第10話まさかの提案
千佳は俺の頬についたツクシの毛を取った後勉強に戻った。
それから千佳は俺に教えてとは言ってこなかった。
俺は千佳の進捗が気になり時々見ていたが、彼女は教えた通りに解き進めていた。
沈黙が続く部屋にはシャーペンの音とツクシの鳴き声だけが聞こえていた。
千佳が時折落ちてくる髪を耳に掛ける仕草はとても美しいかった。
時間はあっという間に過ぎていき、俺は数学の課題が終わってしまった。
課題が一区切りついたところで一度伸びをしていると前から視線を感じた。
「凌平はもう終わったの?」
「ああ、そうだけど」
そう言うと千佳は俺と一緒に伸びをしだした。
俺は目のやりどころに困る。
千佳は決して大きい方ではないが、小さいという程でもなくそんな彼女が伸びをすると強調されてしまっていた。
今日の彼女の服装の白のワンピースも相まって余計に目がいってしまう。
千佳が伸びを終えると立ち上がった。
「そろそろ戻ろ」
彼女は机の上の荷物をまとめ始めた。
俺もそれを見てからツクシを抱き抱えてから部屋を出た。
千佳は俺にリビングへ向かう廊下でもう一度ありがとうと言ってきた。
「いいよ、そういう約束だから」
俺は少し恥ずかしかった。
ちょっと彼女の前でかっこつけたくて、普段なら言わない返しをしてしまった。
「約束だもんね」
千佳は笑顔で答えた。
俺はそんな千佳にまた勉強を教えたいと思った。
リビングに戻ると秀人と那須野さんはまだ真面目に勉強していた。
姉貴は教え終わったのか二人から少し離れた位置にいた。
秀人と那須野さんは俺達が戻って来たのを見て勉強道具を片付け始めた。
多分姉貴が俺達が戻って来たら終わってら、とでも言っていたのだろう。
「凌平俺達そろそろ帰るわ」
俺はだろうなと思い頷いた。
すると秀人との隣にいた那須野さんが俺に(ツクシに)近づいて来て、なぜか俺に許可をとり撫で始めた。
俺の横にいた千佳も一瞬に撫でている。
ツクシは今日はやけに人気だ。
二人が撫でている間に姉貴が母さん達を呼びに行った。
二人が満足した頃に母さん達がリビングに入って来た。
「あらもう帰るの?もう少し居ればいいのに」
母さんが入ってくるなりそう声をかけた。
秀人が代表するように悪いですし、と言って答える。
「全然いいのに、なんなら秀人君久しぶり泊まっていかない?」
まさかの申し出に秀人は少しビックリしていたが、なんとその申し出を了承した。
それを聞いて姉貴が母さんの後ろからズイっと前に出て来た。
「せっかくだし、千佳ちゃんと陽菜ちゃんも止まっていったら?」
おいおいおいおい、うちの家族は距離感がオカシイのだろうか、千佳も那須野さんも初対面だぞ秀人はともかく。
「いいんですか?小春さん!」
答えたのは意外な事に那須野さんだった。
俺と千佳が一緒に勉強している間になにがあったか知らないが、距離縮まり過ぎだろ。
千佳も一緒にお泊まりするの初めてで楽しみなんて言い出した。
みんな泊まる空気なのに俺が否を言えるわけなく、今日は全員泊まる事になった。
みんな一回帰ると言っていたのだが、母さんが秀人には俺の服を女子二人には姉貴の服を貸せばいい、と言ってみんな家族に連絡だけして泊まる事となった。
今日元々泊まる予定では無かったので、食材がなくみんなで外食する事にした。
泊まる三人は、泊めてもらうのに食事まで奢って貰うのは、と言っていたがうちの家族が(主に母さんと姉貴が)押し切ってしまった。
俺としては外食に行けるので嬉しい。
人数も多いので行く場所は比較的リーズナブルなファミリーレストランだ。
今日は土曜日なので少しいつもより混むはずだが、まだ午後4時なので空いている。
こんなに早く行くと夜にお腹が空いてしまうと思うだろうが、お腹が空いたらみんなで近くのコンビニにでも行けばいいのだ。
それと姉貴にはファミレスに行く途中で感謝を伝えた。
本人は何について言われているか分からない様子であった。
ファミレスに着くとみんな好きなの物を頼んでいた。
俺はハンバーグのセット、秀人はサイコロステーキのセット、千佳は明太パスタ、那須野さんはドリアだ。
パスタやドリアだけで腹が満たされるとは思えないが、それを秀人も俺も口にはしなかった。
あと席の関係上姉貴達は別の席で食べている。
やっと俺は安心して休憩を取れる。
家族がいる前では安心出来なかった。家族の前で安心出来ないとはなんとも不思議な事だ。
安心できるとは言っても千佳がいる前で気を抜く訳にはいかない。
気を抜くと俺はすぐに赤くなってしまうらしい。
ここに来る途中で秀人に言われたことだ。
だが気を抜かずとも千佳は関係なく俺の心を揺さぶってくる。
「凌平ハンバーグ一口ちょうだい」
俺は一口サイズに切り分けて取り皿に入れようとしたのだが、千佳が口を開けてあーんと言っている。
カップルでもないし秀人や那須野さんの前だし、なにより他のお客さんの目がある。
それなのに千佳は口を開けて待っているのだ。
俺は恥ずかしいのを我慢しつつフォークに刺したハンバーグを千佳の口の中へ入れた。
「うーん、おいひい」
千佳はとても幸せそうな顔をしている。
この顔を見れたので恥ずかしいのを我慢したかいがある。
「ありがとう、じゃあ私からもはい、あーん」
ちょっと待って!
自分からはまだ我慢できたが流石にそれは…
そう思っていても口には出ず、彼女の明太パスタが俺の口に近づいてくる。
俺は恥ずかしすぎて目を開けて千佳からのあーんを受け取れなかった。
目を閉じた俺の口に明太の風味が広がった。
それと同時に俺の頬が熱くなるのを感じた。
「どう凌平、美味しい?」
もちろん美味しいのだろうが、今の俺に明太パスタを味わっている余裕はなかった。
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