第1話 魔法屋タリスマン

日が昇り朝露が葉から流れ落ち人々が街道を歩き出す頃の市場通り。

普段は人影もまばらな小さな魔法店の前に、今日は異様な光景が広がっていた。

幾多もの客が列をなし、店先から通りの角まで伸びている。


普段は十人程度しか入れない店先に大勢の冒険者が押し寄せている。

この店で売られているとある『商品』を求めるため、我先にと購入の意思を示し叫んでいた。


「姉ちゃん!こっちもスクロールくれ!」


「こっちもだ早くくれ」


店員とおぼしき少女はこの街で珍しい長い黒髪を持つ人物。

窓から差し込む陽の光に照らされ動くたびにさらりとした柔らかさを感じる髪質、腰の辺りまである長髪、少しおしゃれに切り揃えられた前髪、赤色の宝石が乗った銀のブローチを髪留めに使い、その可愛らしい顔に掛けられた大きめの眼鏡が彼女の存在感をきらりと光らせる。


少女の名はアイリィ・フローリエル

年齢は十七歳にして、この国でも十指に入るほどの愛らしさを誇る看板娘だ。


すらりとした体躯に、豊かな胸元。

だがその容姿以上に、人々を惹きつけるのは彼女の優しい性格と飛び切りの笑顔だ。


「ちょっとお待ち下さい!順番に販売しますから」


自愛に満ちているがどこか幼い、澄き通った声が狭い店内に響きわたる。

この商業地で、彼女の存在は魔法店の風景となっていた。

忙しさに追われながらも、誰に対しても変わらぬ優しさを見せるその姿は、

「誰もがこの店を訪れたくなる」理由を見出していたのである。


アイリィは、額に汗をにじませながら笑顔を絶やさずに接客を続けていた。

だが、ひとりで全ての客を捌くにはあまりにも多すぎた。


注文と会計を一人で続けるが長く続く行列と注文の確認――手が追いつかず、

アイリィは必死に声を張り上げながらも、ついに限界を悟った。


体を傾け店の裏手に向かって奥にいるであろう人物を大きめの声で呼び出す。


「……店長!お客さん一杯来てるのでちょっと手伝ってください」


店の奥にいて書き物をしていた人物が助けを呼ぶ声に反応しその声に答えた。


「……わかった!今行く」


暗い部屋の奥――古びた書架の影から、静かにその姿が垣間見える。

準備を整えながら部屋の片隅から少女が立ち上がった。


魔法使いとしての存在感を一際きわ立たせる帽子をハンガーから手に取り頭に乗せ、アクセントの羽がゆっくりと揺れながら奥の部屋より姿を表す。


彼女の名前はリナリア・フローリエル


街の皆からリナの呼び名で呼ばれるその人物は、人の年齢で16歳前後の外見。

愛らしい少女の姿をしているが、長い耳をトレードマークに持つエルフ族だ。

金髪で後ろに軽く一本でまとめた髪と小柄な体型に合わせた深い藍色のローブが、

すらりとしたスレンダーな肢体を包んでいる。


その顔立ちは驚くほど整っているが、とりわけ目を引くのはその青眼の瞳だ。

やや細く、目尻がわずかに上を向いた切れ長のツリ目から磨き抜かれた宝石のように光を吸い込む。


少女の愛らしさとは裏腹に、その眼差しには、長年の時とともに数多の魔法を見つめ学んできた知性が静かに湛えられていた。


彼女が歩くたびに、淡い金色の髪が光を受けてきらめく。

彼女はゆったりとした足取りで部屋の奥から賑わう店先へと姿を見せ混雑した店内を見て一言呟く。


