しりとり殺しの謎

葉月めまい|本格ミステリ&頭脳戦

問題篇①――殺人の理解

 連続殺人鬼、はて秋純あきすみが現行犯逮捕された。


 はては当初、容疑を否認していたが、証拠が出揃うと主張を一転し、自らの犯行を全面的に認めた。

 たか梨香りか上口かみぐちゆいいけ志穂しほ星枝ほしえだ永久とわの四人に対する殺人と、和歌わかやまゆかりに対する殺人未遂の罪である。


 動機を問われたはては次のように自供した。


「殺す相手は、誰でもよかったんです。ただ……、



 * * * * * *



 面倒な事件が一つ解決したというのに、いとがわさんの機嫌は最悪だった。


「あの。そんなに飲んで、大丈夫ですか?」

 僕は助手として、最低限の役目を果たす。

「明日も、警視庁の会議に参加する予定でしたよね」


「うるせえ、酒も飲めない歳の子供ガキが偉そうに言うな。アタシがどれだけ飲むかはアタシが決める。警察の奴らの事情なんか、知ったことか。この事務所じゃ、アタシがルールだ」


 警視庁や〈四大機関ビッグ・フォー〉の関係者が聞いたら卒倒しかねない言葉を吐き捨てて、いとがわさんは右手の缶麦酒ビールを唇に付けた。

 黙っていれば冷静クールな美人のお姉さんに見えるのだが、なにぶん黙らないので自堕落で残念なお姉さんにしか見えない。


「現代の英雄とすら呼ばれる演算えんざんの姿がこれですか……」

 僕は嫌味たっぷりに、大きく溜め息をく。


 現代から四十年ほど前、トリックを用いた知的犯罪が全国各地で急増した。

 日本を代表する四つの治安維持組織、通称〈四大機関ビッグ・フォー〉は「警察による機動力と人海戦術だけに特化した捜査では、新時代の犯罪群に対処しきれない」と指摘し、新たに演算えんざん制度を設立。


 論理的思考能力のみを武器として、警察とは異なる立場でトリック犯罪の謎を解き明かす職業、演算えんざんの存在が公的に認められた。


 彼女――いとがわ泡沫うたかた獅之しのづか機関の公認演算えんざんである。


「推理もできない馬鹿どもが、勝手に期待すんなって話だよ」

 いとがわさんは机の上に足を投げ出す。

「なーにが現代の英雄だ。演算えんざんだって、てめえらと同じ毛と肉と血と骨と臓器で構成された、てめえらと同じゲロと糞尿を――」


わかりました、もうわかったんでやめてください」


 彼女の助手になって半年。僕もいい加減、いとがわさんの扱いかたわかってきている。

 言いたいことは今一つ、よくわからないけれど。


「どうして、そんなに荒れてるんです? あお薔薇ばら事件の通り魔が逮捕されて、祝杯を挙げるのならともかく、まるで自棄ヤケ酒じゃないですか」


 あお薔薇ばら女学園の生徒四人が連続で殺害された通り魔事件は先日、容疑者の現行犯逮捕によってあっさりと幕を閉じた。

 逮捕されたはて秋純あきすみの自供に矛盾点はなく、警察の捜査といとがわさんの推理も、彼が犯人だと証明していたそうだ。要するに、疑いの余地がない完全解決である。


 多少、拍子抜けな展開ではあったものの、事件は解決したのだから、それでいいと思うのだが……。


「何が気に入らないんですか? まさか、真犯人が他にいる、とでも?」


 僕の質問を受けて、いとがわさんは首を横に振る。

「犯人ははてで間違いねえよ。警察も相当、慎重に捜査していた。物証はしっかり出揃ってるし、ちゃぶ台返しは今さらあり得ない。


「動機、ですか……」


 ――殺す相手は、誰でもよかったんです。


 ――ただ……、しりとりがしたかった。


 タカギリ

 ミグチユイ

 イケシ

 シエダト

 カヤマユカリ。


 はては、名前をしりとり順に並べるためだけに、殺人を実行したと主張しているのだ。


「なあ、くればやし

 といとがわさんは僕の名前を呼ぶ。

「お前はどう考える? はてのあれは本気だと思うか? 狂人を偽るための演技じゃなく」


「僕にはわかりませんよ。報道ニュースで見た程度の情報しか知りませんから」

 しがない助手である僕は、いとがわさんと同じ量の情報をいつも得られるわけではない。


 今回のあお薔薇ばら事件も、いとがわさんが捜査に参画するとすぐはてが逮捕されたため、僕には情報共有がほとんどされていなかった。


「よければ、少し事件の内容を詳しく話してくれませんか? 一応、警察の見解では、既に解決済みらしいですし」


「話したら、はての真の動機を推理できるかもしれないって? このアタシが行き詰まってるのに、お前が? 生意気になったな」

 自分から意見を求めたくせに、彼女は偉そうに言った。ついさっきの自分の発言さえ忘れてしまう人が演算えんざんを名乗らないでほしい。

「まあいいや、話してやるよ。ちょうど新しい視点が欲しいと思ってたところだ」


 彼女はそう言うと、事件について語り始めた。

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