PROXY《代理戦争》
冬海🦞
秘匿防衛戦線
序
某県某市にて
某県某市、
死者は患者二七名、職員一四名。
生存者は一名。
彼らは皆一様に刃物によって自死していた。
異常な死に方に世間は怪死事件、大量殺人、カルトと様々な憶測を騒ぎ立てたが、ニュースが少し控えめになった頃、その街でいくつかの噂話で流行しはじめた。
いわく、夜道をひとりでに徘徊するぬいぐるみ。これが事件の犯人だ。
いわく、結婚式直前に死んでしまった花嫁。これの呪いが事件の原因だ。
いわく、深夜に人家を覗く女の影。これは犯人を捜す事件被害者の亡霊だ。
事件と結びつけた都市伝説が街を越え、ネットで話題になりはじめていた。
どれも十把一絡げの噂話だったが、何が火付け役になるかはわかったものではない。事件を皮切りにこの現代社会に都市伝説が再熱、大流行した。
もちろん映画や小説、漫画などの商業作品のほか、ネット怪談やクリーピーパスタも含めホラーというジャンル自体は廃れてはいなかったが、問題はこの文明の世で流行したのがただの「怖い話」ではなく、「儀式」や「
ぬいぐるみを用意して中に米と髪を詰めてかくれんぼをするとぬいぐるみが動き出す。
鉛筆と五十音表を用意して呼びかけると「花嫁様」が降りてきて質問に答えてくれる。
わら人形と五寸釘を用意して誰かのことを思って釘を打つと呪うことができる。
カミソリを用意して鏡を覗くと知りたい誰かの将来の姿を見ることができる。
二十年以上前に流行したはずの降霊術や呪いが、今なぜかこの街では「確かな効果を持って」流行していた。
時には殺傷事件や集団ヒステリを招いたこの流行は、学校側からの規制や地域住民の監督意識に影響を及ぼしたが、実態は若者だけに留まっていなかった。
上司のハラスメントに鬱憤の溜まったOL。競争相手を蹴落としたいサラリーマン。保険金の欲しい主婦。不倫相手に乗り換えたい夫。毎日の面談でノイローゼ気味の教師。問題ばかり起こす社員の首を切りたい会社。老夫婦に家を立ち退いて欲しいさる筋。
腹痛で苦しんで欲しい程度から一族郎党死に至れとまで、規模は大小さまざまではあるが、法が関係ないのであれば、誰にも咎められないならば、そうやって考えたことのある人間は少なくないはずだ。
たとえ人への殺意があったとして、おまじないなら問題はない。効果の保証なんてない。包丁で人を突き刺すのとはわけがちがう。
こうなったらいいな。そんな他力本願な偶発的な効果を祈った気休めだ。しかし、願掛けに過ぎないはずの呪いにもし、確実な効果が現れるとわかっていたらどうだろう。
実証が出来ない。実態が把握できない。実害だけは齎される。
そうなれば、子供のお遊びではない。
凶器だろう。罪に問われることのない銃、不可視のナイフ、火薬を使わない爆弾。
法規制などされるはずもない。
細菌兵器のように開発された脅威であれば考えようがあるが、ずっとあったはずの呪いが、今更効果を持ち始めたなど、呪いの実害を認めるなど、現代国家ができるはずもない。
後手後手となるうち、この流行は街に留まらない社会的な脅威となりつつあった。
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