第8話「契り」

「シャロ家の魔女様に、こんな振る舞いをしたら断罪されてしまいますね」


 断罪という言葉には重みを感じるのに、フェリーさんが楽しそうに笑う様子に喜びを感じた。

 なぜなら、二体の精霊から伝わってくる感情に悪気なんてものは存在しないから。

 私を元気づけるため、主であるフェリーさんを楽しませたいという気持ちが心を温めてくれるのを感じる。


「どうか、お一人で先に進まれることのないように」


 泡が風に乗って、自由を追い求めるように飛び回る。


「頼ってください」


 泡が弾ける瞬間、太陽の光が反射した。

 きらきらとした輝きが、フェリーさんの存在を美しく引き立てる。


「僕らは遥か昔から、シャロ家と精霊に忠誠を誓って……」

「フェリーさん」


 自分が約束を交わしている音精霊を抱え上げて、フェリーさんを目がけて泡を投げ飛ばす。


「っ、ステラさ……」

「利用してください、フェリーさん」


 簡単には落ちそうにない誹謗中傷は、力を合わせることで消し去ることができるのではないかと自惚れる。


「こう見えて私は、アッシュ家に捧げられた贄ですから」


 私はフェリーさんに視線を真っすぐ向けているのに、フェリーさんは私から視線を逸らしてしまう。

 他人同士が関わることの難しさを感じながらも、私はそっと彼の手を取った。


「崖から転落して、そのまま命を終えるものだと思っていました」


 私が生きていることを伝えるために、彼の手を軽く握り締める。

 一瞬は戸惑ったかもしれないけど、フェリーさんは私に視線を戻した。

 手の温もりを与えることを許してくれたフェリーさんの瞳があまりにも優しかったから、その優しさに応える働きをしたい。


「命を繋いでくださって、ありがとうございます」

「僕は……」

「何もしてないわけないですよね? フェリーさんは、エグバートさんの右腕なんですから」


 フェリーさんは、連続殺人事件を引き起こす要因となった人物かもしれない。

 そこはしっかりと覚えていながらも、私は自分の命を救ってくれた人たちに礼を返したい。


「贄は、欲を満たすために存在します」


 犯人でも犯人でなくても、フェリーさんの助けになりたいという気持ちを言葉に込めていく。


「隣国には恋人同士でなくても、相手を優しく包み込んで、抱き締めるという文化があるらしいです」


 言葉の表現を耳にするだけで、体に緊張感が走り抜ける。

 フェリーさんの笑顔に安心感を覚えるどころの話ではなく、繋ぎ合った手から感じる熱は心臓の音を高鳴らせていく。


「抱き締めても宜しいですか」


 風がそよぎ、フェリーさんの柔らかな髪がふわりと揺れた。


「あの、でも、音精霊も見てます……から」


 美しいという言葉を男性に向けるのは失礼かもしれないけれど、私はフェリーさんの美しさに心を奪われそうになっている。

 音精霊たちは私たちの命に忠実で、壁の落書きを消すのに夢中。

 私たちの会話なんて、気にも留めていないところが音精霊らしいとは思った。


「今は、その、服装的に、教師と生徒という関係……」

「ふふっ、ははっ」


 慌てふためく自分に対して、あんなにも真摯な言葉を向けてくれたフェリーさんはどこへ行ってしまったのか。

 私を揶揄からかうような笑みを浮かべているフェリーさんを見て、思わず唇を噛み締める。


揶揄からかいましたね……」

「いえ、ステラさんを抱き締めたいという気持ちに嘘はありません」


 繋ぎ合っていた手が、ゆっくりと離れていく。


「ですが、森契の盟シルヴァン・アコードの人間がシャロ家の魔女様に無理を強いることもないということです」


 フェリーさんの手の温もりが遠ざかってしまったのに、彼は私に柔らかな笑みを向け続けてくれる。

 突き放されたような寂しさを感じるのに、フェリーさんに近づきたいという衝動にも駆られている。


「それは……お会いしたことのない森契の盟シルヴァン・アコードの人たちもですか」


 初めての感覚に、戸惑う。

 初めての感情の処理の仕方が分からずに混乱し始めている私は、情報を得るために時間を費やすことを選んだ。

 でも、選ぶ話題を間違った自覚だけはあって、フェリーさんから視線を背けてしまう。


「お約束します」


 地面と睨めっこするかのように視線を下へ下へと向けたのに、フェリーさんは私の顔を覗き込んでくる。


「考え方や方向性は違っても、最も大切にしているのはシャロ家の魔女様を守ること」


 視線を逸らしたくなるくらい恥ずかしい。

 でも、フェリーさんは逃げることを許してくれない。


「僕たちが出会う遥か昔に、ご先祖様たちはシャロ家と縁で結ばれましたから」


 初めて経験する感情は自分を変えてしまうのではないかと怖くもあるけれど、その感情の先に何が待っているのか知りたくもある。


「僕たちに、どうか信頼を授けてください」


 心が熱くなるのを感じて、私はフェリーさんの願いを受け入れるためにも顔を上げた。


「……フェリーさんと、約束を交わしたいです」


 シャロ家という立場を利用して、私は事件の真相に辿り着こうと狡い選択肢を思いつく。


「互いに、無理はしないと」


 シャロ家の魔女様が無理をしないでと言っても、フェリーさんは私の命に従ってくれることはないと思った。

 だからこそ、ゆびきりという儀式的なかたちを用意する。

 フェリーさんに願いを叶えてもらうように、私は彼に願いを強いるように画策していく。


「二人だけの約束、いいですね」


 真っ青な空が広がる。

 空を彩るための太陽が、今は私の頬を照らして熱を高めていく。

 ほんのりと赤く染まっているだろう頬を見つめられながら、フェリーさんは小指を差し出してくれた。

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