第3話「炎精霊」

(魔物が邪魔)


 絶対に負けないという自信が生まれてくるのは、精霊が人間に力を貸してくれるから。

 精霊が人間の命を守るために生きているのが伝わってくるからこそ、私は精霊と共に敵を排除するために果敢に攻撃を仕掛けることができる。


「炎精霊! 聞いて」


 雷精霊を使役して魔物からの攻撃を退けていく間にも、私は人を殺めるという行為に手を染めざるを得なかった炎精霊へと声をかける。


「もう、あなたが殺人に手を染めることはない」


 校舎が火事になることはないけれど、炎精霊は燃え盛る炎を纏って圧倒的な力で攻め寄ってくる。


「それを決めるのは、シャロ家の魔女じゃないっ!」


 契約札エテル・カードを消滅させない限り、炎精霊の主はノーナのまま。

 契約札エテル・カードの無きものにしない限り、炎精霊はノーナの命令を受け入れてしまう。

 炎精霊の目は恐怖を抱かせるほど赤く輝くけど、その赤は人を殺すための色ではないことを私は知っている。


「本当は、殺したくなかったね」


 炎精霊の瞳の奥に、戦いを躊躇っているような揺らぎが見えた。


「本当は、守りたかったよね」

「うるさいっ! うるさいっ! うるさいっ!」


 静かに語りかけていくけれど、ノーナの声が私の声をかき消してしまう。

 自分と同じ声をしているのに、同じように聞こえないほどノーナの声は怒りに満ちている。


「炎精霊、私と共に生きて」


 雷精霊の目に輝かしい光が宿り、魔物を迎え撃つための準備を整える。

 一歩も退くことなく戦い抜く雷精霊の姿に、少しずつ炎精霊が感化されていくことを信じたい。


「私は、炎精霊の力が欲しい」


 外の風が強まり、窓硝子がかたかたと音を立てる。

 雷がさらに激しさを増し、目も開けていられないほどの嵐がノクティス・アカデミアに襲いかかる。


「私がシャロ家の魔女になるの! 邪魔しないでっ!」


 炎精霊と私の間に入り込んできた偽物は険しい顔つきで、私たちの絆を裂くために動き出す。


「炎精霊っ! この子を殺して! 私に従いなさいっ!」


 偽物の声は自分と同じはずなのに、まるで別人の声を聞いているかのように恐怖染みていた。

 こんなにも声を荒げることができるのなら、こんなにも感情を曝け出すことができるなら、彼女の人生は良い方向に変えることができたのではないかと思ってしまう。


「今までと同じよっ! 目の前の女を亡き者にすればいいの!」

「炎精霊がやり直せるように、私は手を差し伸べたい」

「精霊が何を躊躇ってるの!? 私の命令を聞けっ!」


 魔物との戦闘を、雷精霊へと託す。

 そして私は逃げるのではなく、炎精霊に手を差し出すことを選ぶ。


「何人、殺しても同じ! ユウくんに、好意を持つ子はみんなっ……」

「ステラ・シャロの名に懸けて、必ず精霊を守るから」

「邪魔するなっ! 国民を捨てた裏切者っ」


 炎精霊は私の手を見つめ、心の中で葛藤を繰り広げているように見えた。

 一方の偽物は眉間に皺を寄せて、顔を歪ませていく。


「シャロ家の魔女は、絶対的な悪なのよっ!」

「努力しない魔法使いよりは、まともな気がしますけど」

「っ、シャロ家の魔女は、アリドミアを捨てた! だから、魔物が徘徊する世界に……」


 偽物のという言葉が、始まりの合図だったのかもしれない。

 炎精霊の赤の瞳に、冷酷さが宿った。


「っ、闇精霊!」


 炎精霊は苦しげにもがき始め、隣にいる偽物を大火に包み込もうとする殺意を感じた。

 咄嗟とっさに防御の力を得意とする闇精霊の体制を整えようとしたけど、私よりも早く精霊の名を呼ぶ人物が現れた。


「ユウ……」

「ステラ! 前だけを見ろ!」


 ユウから力強い声を向けられ、自分は独りじゃないと勇気づけられる。


「っ、はい!」


 魔物との戦闘に、意識を集中させる。

 ここにはいないルドも、校舎のどこかで魔物との戦闘に手を貸してくれている。

 シャロ家の血を引く私が感情に囚われて、戦線から離脱するわけにはいかない。


「っ、あ……あ……」


 精霊の脅威を目の当たりにして、偽物の全身が震え始める。

 闇精霊から放たれた防御壁に覆われた偽物が、炎精霊に焼き殺されることは防ぐことができた。

 けれど、しっかりと目を見開いて瞬きもできない状況に追いやられる。


(この場に、戦う力を持つのは私だけ)


 雷精霊と風精霊の力を同時に借りなければいけないほど、陰のような存在の魔物は私たちに攻撃をけしかけてくる。


「炎精霊! 私の声を聞いてっ!」


 炎精霊は真っ赤に燃え盛るたてがみの美しさが特徴の精霊だったはず。

 自我を失うにつれ、炎精霊の鬣は真っ黒い闇の色へと染まっていく。


「炎精霊っ! 炎精霊っ!」


 そこに、赤の炎で人間を守ってきた精霊の姿は存在しない。

 目の前にいるのは幼い頃から慣れ親しんできた精霊ではなく、人間に敵意を持って睨み返してくる魔物。

 馬のような容姿だけは残っていても、炎の煌きは存在しない。

 陰という名称が相応しいような外見へと、炎精霊は変化を遂げてしまった。


「目を覚ましてっ!」


 必死に呼びかけても、その声は届かない。

 今まで魔物との戦闘でも、同じだった。

 奇跡が起きるのを待ち望んだところで、炎精霊の容姿をした陰は殺意を持って襲いかかってくる。

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