第4話 彰人は夢を見る

「『スヱ』――人間の身体を奪って転生を繰り返している化物。君はスヱの卵になった。数日後、君はスヱに身体を奪われ、スヱになる」

「は――?」


自分の目も、耳も、何もかもが信じられない。

少女が何を言っているのかも、良く分からない。


「でも大丈夫、スヱになった瞬間に殺してあげるから」


何一つ大丈夫な単語がない。

不意に、さっきまでプレイしていたゲームの画面を思い出した。街中を飛び回り、剣を振るい、敵を打ち砕くアクションゲーム。


そうだ、まるでゲームみたいだ。


夢を見ているんじゃないか。夢なら覚めろ。

そう願う俺に、少女は淡々と訊いた。


「君は、残りの人生で何がしたい? できる限り、叶えてあげるけど」

「残りの人生――」

「そう。あと数日」


波一つない静かな目で彼女は言い切る。俺は混乱する頭で思う。

あと数日で、死ぬ? 俺が?

そんな……


「……そんな非現実的な話、信じられるか」


思ったことをそのまま吐き出す。唸るような声が出た。

俺は苦い表情のまま、少女を睨みつけて言う。


「もうすぐ死ぬ? 化物になる? 俺が?」


信じられるわけがない。

ハ、と乾いた笑いが零れる。そんな表情とは裏腹に、俺の口からは低い声がボロボロ零れ落ちる。


「そんなわけねえだろ。寝て起きたら、きっとまた明日もクソつまらない日常が待っているんだよ。これだってきっと夢なんだ」


そう、夢なんだ、と――自分に言い聞かせる。これが現実だと受け入れたら、本当に現実になってしまう気がした。


「……君がそう信じたいのなら、それでもいいけれど」


少女は相変わらず冷たい目で、まるで無慈悲な言葉を紡ぐ。


「最後まで現実を受け入れずに死ぬのは、それはそれで幸福なのかもしれないし」

「……」


奥歯を噛みしめて無言を返せば、少女は手を振って淡々と言った。


「じゃあね。また襲われたら助けにくるから。よい余生を」


無言を貫く俺に背を向けて、彼女は跳び去っていく。

彼女の姿が見えなくなると同時、全ての魔物が空気に溶けた。

気温が戻ってくる。気付けば、周囲はすっかり暗くなっていた。

隣のぼろい空き家の、伸び放題の植木が風に揺れて音を立てれば、遠くで猫が鳴いた声がした。




地面にぶつけた尻にズキズキ痛みを感じながら、家まで帰ってくる。


友の遺影が友の家に飾ってあるのと同じく、俺の家にも母の遺影が飾ってある。

玄関から居間に入ってすぐの棚の上、若い女性の写真が小さな額縁の中で微笑んでいた。綺麗な長いカールした髪と、特徴的な垂れ目。優しい表情が似合う、女神のような女性。

「ただいま」と写真に声をかける。もちろん、帰ってくる声はない。


父親は仕事が忙しく、なかなか家に帰ってこない。

一人、家で過ごすのも、慣れたものだ。


「寒いな……まあ、冬だしなあ」


俺はエアコンのスイッチを入れた。無駄に広いこの家のリビングは、暖房が行渡るまで時間がかかる。まあ、自分の部屋だけ入れておいてもいいのだけれど、夕飯はここで食べるし、リビングの先にあるお風呂場が寒いと、お風呂の時に冷えて嫌だから、結局いつもリビングの暖房を入れてしまう。


「はあ」


ソファに座り込む。

さっき見た赤黒い光景が頭に浮かんできて、首を振る。


「……化物になったら、殺される――はは、リスポーンキルかよ」


あれは全部夢だったのだ。きっとそうに違いない。

ソファに倒れれば睡魔が襲ってくる。やたらと疲れた一日だった。


指先にチリチリとした違和感を感じる。これも疲れゆえだろうか?


息を大きく吐いて、そっと目を閉じる。広がる暗闇に身を浸した。

カツカツ、響いていた時計の音さえ聞こえないほど意識が薄らいでくる。


『……なるほど、因果ってやつかな? 面白いじゃん?』


誰かの声がする。それでも目は覚めない。微睡む瞼は鉛のように重い。

声に、なんだか聞き覚えがあるような気がして、耳を澄ます。


『もし俺の声が聞こえたら返事をしてくれよ。話そう』


男の声だ。誰の声だったか。思い出せそうで、思い出せない。

声は再び響く。ニヤニヤ笑っているのが分かるような、そんな嫌な響きがあった。


『アンタの事を教えてくれよ。俺に食いつくされる前に』


声を思い出すのに必死で、何を話しているのか、いまいち脳に入ってこない。

誰だったか。この声は。


確かに何度も聞いた、大事な声だったのに――。


『ま、教えてくれなくても、勝手に見てやるけどな』


声が暗闇の中、耳鳴りのように反響して――。


『それじゃあまあ――いただきます』


は、と目が覚める。


冷や汗、荒い息。ずいぶんとうなされたのか、喉が痛い。


「なん、だったんだ……?」


変な夢のような、幻聴のようなものの名残が、耳奥に残っている。

いただきます?

食べる?

――いったい、何を。何の話だ?


「はあ……こんなところでうたた寝するからだ……」


明日も学校なのだし、早く風呂に入って寝てしまおう。

俺はそう考えて気合を入れると、着替えを取りに、二階の自分の部屋へと歩き出した。

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