第3話「同い年としての距離感」

「すみません……ふふっ」


 こんなにも精霊から愛されているフェリーさんが、幸せを感じられない世界に向かってしまわないように。


(フェリーさんの笑顔を、守りたい)


 集まった精霊たちを抱き締めながら、声に出すことが許されない願いを託す。


「アスマくんに託された精霊は、僕に任せて……」


 突然、フェリーさんが立ち上がった。

 そして、こんなにも寒さが厳しい夜更けに、部屋の扉を大きく開いた。


「ユウくんが、ステラさんとの時間をご所望です」


 いつからそこにいたのか問いかける間もなく、扉の向こう側にいたフェリーさんはとても気まずそうな顔をしていた。

 ユウに会話を盗み聞くつもりは毛頭なく、時機の悪いときに現れたことを申しわけなく思っていることが顔に現れている。


「行ってください」


 フェリーさんに向けられる言葉は、どれも優しさを帯びている。

 でも、いつも別れの挨拶だけは寂しさを纏っているような気がした。

 だから私は、部屋の暖かさに体を預けている精霊たちにフェリーさんのことを託した。


「悪い……その、本当に悪かった……」

「込み入った話はしていませんよ」

「気、遣わせて悪い」

「気にしないでください」


 深い闇が広がる森の中を、光精霊と月の明かりを頼りに進んでいく。


「戦争……本当に、起きんのかな……」


 幼なじみでもあり、友人のアスマさんがアリドミアを旅立った。

 ユウの不安定さが伝わってきて、私はそっと彼の服の袖を掴んだ。

 そして、私はここにいるということを、しっかり強調していく。


「悪い……嫌なことばっか考えると、現実になる……」

「シャロ家の魔女がいれば、怖いことは何も起こりません」

「ふっ、頼りにしてる」


 私たちは一歩一歩、慎重に進んでいく。

 風が木々の葉を揺らす音と、遠くで聞こえる精霊の鳴き声は森を不穏な空気へと包み込む。

 それでも精霊は私たちを味方してくれると信じられるからこそ、私たちは先へと進むことができる。


「シャロ家の魔女は、無敵ですから」

「それ、自分で言うか」


 ユウが感情の波を表に出すことはほとんどないところは、私とそっくりだと思った。でも、彼はときどき、目尻が柔らかく下がる。


「ステラ?」

「あ……いえ」


 また、いつもの落ち着いた表情に戻ってしまう。


「あ……やっぱり言わせてください」


 でも、あの、くしゃっとした笑顔に、また会いたいと思う。


「ユウの笑顔、好きです」


 ユウが、一瞬だけ浮かべる笑み。

 その笑みを見るだけで、彼の優しさに触れることができる気がする。

 だから私は、彼の笑顔にまた会いたくなってしまうのだと思う。


「俺、死ぬの?」

「え、なんでですか」

「幸せすぎるから」


 森の中では何が待ち受けているかわからない恐怖が支配しているはずなのに、魔法使いという立場は私たちを強くしてくれる。


「……ありがと、ステラ」

「こちらこそ、ですよ」

「何やってんだろうな、俺たち」


 なるべく背筋を伸ばして、前方を見据えたユウ。


「私が憧れてる、同い年としての距離感です」

「友達もいないシャロ家の魔女様、だったな」

「……これからできる予定です」


 そんなユウに頼もしさを感じた光精霊は、これ以上、近づくことができないってくらいユウに寄り添った。


「ステラは、炎精霊と約束交わしてるんだっけ?」

「一応」

「そっか、さすがはシャロ家の魔女様」


 本当は謙遜するつもりだったけど、ユウの声に悲観的な感情が含まれていなかったことに気づく。

 炎精霊と約束を交わしていることは誇りだと信じて、私は謙遜することをやめた。


「だったら、誰が約束を交わすことになるのかわかんないけど……」


 不気味な森の静けさの中で、遠くからひづめの音が響いてきた。

 その音は次第に近づき、やがて視界の先にその姿を現す。


「炎精霊の……子ども?」

「子どもではないんだろうけど、ステラに紹介しようと思って」


 炎をまとった小さな馬の精霊。

 ついこの間、亡くなった炎精霊を思い出す壮麗で美しい炎を纏っていた。


「ほかの森契の盟に取られる前に約束交わすか、アリドミアで保護するか……」


 ゆっくりと一歩踏み出すと、炎精霊は私を見つめてきた。

 まだ幼き子どもの容姿をしているのに、その瞳には既に炎精霊としての威圧感を宿していた。


「ステラが二体も約束交わす必要ないから、保護する方向で……」

「多分、ユウと約束を交わせるかと」

「…………は?」


 随分と長い間のあとに、ユウは素っ頓狂な声を上げた。

 思わず笑ってしまいそうになったけど、私は目の前にいるどこか孤独さを漂わせた炎精霊へと意識を集中させる。


「いやいや、俺、戦闘向けの精霊なんて一体も……」

「ユウと約束を交わしたかったのに、私を呼ばれても困るよね」


 穏やかな声で語りかけていくと、私の言葉に応えるように炎精霊を包み込んだ炎が一瞬だけ揺らめいた。


「無理という思い込み、取り払ってもいいのでは?」


 手を差し伸べると、炎精霊の子どもは警戒心を持ちつつも私の手に近づいてきた。


「大丈夫ですよ、ユウ」


 物騒だった木々の葉が風に揺れる音が、急に心地よい音へと変わっていく。


「守るために、炎精霊の手を取ってください」


 ユウ・ヘイルの運命が、静かに動き始めたのだと察する。

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