第41話 「あなた、急がなくっちゃ」
その夜、二人は別々に、一人で寝た。慎一はベッドルームで、弘美はリビングで・・・
慎一は、大きくひんやりしたダブルベッドの上で、何度も寝返りを打ちながら、枕に手を乗せて何時までも寝付けなかった。彼はニューヨークで愛し合ったキャサリンのこととその子供である自分の息子について色々と想像した。
彼女は電話で言っていた。
「イチロウも、いえ、イチロウと言うのは息子の名前なの。イチロウも三歳になって、何かと理解もし分別も着いて来たので、一度父親に逢わせて置こうと思ったの。逢ってやってくれるでしょう?」
夜明け近くになって、彼は疲労困憊の挙句、やっと眠りに落ちた。
目を覚ました時、弘美がドアの傍に立っていた。洗顔した頬が艶々と光り、羽織ったガウンが揺れていた。唯一つ、赤く痛々しく充血した眼が、彼女の長く傷深い一夜を物語っていた。一瞬、彼女は感情を抑えようと心で闘っているかのように、顔をブルンと震わせたが、やがて、慎一に向かって微笑みかけた。
「あなた、急がなきゃ駄目よ」
弘美が言った。
「あなたのたった一人の息子に逢いに行くのでしょう・・・」
慎一が出かけた後、弘美は、独り、リビングのソファーに腰掛けて考えていた。
私の”不義“と彼の”秘事“とは、何方が重いとも軽いとも言えない。子供を堕した私と自分の隠し子を持った彼と、何方が罪深いのか?・・・私もいずれ折を見てあの“不義”の件を彼に打ち明けなければならない。そして、私たちだけの二人の関係を改めて築き直さなきければならない。私はあの人を心から愛しているし、あの人も私を愛してくれている、だから、きっとそれは可能な筈だわ・・・
リビングの窓から見上げた碧い高い空には、一刷毛、二刷毛の白い雲が淡く浮かんでいた。
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