第12話 闇と光の衝突
「――迅光(じんこう)!」
セリウスが地面を蹴った瞬間、足元から光が爆ぜた。
靴裏が石畳を砕き、残光だけを残して姿がかき消える。
一歩、二歩――もう目視では追えない速度。
「早――っ」
リヴィアの瞳がわずかに見開かれる。
「黒閃(こくせん)」
レイピアの切っ先に闇が収束し、足元の影が一気に伸びた。
斜めに走る黒い線が空間を“裂き”、セリウスの進路を切り裂く。
セリウスは紙一重で跳び上がり、双剣を十字に構えた。
「光翼(こうよく)!」
肩甲骨から生えるように、光の翼が広がる。
翼の羽ばたきひとつで、残った瓦礫の山が吹き飛ぶ。
そのままセリウスは上空に留まり、見下ろす形になった。
「上から撃ち抜く!」
双剣を振り下ろす。刃先から光の剣圧が矢のように降り注いだ。
「……甘い」
リヴィアは足元の瓦礫を蹴った。
粉塵が舞い上がり、その中で影が増殖する。
「“影狐(えんこ)”」
彼女の輪郭が解け、三つ、四つの黒い残像が走る。
降り注ぐ光の斬撃を、影の分身体が代わりに受け、弾けて消えた。
石畳が砕け、光の残滓が刺青のように地面に焼き付く。
「さすがだな」
セリウスは口元を吊り上げる。
「君の技は、一番近くで見てきた」
「私もよ、セリウス」
リヴィアはすでに別の位置へ移動していた。
瓦礫の陰から跳び出し、黒いレイピアでセリウスの死角――背後を狙う。
「読めてる――!」
セリウスは反転し、片方の剣で受け止めた。
ガキィィィン!
金属音が聖都に響き、火花が散る。
刃と刃が噛み合い、そのまま二人は距離ゼロで睨み合う。
「躊躇、ないんだな」
「当然でしょ。いまのあなたは、敵よ」
怒りとも、悲しみともつかぬ光が、リヴィアの瞳をよぎった。
⸻
超高速の斬り結び
次の瞬間、二人の影が消える。
カンッ、カカカンッ、ギィン――!
刃が交差する音だけが、異様な速度で連続する。
追いつけない剣速に、風音すらついて来られない。
セリウスの双剣が、光の線を幾重にも描く。
「**光刃連舞(こうじんれんぶ)**ッ!」
連撃、連撃、連撃。
半歩踏み込むたびに光の斬撃が生まれ、リヴィアの死角を狙った。
リヴィアは防御に徹し、最小限の動きで刃を受け流す。
レイピアで弾いた斬撃が、背後の建物を斜めに斬り裂き、崩落させた。
「っ……!」
衝撃の反動で、リヴィアのブーツが石畳を滑る。
足元で石が砕け、黒い線がその上を走る。
「止まれよ、リヴィア!」
「止まったら――誰がみんなを守るのよ!」
リヴィアは滑り込みながら、セリウスの懐へ潜り込む。
「――黒閃・斜(こくせん・はす)!」
地を這うような黒い斬撃が、セリウスの足元へと走る。
セリウスは上体を捻り、片足で跳ね上がる。
「っと……危ないな」
靴底にうっすらと傷がつき、そこから黒い煙が立ち上がる。
「さっきから、殺す気じゃない……?」
「あなたこそね」
わずかな間合いを挟んで、二人は再び飛び込む。
⸻
リヴィアがレイピアの切っ先を地面に突き立てた。
「――黒葬(こくそう)」
影が“液体”のように滲み出し、聖都の石畳を飲み込んでいく。
黒い霧が足元から噴き上がり、視界一面を闇で塗り潰した。
「視界を――」
セリウスの声が闇に溶ける。
姿は見えない。だが気配だけは、鋭く刺してくる。
「……いいよ、そういうの。嫌いじゃない」
セリウスは胸元に片手を当て、深く息を吸った。
「“天界(てんかい)”」
一瞬、世界の“色”が変わった。
曇っていた空の雲が裂け、上空から純白の光が降り注ぐ。
黒葬の闇の幕に、天からの光柱が何本も突き刺さり、穴を穿つ。
闇と光が互いを侵食し合い、
地表では影が、上空では光が、せめぎ合いを続けた。
「っ……」
リヴィアの頬に、光の熱がかすめる。
セリウスの頬にも、闇の冷気が一本、傷を刻んだ。
闇と光の奔流がぶつかり合い、
衝撃波が崩れかけた講堂の塔を直撃する。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
塔が、悲鳴を上げるように傾き――
数秒後、地響きと共に崩れ落ちた。
瓦礫と粉塵が巻き上がり、二人を飲み込む。
「私は――」
粉塵の中から、リヴィアの声が響く。
「帝国に……黒翼に拾われたから、生きていられるの!」
「みんな、罪を抱えながら、それでも前を見てる。
それを……あなたが壊した!」
「俺だって――!」セリウスの声が被さる。
「俺だって、あの日からずっと後悔してる!」
「エルデナを守れなかったことも、お前を置いてきたことも……!
