第20話 : 彌田さんのノートが美しすぎした件

 教室に到着したら、彌田さんが僕に「永瀬君、これ使って」と渡してくれたのは昨日の午後の授業をまとめたノートだ。


 生物と数学のもので、生物に関しては僕が知っている部分の授業だったので特に不自由はなかったけど、数学は少しわからないところがあった。

 あとで参考書を見れば良いと思っていたところに思わぬ助け船……


 いや、これ凄すぎだろう。


 普通ならノートを使ってと言われ、何を想像するだろうか。

 授業中に書いたものをそのままコピーして渡してくれると思う人が大半だろう。


 彌田さんが僕の手許に寄越したそれは、先生の話をまとめた上で、恐らく参考書かネットで足りない部分を補足してまとめ直している。

 しかもそれがコピーではない。


「あの、これ、彌田さんが使うものじゃないの」

「大丈夫、私、同じものを持っているから」


 は? 同じもの?


 全部で八ページあるそれは、そこいらの参考書よりもわかりやすく書かれ、大事なポイントは赤インクで強調されている。

 しかもそれは手書きである。

 ワープロなら同じものを二部作るのも簡単だけど、これは手書き。

 プリンターを使ってコピーを作ったのかと思いながら、彌田さんが持っているものを見ればレイアウトが微妙に違う。


 彌田さんはまとめノートを二つ作っていた。


 僕がどんなに丁寧に書いても絶対に真似できないと断言できる、美しくて見やすい字と相まって本当に光って見えている。


「綺麗だ」


 思わず声が出てしまった。


「へっ?」


 彌田さんがビックリしたような声を出す。


「うん、本当に綺麗だよ、彌田さん(が作ってくれたノート)。惚れ惚れするくらいにね」

「そ、そ、そ、それ程でもないよ」

「謙遜なんかしちゃダメだよ。本当にそうだから」


 彌田さんが真っ赤な顔になってしまった。

 最近、そう言う姿になることが多いと感じるのは気のせいか。


「海鈴、おはよう……どうかしたの」

「ときちゃん、おは、よ、う……なんでもないわよ」

「そんなことないでしょ。顔が真っ赤よ」

「え、彌田さん、調子悪いの」


 うっかりしていた。

 彌田さんは体が弱いのかも知れない。

 人のことは言えないけど、僕も小さい頃は(今でも身長は高くないけど)病気がちで、お医者さんからもっと背が伸びれば丈夫になると言われてきた。。

 学校の中でも飛び抜けて小さな彼女のことをもっと気遣えば良かった。


「ちょっと動かないで」


 僕の手を彌田さんの額に当ててみれば、確かに熱い。


「えっ、永瀬君」

「うん、これは熱があるね。この時間、保健室に先生いるかな」

「ははん、そういうことね」


 常盤さんの一言に小さく頷く彌田さん。


 二人は中学からの同級生だと言っていた。

 付き合いが長い分、僕には分からないところで何らかのコンタクトが取れるようだ。


「永瀬君、海鈴は大丈夫よ。それよりもそのノートを使って復習しておいたら。私は海鈴とちょっと話があるから、ね」


 彌田さんが部屋から出て行った。




◇◇◇



「ふ~ん、そんなことがあったの」


 ときちゃんが私の話を聞いてうんうんと首を振る。


「永瀬君はどこまでわかっているんだか。中学の時の人達と違って悪意がないのはわかるけど、海鈴のことをあまり話すのもね」

「放っておいていいよ」

「それじゃ心臓に悪いわよ」

「それでもいい。永瀬君は純粋な人なのだろうから」

「昔を思い出したらどうするの」

「大丈夫。そのお蔭で人を見る目は養ったつもりだもの」


 永瀬君は私を裏切ったりはしない……言葉を交わすようになってからまだ一ヶ月も経っていないけど、そんな確信があった。


「何かあったら真っ先に私に言ってね。いくら櫻葉君の親友だと言ってもタダじゃおかないから」

「わかった」


 絶対はないけど、たぶん絶対にないよ。

 その言葉は口にしなかった。


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