勇者なカノジョと凡人のオレ〜女神の加護とは理不尽の極み〜
寿々川男女
第1話 幼なじみは勇者さま
俺には、この世で唯一心が開ける親友の幼馴染がいる。
彼女はルティアという赤髪の小柄な少女。
貧しくもなく裕福でもないありきたりな村で同じ日に産まれ、同じ様な食事を摂り、変わり映えのない日々を送った。
そんな一見退屈な時間を送る中で、彼女との絆を深めて行った。
共に川遊びをしたり、お互いの農家の親を手伝ったり。時には喧嘩をしたり、助け合ったりと本音でぶつかり合った。
性根まで平凡に染まった俺達は、その時間を充実というふた文字で表せたのである。
そこに恋愛感情はない。
……でも、15歳になった年の瀬、俺と彼女の運命は大きく分岐する事になった。
成人を迎えた事で、慣例通りに女神からの祝福を受ける日が来たのである。
この祭祀は退屈なこのリチャド村における一大行事。
教会に押しかけた村人達は若者達の未来を固唾を飲んで見守る。
そこで、先に祝福を受けた彼女が得た加護。
それは、【勇者の加護】だった。
証明する様に手の甲には聖剣を形どった紋章と勇者のふた文字が浮かび上がった。
この世界では、人間と魔族の闘いが幾度となく行われてきた。
現在も、魔王が誕生した事と共に、各地で激しい戦闘が行われている。
決着の鍵とも言えるのが、唯一神である女神シンシア様が与える権能である【勇者の加護】。
つまり、人類の切り札。
その恩恵が、幼馴染ルティアの手に渡ったのだ。
神父によって事実が伝えられると、教会内に響き渡る村人達の歓声、称賛の嵐が沸いた。
だが、まだ事実を受け止められずに不安そうなこちらを見る幼馴染。
「ぶ、ブレイドぉ……」
彼女が俺の名を呼び頼った瞬間、少しだけ期待してしまった。
『もしかしたら俺も』って。
……だが、そんな期待は余りにも刹那にして崩れ去ったのであった。
俺の手に刻まれた加護、それは。
【凡人の加護】
もう一回言おう。
【凡人の加護】
……ン? ナニソレ?
先程までの歓喜の声は一瞬で静まり返る。
神父も引き攣った顔してるし。曰く、「き、聞いたことはないが、多分、文面通り……」との事。
証明する様に加護を授かった際に生じる衝動も何もない。
何の運命も感じない。昨日の俺と変わらない気持ち。
「は、はぁっ?! い、いやいゃぁ〜!! 何かの間違いだよ、ね……? ねえっ! ねえっ! あっはっはっは〜!! 」
すっかり静寂に包まれた屋内で藁にも縋る思いでそう問い詰める。
……だが、神父は哀れみに満ち溢れた目で小さく首を振った。
苦笑いの両親。
その居た堪れない空気の中、ルティアは明らかに取り繕いながら俺を庇った。
「ま、まあ、ブレイドはこの村にとって大切な存在だしさ……」
だが、そのフォローは余りにも痛々しく、惨めなものだった。
両親も慌てて我を取り戻すと「ウチみたいな代々農業しかしていない家には加護なんて関係ないからっ! 元気出して! 」なんていう始末。
えっ? 俺めっちゃダサくない?
そう思った瞬間、ある感情が芽生えた。
……ルティア、ズルくね?
同時に気まずい空気に耐えられなくなった俺は、情けない声で泣き叫びながら教会を去った。
「女神のバカヤロ〜〜〜〜!!!! 」
あんな赤っ恥をかいたんだ。
俺は、この村には居られない。
そう思うと、仕切り直しで勇者の誕生に沸く声を背中に走って自宅に戻った俺は、慌てて荷物を纏めると逃げる様に村を去ったのであった。
涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにしながら。
********
あれから数日。
俺は野宿を繰り返しながら近隣で一番大きな街であるライヒムに辿り着いた。
考えもなしに逃げて来てしまったが故、何の伝手もない無職。
とはいえ本来は職業の選択も全て加護が中心。
鍛治の加護があれば鍛治師、商人の加護があれば商売を始めれば良いし、戦闘系の神に愛されれば王国騎士や冒険者なんて選択肢もある。
つまり、現在の俺は職業を選べないどころか仕事すらできるか分からない。
ああ、何でこんな事に。やっぱり家に帰って農家の手伝いを。でも、あんなカッコ悪い形で出て行った以上、もう戻れないし……。
そんな葛藤を胸に手の甲を見つめると、そこには相変わらず【凡人の加護】と刻まれていた。
しかも、文字の上の所には子どもの落書きみたいな下手くそなハナタレ坊主のモニュメントがある。何をヘラヘラ笑って鼻水垂らしてんだよ、見るたびに腹立つわ。
どちらにせよ、これまでコツコツと貯め続けた小遣いが底を尽きるのも時間の問題。
ということで、今後の事を考えつつ道中で聞いた街外れの激安宿の一室に入ると、硬いベットに身を預けた。
「てか、この加護って何が出来るんだ? 」
今の所、何の感情も使命感も出ない。
そう思いながらも、何かある事をほんの少しだけ期待しながら紋章に顔を近づけた。
子供の頃、両親に教えられた通りに。
紋章は神との交流の場。
問い掛ければ何らかのイメージが浮かぶらしい。
ぶっちゃけ、全く期待はしていない。
とはいえ確認しない限りこれからの事を考えられないのである。本当にずっと無職なってしまうのかと。
だからこそ、大きくため息を吐きながらこう問いかけた。
「我が権能を開示せよ……」
半ばヤケクソでそう問うと、このアホそうなハナタレ小僧の紋章は光を放った。
その色は、とても綺麗とは言えないくすんだ茶色。汚ねえ。なんか臭い気がする。
――だが、そんな諦めにも似た感情は、すぐに覆された。
何故ならば、紋章が形をなす様に立体的に浮かび上がってきたからである。
本来は、加護のイメージが浮かぶだけらしいのに。
「い、一体何が……? 」
戸惑いながら、汚い光が大きくなると同時に目を覆った。
……そして、すっかり光が消えた瞬間、俺の目の前には……。
「ははっ! やっと目覚める事が出来たのじゃ!! 長かったわい!!!! 」
目の前には、真っ黒なゴスロリの衣装を身に纏い、立派な二本のツノを生やした金髪赤眼の少女が現れたのであった。漆黒の羽根や尻尾も生えている。
「……えっ? 何この展開……」
呆然としながら、ただ、得意げに無い胸を張る彼女を見つめるのであった。
すると、狐に摘まれた様な俺を気にする事なく彼女は自信満々でこう言い放ったのだった。
「何を卑屈な顔をしておる!! 我は原初の魔王であるバビロンっ!! 貴様は【凡人の加護】に選ばれたのだ!! さあっ、今すぐに世界を混乱の渦に招こうぞっ!! 」
はっ? 何言ってんの? このロリガキ。
心の底からそう思うと、これはここ数日のストレスによる悪い夢なのだと判断して顔をつねった。
……だが、痛かった。つまり現実なのだ。
てか、こいつ今、魔王って言ったけど……。
まさか、こんな子どもが世界を破滅に導く存在な筈はないだろう。
何にせよ、こんな訳の分からない展開も全部、女神のせいだ。
そう思うと、自然に大きなため息が出るのであった。
残念すぎる運命から目を背ける様にして。
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