達観した視点で物事を見つめ不安や恐怖を手放し、全てを「どうでもいい」と思って楽観的に生きるにはやはり心の強さも必要なのだろうか?
ままどおる
第1話 なりたかった自分になるのに遅すぎるということはない
どうして俺は不細工なんだ?どうして俺の背はこんなに低いんだ?どうして俺の頭はこんなに馬鹿なんだ?
毎日毎日、鏡で自分の姿を見てはずっとそんな事ばかりを考えていた。俺の人生が上手く行かないのは、きっとこの容姿のせいなんだって。
だから三十年間叶いもしない夢を思い描いてた。
アニメで見るような優等生ポジションの美少女に産まれ変わりたい。クールに達観した物腰で、常に相手より優位に振る舞って、何があっても動じずに皆から一目置かれてるような美少女に産まれ変わりたい。
そんなのアニメの中の話だろうって思うだろうけど、確かにその通りかも知れないけれど、でもクラスに一人ぐらい居なかったか?物静かで読書好きで決して友達は多くないけど、皆からハブられてる訳じゃなくて、自分が信じると決めた相手とのみ友人関係を築くような周りの目を一切気にせず理路整然と佇む女子が?
脳味噌こねくり回して一生懸命思い出せば絶対クラスに一人はいたハズだ。
勿論、そんなムーヴを取るには整った容姿が必要になる。他人のやっかみをはね除ける程に綺麗で崇高な容姿が必要になる。単に可愛いだけじゃ駄目で、美少女チックな見た目じゃ駄目で、美人で他人を見透かすようなカリスマチックな雰囲気が必要となる。
身長は高い方が良い。それも170前後ぐらいが好まれる。高すぎてはかえって駄目だし、低すぎては可憐さが増して駄目だ。陰日向に咲くような人知れず咲き誇る一輪の華が俺の理想だ。
「……さてと」
と、そんな事をツラツラと白紙に近い日記帳に書き綴った所で、俺はペンを置き、夕日が沈んだ後の薄暗い景色を部屋から眺めた。
カラスさえも通りすぎた後の灰色の風景は、普通の人間であるならば室内灯を必要とするだろう。カーテンも閉めず、星が一つ二つと輝き出す夜空を、学生時代からの慣れ親しんだ机からただ漠然と眺めていた。
希望という星は俺にはもう見えない。なんだか全てが嫌になって、給料を貰いに行くだけの働き甲斐も生き甲斐も見付からない糞みたいな仕事は今日無断欠勤した。
時刻は五時を過ぎた辺りで、今頃ムカつく上司や嫌いな同僚達が俺の事を、それこそ糞味噌に言いながら帰り道を歩いているだろう。
もしも人生に勝者と敗者がいるならば俺は間違いなく敗者だ。誰とも付き合った事がないし、誰からも愛された事はない。傷付き疲れ果てていつしか人に対する愛情さえも失ってしまった。
人を愛するって何だっけ?愛されたいのに愛する事を忘れてしまった。親愛、友愛、異性に対する恋愛感情…嫌いな人間は増え続けるばかりなのに、好きな人間は減る一方だ。
「自分さえも今は嫌いでしょうがない…」
今日はスマホは一度も見てない。着信履歴は鬼のように残っているだろうか?それとも案外呆れられて一つも入っていないだろうか?
確認する術は?
それは明日を生きる俺がいたならばある話だ。だから…だから…これから先もずっとシュレディンガーのままなのさ…
とうの昔に充電の切れたスマホを久し振りに開ける窓から投げ捨てて、立ち上がって用意していた天井に下がるロープに俺は静かに首をかけたのだ。
ガタン……
未来があるなら、理想とする女子に生まれ変わって生きてみたいものだ。悩み事なんか一つもなくて、達観した視点で物事を見つめ不安や恐怖を手放し、全てを「どうでもいい」と思って楽観的にさ…
俺が想像した容姿を持った彼女ならきっと…きっとそんな風に生きられるハズなんだ…
***
銀糸の髪に、緑色の瞳、凡そ幼児とは思えない程に整った大人顔負けのルックス。腰まである髪をサラサラ靡かせながら、似合わない水色の園児の服装を着て、鼻水垂らした悪ガキや、ちょっとした事ですぐ泣く幼女達に囲まれながら、ある意味平和な幼稚園時代を過ごした。
「
「…別に普通です」
「お友達は出来た?」
「…なかなかこれといった相手が見付かりません」
赤いランドセルを背負って、あまりに暇だったから無駄に読書好きな父の書斎から片っ端から本をかっぱらって、それを教科書の間に挟みながら猿でも分かりそうな小学校の授業を適当に受けつつ自堕落な小学生時代を過ごした。
「芽晴、学校はどうだい?楽しいかい?」
「別に普通です」
「……そろそろお友達は出来たかい?」
「自分を信じさせてくれるような子はまだ現れませんね…」
「……そんな二度目の人生も気付いたら中学生かあ」
英国の女性作家ジョージエリオット曰く「なりたかった自分になるのに遅すぎるということはない」らしい。
最近では山のようにあった父の書斎にある小説を読み尽くしてしまって、「偉人の名言集100選」なるものを購入して、勝手にセルフ自己啓発する毎日だ。
銀糸の髪は腰の下まで届き、洗面所の鏡に映る容姿はまさに理想通りのクールで無表情な美人さんだ。外見は完璧であるが中身は以前と変わらずネガティヴ思考なままである。
「……いい加減遅すぎるんじゃないかな、スタートダッシュは完璧に躓いたと思うんだけど」
と、クールな美人さん薬師神芽晴こと第二の人生を歩くかつては俺という一人称だった自分が呟いている。言葉とは裏腹に前を見据えて真っ直ぐ背筋を伸ばして、セーラー服に身を包んだ自分は、今日も楽観的に生きる手段は何かないかと必死に模索するのだ。
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