第3話 誤算だらけの仲直り大作戦と、副隊長の不和

 セラとゼフィの『仲直り大作戦』は、いよいよ実行フェーズに入った。


 彼らの計画は、お互いの意見を中途半端に混ぜ合わせた、最悪なものだった。


【セラ担当】リリィへの真面目な誘導

 セラはリリィに、「次の魔物討伐の際、ガロッドの戦術に肯定的な意見を言うことが、パーティのムードを向上させる」と説いた。さらに「感謝の言葉を、論理的な理由と共に伝えなさい」と指導した。


【ゼフィ担当】ガロッドへの軽薄な情報操作

 ゼフィはガロッドに、わざと聞こえるように「リリィがカイルが残した『理想的な戦術メモ』とガロッドのやり方を比較したレポートを作っているらしい」と耳打ちした。


「リリィがな? 俺の戦い方とカイルのやり方を比較?……ちっ」


 ガロッドは表面上は気にしないふりをしたものの、内心ではメラメラとライバル意識を燃やしていた。


【作戦実行当日】


 ガロッドが率いるパーティは、深い森の遺跡にたどり着いた。リリィはセラから指導された通り、ガロッドに声をかける。


「ガロッド。前回の戦闘データに基づき、私はあなたの『直情的特攻』を今回は支持するわ」


 ガロッドは目を丸くした。


「お、おう。珍しいな。どうした? 」


 リリィは懐からセラにもらったメモを取り出す。しかし、ガロッドの真っ直ぐな視線に動揺し、メモではなく、彼女自身の理屈が暴走し始めた。


「ど、どうしたとは、何を言っているの? これは純粋な戦術分析の結果よ! あなたの戦術的ポテンシャルは、これまで私が過小評価していた領域、すなわち『非定型・高負荷の状況における爆発的な突破力』に顕著な優位性を示しているわ」


 リリィの口調は早口になり、熱弁を振るい始める。


「今回の遺跡の魔物は、狭い空間で『連携のパターン化』という脆弱性を持つ。つまり、パターン化された防御を、パターン化された戦術で破るのは非効率なの! ここまでは理解できた? 」


「ま、まあ……」


 ガロッドは混乱している。


「そこで、ガロッド。あなたの『突進攻撃』が活きる。あなたの行動は、論理的な思考プロセスを経由しないため、敵にとっても、そして私たちにとっても、予測不能なノラジック・アタック(非論理的攻撃)となるわ!」


「ノラジック・アタックって……それ、褒めてんのか? 非論理的って言いたいんだろ? 」


「褒めているのよ! 聞きなさい! これが私の結論よ! カイルの戦術は、常に『論理的・再生産可能な安定解』だった! あらゆる状況で70%の成功率を保証する、完璧なアベレージ。そこには安心感がある。しかし、あなたのノラジック・アタックは、成功すれば120%の成果をもたらす代わりに、失敗すれば一瞬でパーティを瓦解させる『ギャンブル的特異点』なのよ! 」


 リリィは興奮のあまり、声を上ずらせた。


「理解できる? この、制御できない混沌が、今回の、この場所、この魔物という特定の条件下においてのみ、カイルの戦術が到達しえない『相対的優位性』を生み出しているの! これは、あなたの天性の才能であり、私の賢者としての知識では再現不可能、模倣対象外の奇跡的アセットよ!」


「お、おい、リリィ、落ち着け。アセットって……」


「落ち着いているわ! だから私は! あなたの無秩序な行動は、この一点においては、最、最……最適解だと認めます! 私の賢者としてのプライドをかけて保証するわ! この複雑なパラメータを分析した結果、あなたの直情的な行動が偶然にも最良の解に収束したと、断定せざるを得ない、ということよ!」


 ガロッドの顔は、みるみるうちに強張っていった。


(なんだよ、奇跡的アセットだ? 制御できない混沌だ? しかもカイルと比較した上で、俺のやり方を『偶然』と断定しやがった……)


