偽聖(ギセイ)の幼馴染 ~勘違い転生者の隣で、私は「本物」を取り戻す~

タカ

第1話 始まりのチートとチョロいヒロイン

 意識が、白いノイズの海からゆっくりと浮上する。

 目が開いているのか閉じているのか。それすら曖昧な感覚の中、光だけがそこにあった。

 いや、光ではない。

 光の形をした、何かだ。

 人型。巨大な。輪郭が眩しさで滲んでいる。



『目覚めましたか。斉藤護』


 声が、頭蓋の内側に直接響いた。

 どこだ、ここ。

 俺は確か、残業帰りの横断歩道で……そうだ。クラクション。ハイビーム。衝撃。

 浮遊感。

 典型的な、トラック転生。

 つまり、ここは。


「……いわゆる、神様ってやつですか」


 声が出た。自分の声だが、やけにクリアに聞こえる。

 光の人型は、肯定も否定もしない。ただ、そこにある事実として、俺を見下ろしている。


『あなたの前世における生は、そこで終了しました。享年二十八。短い生涯でしたね』


 事務的だ。まるでカスタマーサポートの定型文を読み上げるように、淡々としている。

 心臓が妙に落ち着いている。恐怖も、後悔も、不思議と感じない。

 それよりも、期待が勝っていた。

 ラノベや漫画で読み漁った、あの展開。

 冴えない営業マン、斉藤護の人生は終わった。

 だが、新しい人生が。

 いわゆる「第二の人生」が。


「あの、それで。俺、どうなるんですか? 天国とか、地獄とか」


『どちらでもありません。あなたには、我々の管理する別の世界――『アースガルド』にて、新たな生を受けていただきます』


 キタ。

 喉が鳴る。

 異世界転生。

 これ以上ないほど、テンプレ通りの展開だ。


『管理規定に基づき、転生者には特典(ボーナス)が付与されます。あなたの前世でのカルマポイントを精算した結果、最高ランクの特典を選択する権利を得ました』


 最高ランク。

 いい響きだ。

 ゴクリと唾を飲む。

 スキル。チートスキルだ。

 何を要求する?

