北部戦線異状なし ――『神征機動アストライア』連載前企画小説――

柊 慧

ヨウナン市奪還作戦

 祖国タカミヤとノアリスの戦争が始まって3年。K少尉は、ある作戦への参加を命じられた。


 ヨウナン市奪還作戦——後に「ヨウナンの大躍進」と呼ばれるこの作戦は、ノアリスの建国記念日、敵の警戒が緩む瞬間を狙った奇襲だった。


 タカミヤ北部の国境沿いの街、ヨウナン市は2年前にノアリスに占領され、要塞化が進んでいた。今では前線への重要な補給中継地点となっている。


 タカミヤ軍は劣勢極まる北部戦線打開のため、敵の補給路に打撃を与えるべく、ヨウナン攻略の作戦立案を急いだ。


 採用されたのは、廃坑を掘り進め街近郊までトンネルを建設し、敵探知圏ギリギリまで接近するという、成功率の低い作戦だった。


 その廃坑は、かつてマナサイトの大規模採掘場だった。戦場の主流兵器——人型兵器オラクル・ギアの動力源となる鉱石だ。しかし数百年も放置され、今では崩落の危険がある。


 マナサイトの力場が通信とセンサーを狂わせるため、ノアリスも手を出さない。上層部は、これを好機ととらえた。


 不安定な地盤と通信障害に悪戦苦闘しながら、タカミヤ軍は「気合と根性」で坑道を掘り続けた。


(何度、崩落で犠牲者が出たことか!)


 当初の目算は甘く、目標期間を大幅に超える15ヶ月後、ようやく坑道は完成した。上層部は工期遅延をいいことに、ノアリスの建国記念日を作戦決行日に設定した。


 ***


 ノアリス建国記念日の夜。


 祝砲が響くヨウナン市が映されたモニターを、K少尉は見つめていた。地上に設置されたカメラからの映像だ。オラクル・ギア《ジンライ》のコックピット。作戦開始まで、あと10分。


 有線で連絡が入る。

「スパイからの報告によれば、ノアリス軍は建国記念日の祝宴に沸き、警戒体制は著しく低下しているそうだ」


 作戦は二段階だ。

 第一段階:K少尉たちジンライ部隊が、対空システムを破壊する。作戦は時間勝負だ。そのため、全機に高速飛行ユニット装備が施されている。

 第二段階:防空網の間隙を突いて、上空から軍事区域をミサイル飽和攻撃。


 信号弾が上がれば、ヨウナンは炎に包まれる。無論、住宅地域は避ける。民間人の被害は最小限で済むはずだ。


「各機、最終チェック」

 隊長の声が有線を通じて響く。


 Kはジンライの各システムを確認した。

 マナ出力——安定。

 武装——正常。

 高速飛行ユニット——正常。


 コックピット内の空気が、重く感じられる。


「作戦開始まで、あと5分」


 遠くで、祝砲が響いた。

 Kは息を吐く。


(もうすぐだ)


 無限に続くと思われた時間は終わり、その時がきた。


「全機、出撃!」


 坑道の出口にかけられていた偽造装置が取り払われる。


 Kはスロットルを全開にした。ジンライがトンネルから飛び出す。

 高速飛行ユニットが唸る。

 最高速度。敵の探知を逃れるための低空飛行。眼下に広がる森林は暗闇そのものだった。その先に見える祝祭の光がより一層、輝いて見えた。


 目標まで、中間点を過ぎた。


《各機、ミサイル発射!》


 隊長の光信号と同時に、小型ミサイルが一斉に放たれる。


 数秒後——前方で激しい閃光。

 敵の迎撃装置が、ミサイルを撃墜した。


 想定内だ。


 爆煙が視界を覆う。

 Kはスロットルを握りしめた。


(今だ)


 煙幕を抜ける。ヨウナン市の建物が、目の前に迫る。


 祝祭の光。

 歓声。

 音楽。


 平和な夜——のはずだった。通りにはノアリス人だけでなく、タカミヤ人の姿も見てとれる。


 Kは第一目標を視認した。

 監視所だ。建物の屋上に設置された対空レーダー。


 ビームライフルを構える。

 発射。


 閃光。

 爆発。

 炎が夜空を染める。


「第一目標、破壊!」


 自身に確認させるように言った。


 Kは次の目標へ向かった。

 寺院——かつてはそうだった建物。今は無残に取り壊されて、対空砲火台座が設置されている。たしか国の重要文化財で教科書に載っていたのを覚えている。


 ビーム。

 爆発。


「第二目標、破壊!」


 作戦は順調だ。


 第三目標——オラクル・ギアの待機する倉庫。

 その横には軍の指令所と思われる建物もあった。


 ここを抑えれば、一気に形勢は傾く。


 Kは照準を合わせた。

 発射。


 爆発。


 しかし、いくつかのビームがそれた。

 隣の建物に直撃する。


 炎が上がり、建物が崩れる。

 そして——


 悲鳴。


 窓から人が飛び出してくる。

 ……そこで異変に気付いた。子どもだ、子どもがいる。


(ここは軍の施設ではないのか!?)