 ゼフィの流した噂が、ガロッドの頭の中で現実となった。彼は、リリィが自分を上から目線で「査定」し、最終的に冷たい理屈で片付けたように感じた。


「ふざけんな!」


 ガロッドは剣を抜いた。


「俺の戦い方は、お前の頭の中の査定基準で動いているわけじゃねえ! 俺は! 誰とも比較されずに、お前たちを守り抜く! 俺を混沌とかギャンブルとか呼ぶな!」


 ガロッドは、リリィの言葉を全て拒絶し、単独で遺跡の奥へと走り去ってしまった。


「待ちなさい、ガロッド! 単独行動はリスクが高すぎるわ! そして、私の分析を途中で拒絶しないで!」


 リリィは叫ぶが、もう遅い。彼女の理屈は、ガロッドの傷ついた心を届かなかった。




 後衛に残されたセラとゼフィは、この惨状を見て、激しく口論を始めた。


「ほら見ろ、ゼフィ! あなたの『比較レポート』なんていう無責任な情報が、彼のプライドを傷つけたのよ! リリィはただ褒めたかっただけなのに!」


 セラは怒りに震えている。


「ふざけんな、セラ! 俺の作戦は、ガロッドに動機を与えた! 問題はリリィだ! お前が『論理的な感謝』なんていう、愛のないマニュアルをリリィに教えたから、あんなに冷たい言い方になったんだろ! リリィに必要なのは、理屈じゃなくて『愛してる』の一言だ!」


 ゼフィも言い返す。


「愛を伝えるのに、軽薄な噂で焦らせるなんて、論理の欠片もないわ! あなたとは、もう二度と協力しない!」


「上等だ! 俺もお前の正論と説教にはウンザリだ! 勝手に真面目ぶってろ!」


 セラは涙を浮かべながら、ゼフィに背を向けて回復魔法に必要な薬草を摘みに行った。ゼフィは頭を掻きむしり、完全に機嫌を損ねて、一人で罠の解除に向かう。


 リリィは、その場に立ち尽くしていた。


「あ……」


 口から出たのは、たった一言の音だけ。ガロッドの怒り、セラとゼフィの罵り合い、そして自分から出たあまりにも酷い言葉の全てが、リリィの心を押し潰す。


(私は……なんてことをしてしまったの。褒めようとしたのに、感謝したかったのに、一番傷つけてしまった……)


 賢者としての自信も、過去の恋への未練も、全てがどうでもよくなった。リリィの瞳は潤み、今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうになる。彼女は自分の頬をきつく叩いた。泣けば、賢者の仕事ができない。


「分析しなさい、リリアン! この状況から最適な解を!」


 しかし、脳裏に浮かぶのは、カイルの冷静な戦術ではなく、ガロッドの傷ついた顔だけだった。


「最適な解……もう、わからないわ……」


 リリィは俯き、泣くのを必死で耐える。その姿は、賢者というより、ただの臆病な少女だった。


 その時、ボスフロアの入り口から、ゼフィが戻ってきた。彼はリリィを一瞥すると、舌打ちする。


「チッ。おい、行くぞ。ボスが待ちくたびれてる」


「ゼフィ、あなたも一人で先走らないで!」


 セラが鋭くゼフィを咎めたが、ゼフィは顔も見ずに言った。


「誰も協力しねぇんだろ? じゃあ、俺は俺の効率的なやり方で動く。お前の真面目な作戦も、リリィの論理的な指示も、もう当てにしない」


 セラは悔しさに顔を歪ませたが、何も言い返せない。


 リリィは、泣き出しそうな顔を隠すように俯き、そして重い足取りで仲間たちに続いた。


 4人全員が、互いを信用せず、私憤と絶望を抱えたまま、パーティ史上最悪の雰囲気でボスフロアへと向かうことになった。


(第4話につづく)

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