 いや、待て。ここで欲張って失敗するのが三流だ。

 ここは相手の出方を見る。


「……どういったものが?」


『リストを提示します』


 目の前に、半透明のウィンドウが開く。

『剣聖』『大魔導師』『聖女』(これは女用か?)『鑑定』『アイテムボックス』……。

 膨大なリストがスクロールしていく。

 どれも強力そうだが、決め手に欠ける。


「もっと、こう……根本的なのないですかね」


『根本的、ですか』


 光の人型が、わずかに首を傾げたように見えた。


「例えば、何でも作れる、とか。魔法そのものを、作るとか」


『……なるほど。あなたは、根源に触れたい、と』


 光が、一瞬強く瞬いた。


『興味深い選択です。通常、転生者は既存の概念(スキル)の強化版を望むものです』


「まあ、どうせなら最強がいいじゃないですか」


『最強、ですか。その定義は世界によって異なりますが……良いでしょう。あなたの要求は受理されました』


 ウィンドウが切り替わる。

 他のスキルリストが消え、たった一つの単語が中央に表示された。


【創生魔法(ワールド・クリエイト)】


『これは、概念に干渉し、事象を編み変える力。火の無い場所に火を起こし、傷を『無かったこと』にする。熟練すれば、無から有を生み出すことも可能でしょう』


 ……ヤバい。

 ヤバいやつだ、これ。

 無から有、って。それこそ神の領域じゃないか。

 火を起こす、なんてレベルじゃない。

 新しい魔法法則(ルール)すら作れる。

「俺TUEEE」どころの騒ぎじゃない。

 国家転覆、いや、世界征服すら可能だ。

 指が、震えた。


『ただし、代償はあります。この力は、あなたの『魔力』ではなく、『魂』そのものをリソースとします。濫用は、あなた自身の存在を希薄にするでしょう』


「……魂」


『ええ。ですが、心配には及びません。あなたの魂の総量は、我々の観測史上でも最大級です。よほど無茶をしない限り、枯渇することはないでしょう』


 最大級の魂。

 最強の創生魔法。

 なんだ、それ。

 完璧じゃないか。

 リスク説明すら、俺の特別さを際立たせるための前フリにしか聞こえない。

 冴えなかった斉藤護(オレ)が、いきなり選ばれた存在(主人公)になった。


「……受け入れます。その力、貰います」


『承諾しました。それでは、斉藤護。あなたの新たな生に、我々の祝福を』


 光が強まる。

 白いノイズが、再び世界を覆い尽くしていく。

 意識が、急速に落ちていく。

 だが、不安はない。

 今度は、期待だけを抱いて。


 *


 次に目覚めた時、そこは木の天井の下だった。

 柔らかいベッドの感触。窓から差し込む光の粒子が、埃を照らしてきらきらと舞っている。

 知らない部屋だ。だが、不思議と懐かしい匂いがした。

 焼きたてのパンと、乾いた薪の匂い。


「……夢、じゃなかった」


 呟いた声は、俺が知っている斉藤護のものより、少し高くて、澄んでいた。

 慌ててベッドから起き上がる。

 手を見る。

 節くれだった営業マンの手ではない。

 白く、しなやかで、それでいて程よく筋肉のついた、少年の手だ。

 部屋の隅にある姿見に駆け寄る。


 そこに映っていたのは、見知らぬイケメンだった。


 歳は、十五、六か。

 夜空を溶かし込んだような、深い碧色の髪。

 肌は陶器のように白く、だが不健康な白さではない。

 そして、目。

 右目が、髪と同じ深い碧。

 左目が、燃えるような、紅。

 オッドアイ。


「うわ……マジか」


 やりすぎだろ、この設定。

 これだけで目立つ。

 ラノベ主人公の鑑だ。


 カイル・アッシュフィールド。

 十五歳。

 それが、この身体の新しい名前らしい。

 頭の中に、知識として流れ込んでくる。

 ここはアースガルド。

 とある王国の、片田舎の村。

 この家は、村で唯一の鍛冶屋。

 俺は、そこの一人息子。

 両親は、三年前に流行り病で他界。

 今は、一人暮らし。


 ……いや、一人じゃない。


 コンコン、と。

 控えめなノックの音。


「カイル? 起きてる?」


 女の声だ。

 若い。

 澄んだ、鈴を転がすような、という陳腐な表現がぴったりハマる声。


 ドキリ、と心臓が跳ねた。

 まさか。

 いや、この展開は。


「あ、ああ。起きてる」


 慌てて返事をする。

 イケメンにふさわしい声を、と意識する。

 喉から出たのは、我ながら惚れ惚れするような、落ち着いたテノールだった。


 ガチャリ、とドアが開く。

 入ってきたのは、少女だった。


「お、おはよう、カイル! あの、その……朝ごはん、できたけど」


 亜麻色の髪をツインテールに揺らし、大きな翠の瞳を不安げに瞬かせている。

 白いブラウスと、簡素な茶色のスカート。

 華奢な身体つき。

 顔立ちは、文句のつけようがないほど整っていた。

 美少女だ。

 ど真ん中の、ストライク。


「……ああ。ありがとう、エリアナ」


 名前が、自然と口から出た。

 エリアナ。

 俺(カイル)の、幼馴染。

 毎朝こうして、世話を焼きに来てくれる、お隣さん。


「う、うん。すぐ、食堂に来てね。冷めちゃうから」


 エリアナは、頬を真っ赤に染めて、俯いた。

 その仕草。

 完璧だ。

 ラノベヒロインの、王道だ。


「わかった。すぐ行く」


 俺がそう言うと、エリアナは慌てたように踵を返した。

 が。


「あっ」


 短い悲鳴。

 彼女は、何もないはずの床で、見事にすっ転んだ。


「きゃっ!?」


「おい、大丈夫か」


 駆け寄ろうとすると、彼女はバッと顔を上げた。

 顔は、さっきよりも赤く染まっている。


「だ、大丈夫! なんでもない! 先に行ってるから!」


 叫ぶようにそう言うと、エリアナは脱兎のごとく部屋を飛び出していった。

 廊下をドタドタと走っていく足音が遠ざかる。


「……」


 残された俺は、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

 そして。


「……ははっ」


 笑いが込み上げてきた。


「チョロい。チョロすぎるだろ」


 なんだ、この世界は。

 最強のチートスキル『創生魔法』。

 完璧なイケメンの身体(ガワ)。

 オッドアイという、中二心をくすぐる設定。

 そして、ベタ惚れ確定の、ドジっ子美少女幼馴染。


「イージーモードだ。これ、完全にイージーモードのゲームじゃないか」


 冴えなかった斉藤護の人生は終わった。

 今日から俺は、カイル・アッシュフィールド。

 この最高の世界で、主人公として生きていく。


 俺は鏡の中のイケメン(オレ)に向かって、完璧な笑みを作ってみせた。

 左目の紅が、妖しく光った気がした。

 さあ、始めよう。

 俺の、最高な異世界ライフを。

 まずは、あのチョロい幼馴染を、完璧に「落とす」ところからだ。

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