「……おー、ずいぶんと賑わってるな」


普段とは違う混雑した様子を達観しながら必死に働いている少女の手伝いをするべく大声を張り上げ店主らしい振る舞いを見せる。


「お待たせしました!次のお客さんこっちにどうぞ!」


その声は涼やかで、澄んだ水のように透き通った声。

大きく響かせた声が店内に響き、待ちくたびれていた来訪者たちの視線が一斉に彼女へと注がれた。

彼女の登場に、店内の空気は一瞬にして変わり、列をなす人々の間に期待が広がっていく。


「姉ちゃん!スクロールくれ!早く」


店の中にいる冒険者たちが我先にとスクロールを求めてくる。

カウンターの後ろに山積みになった商品を取り出し、冒険者に手渡すと同時に商品の代金を見て差し出してきた。


「はい、一枚二百銀貨ね」


冒険者から代金を受け取り、手で代金を素早く確認しながら手慣れた感じで次々訪れる来客へ会計を済ませながらアイテムを手渡し捌いていく。


その中で、ドワーフの戦士と思われる幾多の戦闘で鍛え上げられた分厚い胸板を身に纏った屈強な存在感の人物が渡された巻物を手に持ちながら店主へと尋ねてきた。


「よう、姉ちゃんこれどうやって使うんだ?」


突然と受けた質問に対して、エルフの少女は近くにあった紙を一枚手につまみ、

それをカウンターへ手のひらで軽く叩きつけながら、小さき戦士へ使い方を教える。


「そのスクロールを地面に広げて、今みたいに手の平で魔法陣の中心を叩きつける」


「相手が突っ込むのを見てタイミングを合わせるだけ!とても簡単!」


戦士はエルフの少女が伝えた使い方をみて納得したかのように大きく頷く。


「おお、それは確かに簡単だな!ありがとよ!」


次々と押しかけてくる冒険者達へ、二人体制でスクロールを渡し販売、会計、そして時折受ける質問に応答しながらこなしていく。


無限とも思える時間が経過しながら扉に取り付けた来客を知らせる軽い鐘の音が、この数時間、熱狂的な喧騒に包まれていた空間に静かに鳴り響いた。

それは、最後の来客が扉を閉めた音だった。


カウンターにいた二人は最後のお客さんを見送った後、後から参戦した店長は両手を上に大きく天に上げてポツリと呟く。


「……終わったぁ!」


後ろに置かれていた小椅子に腰掛けながら天井にある小窓を見上げる。

今日は普段より比較的に早い早朝に起こされて、お店を開く準備していた。


開店の看板をドアに掛けた時は薄っすら屋内を射していた陽の光が既に頂点近くまで登っている、いわゆる昼時の時間だ。


「やっと終わりましたね…お疲れ様です」


アイリィは、落ち着いたような声で途中から手伝ってくれた店長を労った。

だが、いつも元気なその声に今日だけは若干の疲労がみえていた。

そんな素振りも見せることなく店の奥にある調理場へと歩み始める。


「ちょっと、お茶でも入れますね」


リナは小さな椅子に座ったまま、微動だにせず返事を返した。


「ああ、頼む」


少女は静かに笑い、部屋の奥にある調理場へ向かう。

水道からポットに水を入れ、炎の魔法で稼働するコンロのような道具に乗せ温める。


お湯を沸かしながら、近くの棚からお揃いのティーカップを取りだし、トレーの上にソーサーと重ねて置き、近くにあったティーポットへスプーンで茶葉を入れながら、お茶の準備を始めた。