 Kの手が、震えた。


 メインカメラに映る光景。

 逃げ惑う人々。

 倒れている者もいる。炎の光に照らされて浮かんだ肌は、土気を帯びた色。

 ノアリスの白ではない――それは、タカミヤの民の色だった。


 地面に着陸し、建物のゲートの横の看板をスキャンした


『ヨウナン第3小学校』


(ここは、学校だったのか……)


 タカミヤ人の女が1人、Kの機体の正面までやってきて、大声で何かを叫んでいる。Kは外部マイクの音量を上げた。


「ここには、子どもも高齢者もたくさん住んでいます! どうか攻撃をやめてください!」


 額を冷や汗が流れた。


「隊長!」


 Kはレーザー通信を起動した。

 指向性ビームを隊長機に向ける。


「民間人が! ここは学校です! 軍事地域のはずでは——」


 ノイズ混じりの返信。


「……情報では……軍事区域だ。……変更はない。……続行しろ」

 隊長の話し方はいつもと変わらず、事実を淡々と述べるようなものであった。

「そんな? しかし——」


 通信が途切れた。

 Kは歯を食いしばった。


 接近警報。


『ピーーーッ!』


 Kは反射的にジンライを旋回させた。


 メインカメラに機影。

 ちょうど、攻撃した倉庫(今から思えば体育館だったかもしれない)からだ。


 デルテロス——ノアリス軍の主力量産人型兵器の一つ。ジンライより一回り小さいが、機動性および火力ではあちらに軍配があがる。頭部の青い複眼センサーが獲物を狙う昆虫のようだった。片手にビームソード、もう一方にはライフルを構えている。


 こちらの回避より先に、ビームがジンライの左前腕を貫いた。


(考えている暇はない)


 Kはとっさに飛行ユニットを起動し、空中に退避した。


 浮き上がって10mほどのところで、ビームが飛行ユニットの左翼を撃ち抜いた。

 ジンライはバランスを崩し、近くのビルに墜落した。


「こちら8番機! 敵デルテロスと交戦中! 応援求む!」


 だが、返事はない。

 Kは機体を起こして、すぐに近くの建物の影に隠れた。

 ビームが、背後の建物を貫く。


(クソッ! 見つかっている)


 Kは急加速。建物から飛び出して、ビームで応戦する。

 重量と作戦内容を勘案して、近接武器はこの機体に装備されていない。


(接近されたらおしまいだ)


 Kは後退しながら、ビームを発射する。


 デルテロスはそれを追うように接近してくる。


 建物が次々と視界を横切る。

 住宅。商店。学校。


 そして——対空施設。


 マンションの屋上に設置されており、エントランスからはたくさんの民間人が逃げ出している。タカミヤ人だ。


(軍事施設と住宅地域が、分離されていない)


 敵のビーム。Kは咄嗟に回避——

 外れたビームが、背後の住宅に直撃。


 家屋は木っ端みじんに吹き飛んだ。


(隊長は——知っていたのか?)


 レーダー通信には一切、反応がない。


(みんな、気づいているのか?)


 敵のビームが右脚部に命中した。直撃ではないが、その衝撃でジンライは建物の外壁に叩きつけられる。


(それとも——)


 デルテロスが接近してくる。

 攻撃を受けたジンライの右脚部が応答しない。Kはトリガーを引き、無我夢中で連射する。


(上層部は、ノアリスが民間人を盾にしていると知らなかったのか?)


 Kの放った攻撃が敵のライフルを仕留めた。


(いや、知っていたはずだ。スパイからの内部情報は常に更新されていた)


 だが、デルテロスは剣を構えてなおも接近する。すでにその間合いだった。


(でも、作戦実行に意地になって——)


 Kは腰部を半回転させた。敵機に背中を向ける。そこには先ほどの攻撃で使えなくなった飛行ユニットが背負われていた。


(民間人を——タカミヤ人を見捨てたんだ)


 デルテロスの剣は飛行ユニットを切り裂いた。ユニットが爆発を起こす。


(薄々、気づいていた)


 右脚部の制御が戻った。踏み込む。全力で。


(上層部は腐っていると……)


 反撃。デルテロスに右半身で突進する。ジンライの唯一誇れる点は重量が他国量産機より圧倒的に上なことだ。


(だが、ここまでとは)


 デルテロスが崩れ落ちる。その巨体が、地面を揺らした。


(俺たちは――)


 Kは誰が味方かわからなくなった。いや、世界のすべてが敵に見えた。


(命令に従うことに……慣れすぎたんだ)


 そのままライフルでコックピットを貫いた。


 Kは何の感情も湧いてこなくなった。

 怒りも。

 悲しみも。

 罪悪感ですら。


 世界が、遠い。

 銃声も、爆音も、まるで水の中で聞いているようだった。


(自分は、なぜここにいるのか?)


