終末世界を救う、勇者様の方法論
夢路 桜花
episode 001 ~終末世界~
――風が吹く。
それは滅びの風。万物を風化させる終末の息吹。
ひび割れた舗装路が、立ち枯れた街路樹が、廃墟と化したビル群が。景色を構成するすべてのものが、砂と化して風に散る。
とはいえ元より滅んだ
常ならば、その様を見守る者もいなかった。そこに都市があった痕跡は、ただ空しく、寂しく、砂となって消えていた。
だが、今は違う。
迫り来る風化の領域を前に、一人立つ男がいた。
二十代と思しき、黒髪黒目の青年だ。
身に纏うのは、漆黒のスーツと鮮やかに映える青のネクタイ。首には青地に金糸で複雑な紋様が描かれたストラをかけ、胸元には何かの紋章を象ったと思しきブローチを付けている。
彼の存在は、この場において明らかに異質だった。
夜の淵から切り出したかの如き黒のスーツも、夜を切り裂く流星の如き青のネクタイも、一目でそうと分かる高級品。青と金のストラは清浄なる神聖さを漂わせ、胸元のブローチは精妙な金細工の中央に、蒼穹を封じ込めたような
砂と埃に塗れた崩壊都市の只中だというのに、その身は香水の香りでも漂ってきそうなほどに清潔だ。
荒廃を極めた世界の景色から、浮かび上がるかのような佇まい。一人だけ、世界から隔絶された別天地に立っているかのような存在感。
荒廃した景色にとっては、すべてを風化させる滅びの風の方がまだ馴染んでいる。
青年は、感情の読めない表情で、徐々に迫り来る風化の領域を見つめていた。
徐々に、とはいってもソレは風だ。迫る速度は、人間が全力疾走するより確実に速い。青年の立つ場所も、あと数十秒もすれば風化の領域に呑み込まれてしまうし、今さら走り出しても逃れることは不可能だ。
にもかかわらず、彼には焦る様子も、恐れる様子も無かった。周囲の状況など目に入ってすらいないかのような超然とした雰囲気を纏ったまま、徐に口を開く。
「ヤバいな……」
低く落ち着いた響きの声。淡々と、されど心なしか早口に言葉を続ける。
「え、ちょっとかなりヤバいじゃないか。何もかも砂になってるし。実際に見ると迫力が尋常じゃない」
平然と、泰然と。そんな見た目の様子とは裏腹に、言葉の内容は些か余裕がないようにも見えた。されど同時に、目の前の状況を観察する態度はやはりどこか
少なくとも、命の危機を感じているようには見えない。まるで、絶対に壊れない防護壁に隔てられた場所から戦いを眺めているかのような、そんな印象。
ただ見た目だけがこの場の異物めいているわけではなく、その本質すらもどこか世界から浮いているような、隔絶しているような不思議な雰囲気。
とはいえ。
彼は、このまま何もせず棒立ちでいるつもりはないようだった。
「よし、さっさと喚ぶとしよう」
言って、男は僅かに顔を上げる。
黒の瞳が湛える漆黒は、さながら果てなき深淵の如く。
ここではない何処かへ向けて、親愛の情を込めて言葉を紡ぐ。
「来てくれ――
瞬間、世界に新たな風が吹く。
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