無自覚に口説く永瀬君に翻弄される彌田さんはまんざらでもないと思っている
睡蓮
第1話 : 彌田さんは隣の席
中学校入学時から四年間、高校生になっても僕は教室内で指定席がある。
教室の最前列中央。つまり先生の真ん前だ。
僕が望んだ訳ではない。本当は後ろの席で内職めいたこともしてみたい。
でも身長が百五十センチに満たない僕には選択肢がなかった。
殆どの人が僕の前を通り自分の席に向かっていく。
いつも誰かを見上げるように言葉を交わす日々。
誰かがコントでやっていた「わたしゃ、も少し背が欲しい」を笑えない。
中学生になれば、高校生になれば背が伸びると言っていた人達を殴ってやりたい。
「三高」などと言っていたバブル期の女性達を踏みつけてやりたい。
毎日そんな風に思っていた。
高校二年生になって、文系と理系にクラス分けがされ、僕は理系クラスを選んだ。
単に植物が好きだったという理由もあるけど、いつか自分の身長を伸ばす方法を見つけるために生物系を学ぼうと思ったのだ。
「永瀬君、おはよう」
二年生最初の日、僕は自分の目を疑った。
そして、こちらから挨拶するのを忘れてしまったほどに驚いた。
「どうかした?」
そこにいたのは
彼女は自分の学年だけでなく学校で一番背が低いと言われている。
成績優秀者として名高く、もちろん彼女のことは知っていた。
が、まさか同じクラスになるとは夢にも思っていなかった。
「う、うん。彌田さん理系だったんだね」
「そうだけど」
「文系だと思っていたからちょっとビックリしたんだ」
「あはは、前のクラスの皆からもそう言われたよ」
彌田さんは文芸部の部長をしている。
一年生の時はクラス違いなのに何故そんなことまで知っているかと言えば、高校生対象の文芸コンテストでグランプリを取り、全校集会の時に校長先生から褒め称えられていたのだ。
だから当然文学の道へ進むものだと思っていたのに。
「文芸はあくまで趣味だから。私は化学を学びたくて」
「そうなんだ」
二年生最初のホームルームで決まった席はやっぱり自分の指定席だった。
隣は当然のごとく彌田さんだった。
この日は半日で帰りになるので僕は電車に乗り、とあるショッピングモールへ向かった。
欲しかったのは長袖のTシャツ。
ここ暫くかなりの頻度で着ているため、さすがにヨレヨレになっていて新しい物が欲しかったのだ。
僕は私服を殆ど持っていない。
理由は簡単、自分に合う服が売っていないのだ。
メンズの服を売る店では自分に合うサイズは置いていないから、欲しくても買えない。
そうなると子供服から選ぶしかない。
確かにそこに行けば体に合うものはある。
でも、考えてみて欲しい。
身長以外は一人前の男が子供服売り場で服を選んでいる様子を。
屈辱以外の何ものでもない。そう思わないだろうか。
もう一つ、誰かに見られる恐怖だってある。
「あいつ、子供服売り場にいたんだぜ」
そう言われたらきっと僕は立ち直れないだろう。
そんな風に思っていた。
誰にも見られないよう小さくなって、とある子供服の店で物色していた。
少々値が張るお店だが、デザインがちょっとだけ大人じみているのでここで何度か買い求めたことがある。
「こんなところか」
手にしたのは明るい紺色のもの。
ブランドの小さな刺繍が胸にあしらわれている。
この刺繍が余計だなと思案していたら、後から声がした。
「あれ、永瀬君じゃないの」
こんな所で誰かに見られるはずが……振り向けば彌田さんがそこにいた。
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