 故郷の風景が、浮かんだ。

 静かな、平和な——


『とうちゃん! とうちゃん!』


 マイクが近くの声を拾った。サイドカメラの映像を見ると、そこには男の子がしゃがみこんでいた。その子どもの前には先ほど戦った敵機の腕に足をつぶされた男が苦悶の表情を浮かべて横たわっていた。


「とうちゃん! 死なないで!」


 子供の泣き声。


 Kの呼吸が、止まった。


(いや……違う! 俺は人間だ)


 気付いた時にはコックピットハッチを開けていた。街の中央付近から、撤退を知らせる信号弾が放たれていた。だが、Kはそれに構わず地面に飛び降りる。


 子供のそばに駈け寄ると、


「ちょっと離れて」



 そう言って、まずは父親の下敷きになった足を引っぱりだした。父親が苦痛の唸り声をあげる。


「大丈夫ですか。急いで脱出しましょう。まもなく空爆が始まります」


 父親はKの方に手を伸ばして肩に置く。そして絞り出すような声でこう告げた。


「私のことは……いい。息子を――シュンヤを連れて逃げてくれ……」


 足は出血が激しく、このままでは失血死は明白だ。オラクル・ギアでこのまま連れ出しても助かる保証はない。治療すべきだが、今はその時間もない。


 Kは振り返ると、子どもに向き直った。


「さあ……行くぞ」


 子どもはあっけにとられた顔をした、がそれに構わずKは子供の腰に手をまわし、担ぎ上げた。


「いやだ、とうちゃん! とうちゃーん!」


 泣き叫びながら、Kの背中を力いっぱい叩く子どもを抱きかかえ、Kは小走りでコックピットに向かう。


 そして、昇降用のワイヤーに足をかけたとき……


 ――轟音


 耳がつぶれて世界から音が消え去った。すべてが砂煙で包まれ視界を失われた。


 Kは子どもと一緒に自身のオラクル・ギアに叩きつけられ、地面に横たわった。


 体が重い。意識が薄れていく……


 虚無だけが、最後に彼の内に残った。……砂煙が晴れることはなかった。


 ***


 数ヵ月後の正午


 タカミヤ全域で大々的な発表がなされた。


 タカミヤ国営放送、臨時ニュースをお伝えします。


 本日未明、我が軍は、二年前より敵ノアリス軍に不法占拠されておりましたヨウナン市に対し、大規模奪還作戦を決行。見事、これを成功裡に完遂いたしました。


 作戦は我が軍の精鋭部隊が、敵の建国記念日、その警戒の緩みたる好機を捉え、電撃的奇襲を敢行したものであります。


 我が勇敢なる将兵は、困難極まる地形を踏破し、敵の探知網を巧みに回避。対空防衛システムを瞬く間に無力化し、補給の要衝たるヨウナンを奪還。


 敵軍の損害は甚大。対空施設十二箇所を完全破壊、敵オラクル・ギア八機を撃破。我が軍の精密なる作戦により、軍事目標のみを攻撃し、住民への被害は最小限に抑えられました。


 解放された地元住民は、涙を流して我が軍の入城を歓迎。二年に及ぶノアリス軍の圧政より解き放たれた喜びを、口々に語っております。


 しかしながら、卑劣なるノアリス軍は、民間区域に軍事施設を隠蔽するという、人道を無視した戦術を用いておりました。我が軍は、かかる困難な状況下においても、冷静かつ的確に任務を遂行したのであります。


 彼らは祖国のため、最後の瞬間まで戦い抜いた、真の英雄であります。


 ここで、此度の作戦において散華された英霊に対し、謹んで黙祷を捧げたいと思います。


 彼らの犠牲を、我々は決して忘れません。


 彼らの遺志を継ぎ、祖国の栄光のために戦うのは——諸君であります。


 若き国民諸君。祖国は、諸君の力を必要としております。


 英霊に続け。


 此度の作戦は、我が軍の新たなる勝利の序章に過ぎません。


 最終勝利の日まで、全国民一丸となって戦い抜こうではありませんか。


 以上、臨時ニュースをお伝えしました。



 北部戦線異状なし ―完―


 そして、この物語はナギたちに引き継がれる。


 12月より『俺が竜を殺せば、戦争は終わるのか? ――神征機動アストライア――』連載開始!

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