店内で待つリナは先程まで響いていた喧騒とは比べ物にならない静寂の中で、辺りの様子を見回しながら室内に響き渡る穏やかな生活音を聞き入っている。


数分後、甘く香ばしい紅茶の匂いが、辺りに満ち始めた。

アイリィは、お茶を入れた二人分のカップをトレーに乗せそれを両手に持ちながら、地面から足を離さないような歩幅で静かに戻ってきた。


彼女は、疲労で微動だにしない店長の前に、トレーを持ちに上に乗ったティーカップを差し出す。


「どうぞ」


リナはカップを左手で受に取り感謝の言葉を伝えた。


「…ありがとう」


アイリィもリナの隣に椅子を引き、カップを持ち上げトレーを近くのテーブルに置きながら、ゆっくりと座った。

二人の少女が、カップからゆっくりと紅茶を飲み一息つく。


体の隅々まで染み渡る甘く温まる紅茶を静かに飲みながら、落ち着いたところで、

ある疑問が店主の頭によぎる。

それは今日起きた朝からの混雑、滅多にお目にかかれない出来事を確かめるため、アイリィへと問いかけた。


「…ところで、今日は何故あんなにお客さんが殺到したんだ?」


アイリィは問いかけてきた店主へと視線を向けカップのフチから唇を離しながら、

先程までの混沌とした事態が何故起きていたのか知らないのか逆に質問を重ねた。


「師匠しらないんですか?」


だが、店主はいつもの事のようにアイリィに向かって嗜める。


「お店にいる時は店長と呼べと言ってるだろ」


アイリィは少し拗ねた感じを滲ませながら口を尖らせてポツリと呟く。


「…二人っきりなんだからいいじゃないですか」


「で、なんでだ?」


アイリィはトレードマークのメガネの中心に人差し指を添え少しクイッと持ち上げ、先程問われた疑問に得意げに答える。


「実は、季節の大移動で先日から南の森にグレートボアの大群が迷い込んだらしく、ギルドから討伐依頼が出てるんですよ」


グレートボアとは、全長はゆうに三メートルを超え、背の高さは馬をゆうに超える、野生の巨大モンスターである。

その突進は、木をもへし折るほどの強烈な一撃で、当たりどころが悪い時には冒険者でさえも致命傷となるほどの攻撃力を持つ。


正面からまとも戦うには冒険者の中でもかなりの手練で、ある程度メンバーがバランスよく揃っていないと討伐出来ない、自然界に生息する巨大なモンスターではかなり手強い存在だ。


