第6章「シャロ家の魔女と、森契の盟《シルヴァン・アコード》」
第1話「諦めが希望に変わる日」
「フェリーさん、ありがとうございました」
「いえ、見送ることしかできずに申し訳ないと思っているくらいです」
アスマさんが無事にアリドミアを去ることができるように、フェリーさんに彼の護衛をお願いした。
後ろ姿しか拝むことができなかったけれど、再びルドさんと会えたこと。
まだご挨拶のできていないブルック家の次期当主と、フリント家の当主の元気そうな姿にほっと息を吐く。
「冷えますよ、中にどうぞ」
アスマさんがくれた確かな優しさを胸に刻んで、私はアリドミアを去るアスマさんに深く一礼した。
「アスマくんの
扉を押し開いて中に入ると、暖かな空気が私たちを包み込んだ。
「もう出てこられると思います」
「え?」
アスマさんは、
「ここに、怖いものはないよ」
けれど、まだ呼吸のある彼らの命を諦めたくはないと気持ちを高く持った。
「アスマさんを怖がって、出てこられなかっただけみたいです」
「今、闇精霊を呼びます。お腹、空きましたよね」
精霊たちの名を呼んでいる暇がないほど、数多くの精霊が私とフェリーさんの目の前に集合した。
アスマさんのことをずっと慕ってきた精霊たちは、外の眩しすぎる光に目を細める。そして、久しぶりに自由の味を噛み締めているようにも見えた。
「あ、ステラさん、室内で雨は宜しくないので……」
「あ……お皿に降らせるように努力します」
スープ皿をたくさん用意してもらい、兎のような容姿をした精霊の闇精霊を呼び出す。闇精霊は飛び跳ねるように、ふわりと宙に舞い上がる。
すると、ぽつりぽつりと皿の中心に水滴が落ち始める。
「召し上がれ」
精霊たちは歓声を上げるように、嬉しそうに目を輝かせた。
私とフェリーさんは、雨を摂取していく精霊たちの様子を見守る。
「アスマさんは、諦めてしまっていただけなのかなと」
「魔法使いが犯罪に手を染めたことが、力を失った理由ではないということですか?」
「神様がいるならともかく、魔法使いに罰を与える存在はいないと思います」
現状では、
法律で罰せることはできない存在。
「アスマさんは、罰せられることを望んでいましたから」
罰を欲しがる彼に、精霊と関わりを持てなくなったことを罰と称して与えた。
「力を失った理由は、適当に紡いだ嘘です」
淡々とした話し方で真実を告げるところは、フェリーさんに似てきたかもしれない。
「精霊と関わりが持てなくなったら、すべてを投げ捨てたくなる……いい罰だと思いますよ」
手元から立ち昇るお茶の香りが、私だけでなく精霊の凍えた心を温めていく。
「どうぞ……といっても、アッシュ家の茶ですけどね」
「ありがとうございます」
フェリーさんからティーカップを受け取り、ティーカップから伝わる熱で冷えた指は温かさを取り戻し始める。
「アスマくんの心持ち次第では、魔法使いとして復帰できるということですね」
「恐らく」
熱いお茶を一口含むと、その熱さは一瞬だけでもアスマさんがいなくなった寂しさを紛らわせてくれる。
「アッシュ家のご当主に、報告させていただきます」
「惜しい人材をなくしたと、お嘆きにならないように」
「アリドミアには僕がいるので、アッシュ家のご当主が嘆くことはないかと」
珍しくフェリーさんから強気な言葉が発せられるのと同時に、彼を頼りたいという気持ちが芽生えるのを感じる。
「私との約束を守ってくれたこと、本当に感謝しています」
「ステラさんに何かがあったら、エグバートが悲しみますから」
精霊の音精霊と一緒になって、壁の落書きを落としていたときに交わした約束の礼を伝えていなかったことを思い出す。
「これから私は無茶をすると言われたら、手を差し伸べずにはいられなくなりますよ」
「世話が焼けるシャロ家の魔女で、申し訳ございません」
「いえ、むしろ頼ってもらえるというのは嬉しいものですから」
空腹を満たした精霊の中に幻精霊が混ざっていて、もともとアスマさんは幻精霊と約束を交わしていたことを思い出す。
真白の鳥は静かに肩へと舞い降りて、穢れなき白の美しさに見惚れた。
「僕のことを信じてくれて、ありがとうございます」
私が幻精霊に視線を注いでいる時機を狙ったのか、視線を交えていないときにフェリーさんは礼の言葉をくれた。
どんな顔でフェリーさんを受け入れればいいのかと迷っていると、彼は私を救いに現れる。
「たかが礼の言葉で、動揺しないでください」
彼の言葉に頷くことしかできず、早く心臓の音が落ち着くように深く息を吸い込む。
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