアスファとて日頃から心掛がけていたことだった。だが、他人から頭ごなしに言われればカチンとくるものだ。


「特別だからといって、友達を作ってはいけない決まりなどない。私はただ……親しい友達が欲しいだけだ」


 金色の瞳がちょっぴり涙で潤む。それを見咎みとがめたマイヤがカウィに食ってかかった。


「ちょっと。わたくしの妹をいじめるなんて、いくら貴方が年下でも許しませんわよ」

「う……悪かった」


 渋々謝ったカウィに、アスファは目尻を拭って小さく頷く。それでも、少しだけ心が温かかった。旅の空の下、ほんの少しずつでも、世界とつながっていける気がしたのだった。

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