だが、そんな凶暴な怪物も各国で、とても重宝される存在である。


まずはその肉。

普通の獣とは比較にならないほど濃厚な味で調理すれば旨味が凝縮された肉質だ。

体の殆どの部位が食材として使え、肝臓などの内臓なども様々な材料として使える、調理素材や薬の素材としてとても人気が高い。

そして、全身を覆う強靭な皮と巨大な角は様々な道具の素材となり、重宝される。


ギルドの買取価格も討伐依頼の報酬を含め一体で、冒険者四人が月の半分程度の稼ぎとなる金貨十枚が一体で手に入るため、良い稼ぎ時なのだ。


「なるほど、それで『石壁のスクロール』を沢山作らせたのか」


『石壁のスクロール』とは先程店頭で販売していた呪文の巻物

地面に叩きつけることで強靭な石壁を目の間に出現させる事が可能な、タリスマンの専売特許となる特有の商品だ。


グレートボアは縄張りに入り敵対する相手を見つけると突進してくる習性がある。

その特性を利用し、向かってくる相手に対しスクロールを用いて突如として出現した強力な石壁に頭を衝突させ、衝撃により脳震盪起こして気絶させる事ができる。

相手が動けなくなったスキを付き一気に討伐を楽に出来る補助アイテムだ。


獣といえども眼の前に存在する巨木や障害物は避けたり出来るが、突如と現れる壁に対処できないため、だまし討ちによる奇襲方法としてとても有効な攻撃方法となる。


使い方によっては初心者冒険者でさえも簡単に討伐することが出来るため、冒険者に

とってはとても重宝される人気商品だ。


「ギルドの受付さんにお話して、スクロールを宣伝するチラシを討伐依頼のボードに貼らせてもらっちゃいました」


アイリィは人差し指をくるくると回しながら少女らしいおちゃめな感じで、してやったりという感じの笑顔で自分の功績を店主へと伝えた。


「そうか、グレートボアが大量討伐できればギルドも潤うし、肉屋も道具屋も稼ぎ時だな」


両手を力強く手元に構えさらに力説する。


「沢山お肉も手に入るから、ボアステーキも安く食べられますよ!」


「それはいい話だな、スタルト亭のボアステーキは美味いからなあ」


スタルト亭は肉料理を専門とする商業都市のレストランのひとつだ。

稼ぎが良い時は時折二人で外食に出かけるお気に入りの場所である。


リナはここ最近書庫で新しい魔法開発のため調べ物をしていた。

だが一昨日より、石壁のスクロールを出来る限り沢山作って溜め込んでおくように、アイリィから頼まれていた。


こういう時の彼女は、商売を考えての行動だと理解している。

そして今日まで作って溜め込んだ数はざっと二百枚前後、山積みにしていた在庫が、残り数枚までに減っていたので商売人としていい読みをしていると感じた。


恐らくだがグレートボア討伐依頼がギルドから近々公開される情報を事前に入手し、魔法店の商売となる事を見込んで準備や根回しを行っていたのだろう。

商業地域で色んな場所に顔が利く娘ならではの機転である。


「よくやった、偉いぞ」


リナはアイリのそばに寄り手慣れたようにただ静かに、手を伸ばす。

相手は動きで察したのか近寄ってきた店主に僅かに頭を傾け、その細く長い指を柔らかな髪へと受け入れる。


優しく、しかし確かな重みを持ってアイリィの頭を撫でた。

その手つきは、まるで大切な宝物を扱うかのように。


アイリィは優しく撫でられる頭の感触を感じながらとても嬉しそうな表情を浮かべる。

子供が優しく無でられて喜びを見せるような無邪気で明るい笑顔を見せ、至福の喜びを感じ取っているようだった。


昼前の緩やかな時間、静かな店内で二人で和やかに過ごしていた中、扉が開く音と鐘が来訪者を知らせる音を響かせる。

来訪者の訪れに気づきリナは頭を撫でていた自分の手を素早く離すとパッと立ち上がる。

その姿を見てアイリィは少し不満そうな表情を見せた。


だが気持ちの切り替えも早く、同じく立ち上がりいつもの笑顔で現れたお客に来訪の挨拶を伝えて迎えた。


「いらっしゃいませ!」


「いらっしゃーい」


扉を開けて現れたのは、鍛えあげられ強靭な肉体を覆う豪胆な鉄鎧を身を纏い、更に顔に刻まれた数々のキズから歴戦を巡ってきた事がわかる短髪で屈強な戦士の男性。


素早い動きと攻撃が出来るように比較的軽装な装備で、背中から見える短剣と弓から攻撃補助に特化したレンジャーと思われる少しニヒルな感じの風格をした男性。


左腰に備えたメイス兼ロッドと白を基調としたスラリとしたローブを纏い、表情からいかにも気が強そうなヒーラーと思しき銀髪の女性。


そしてもう一人、暗めの衣装と帽子、手に持った杖から魔法使いと思われるが何故か不機嫌そうな表情を見せている茶髪の女性を含めた四人パーティの冒険者達だ。


店内を見渡し目的のもの探すような素振りを見せる戦士。

相手の動きを察して間髪入れず、アイリィが求めているものを確認する。


「何かお求めですか、本日人気のスクロールでしょうか?」


狭い室内なのに若干聞き取りにくい、とても低い声で戦士の男が自分に問いかけてきた少女に対し静かに答えた。


「いや、そうではない」


視線が奥にいる店主に向く。

幼い姿ながらも自身が見据える人物から、自身の眼前に立つ少女とは明らかに異なる落ち着いた立ち振舞いや風格を感じ取り自分たちが探す目的の人物だと悟った。

戦士は自分達がこの店に来た理由を対峙する少女へ告げた。


「ここでは、魔法に関する相談も請け負ってると聞いてやってきた」


視線を向けられたリナは、相手が望んでいる答えを見つけるためその場にいる無骨な戦士へとあらためて目的を問いかけた。


「ああ、やってるよ?どんな相談だい?」


戦士は視線を自分の後ろにいる魔法使いを一瞬横目に見ながら、また視線を戻す。

魔法使いはこちらに一切視線を合わせず目を反らし、現在の状況に不満そうな表情が雰囲気が感じられるが気にせずに言葉を続けてきた。


「うちの魔法使いに強力な魔法を教えてほしい」


2話「不揃いな冒険者」に続く

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