それでも前に進むしかなかったんだよ!」
光と闇の衝突が、ふたりの叫びをかき消す。
次の瞬間、二人の身体が爆風で弾き飛ばされ、瓦礫の上に叩きつけられた。
⸻
「……っはぁ、はぁ……」
荒い息を吐きながら、リヴィアは膝をつく。
腕が重い。肺が焼けるように痛む。
それでも、足を踏み出した。
目の前で、同じように息を切らす青年がいるから。
「リヴィアもう…。」
「まだまだこれからでしょ?」
セリウスも血のにじむ口元で笑う。
「君を越えなきゃ、俺は――前に進めない」
リヴィアは駆ける。
セリウスも駆ける。
距離が詰まる。
影が伸びる。光が尾を引く。
「っ――!」
黒と白の刃が、正面からぶつかり合った。
ガァァァン!!
衝撃で、二人とも後ろへ弾かれる。
だが足を踏み締め、すぐに前へ――。
セリウスの斬撃が肩を掠め、リヴィアの闇刃が彼の外套を裂く。
「いっ……」
「やっぱり手加減してないじゃん……!」
「当たり前でしょ……!」
リヴィアは歯を食いしばる。
「あなたは、私の仲間を傷つけた!」
ほんの一瞬、セリウスの剣先が鈍る。
その隙を、リヴィアは見逃さない。
黒いレイピアが閃き、セリウスの胸元のボタンを弾き飛ばした。
「危なっ……!」
「わざとよ。今のは」
「……怖っ」
二人は、なぜか同時に、かすかに笑った。
ほんの一瞬だけ、十年前の空気が戻ってきたような気がした。
だが、その時間はすぐに終わる。
⸻
風が不自然に止まった。
リヴィアは、一歩後ろに下がり、レイピアを高く掲げる。
「……これ以上、誰も傷つけさせない」
黒い魔力が、彼女の足元から空へと伸びていく。
影が、聖都の空を覆うように広がる。
「――絶空(ぜっくう)」
音が、消えた。
世界から風も声も消え、
あるのは黒い“線”だけになった。
空と地を裂く巨大な闇の刃が、セリウスめがけて降り下ろされる。
「っ……来るよな、やっぱり」
セリウスも双剣を交差させ、胸元に光を収束させる。
「俺も本気でいく。
ここで中途半端にやったら――君に失礼だよな。」
「――光滅(こうめつ)!!」
圧縮された光が弾け、一本の巨大な光線となって絶空へとぶつかる。
黒と白が交差した場所は、世界から“削り取られた”。
光も闇もない、色のない空間が、生まれては消えていく。
「っぐ……!!」
リヴィアの腕が悲鳴を上げる。
セリウスの視界も白く塗り潰される。
どちらの奥義も、相手を完全に呑み込むには至らない。
だが衝突から溢れたエネルギーが、聖都の建物を根こそぎ吹き飛ばした。
ドォォォォォン――――!!
爆心地から放射状に瓦礫が飛び散り、
遠くで応急手当てを受けていた黒翼の面々も、衝撃波で転がされる。
カラムたちの方角から、誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
しかし、今は振り向く余裕すらない。
二人は同時に吹き飛ばされ、石畳を何度も転がり――
それでも、地面を殴るようにして立ち上がった。
⸻
「……はぁ、はぁっ……。」
リヴィアの視界は揺れていた。
全身が痛い。全ての関節が、悲鳴を上げている。
「リヴィアここまでにしよう。」
セリウスは、ボロボロの外套を無造作に脱ぎ捨てた。
露わになった肌のあちこちに傷が走り、血が滲んでいる。
「俺はさ――毎日、ただ生きてきたわけじゃないんだよ」
ゆっくりと、胸に手を当てる。
「君を守れなかった十年分の後悔を、力に変えてきた」
リヴィアの胸が、嫌な予感で締め付けられた。
「やめて、セリウス」
「リヴィア。
俺はもう、“ただの人間”じゃない」
「“天血解放(てんけつかいほう)”」
瞬間――世界の“色”が変わった。
セリウスの両目が、白銀に発光する。
瞳孔が見えない。光だけが、そこにある。
体の輪郭から光が溢れ出し、
皮膚には細かな亀裂のような紋が浮かび、その隙間からも光が漏れる。
背中の光翼が、さらに巨大化した。
羽一枚一枚が、まるで刀のように鋭く輝いている。
「その姿……」
リヴィアは息を呑む。
「天界人としての血……
まさか、そこまで――」
「はぁぁぁぁああああああッ!!」
セリウスの咆哮と共に、
彼を中心とした光の爆発が、聖都を飲み込んだ。
ドォォォォォン!!!
爆心から放たれた衝撃で、周囲の建物が根こそぎ吹き飛ぶ。
地面が抉れ、石畳が砂のように空へ舞い上がる。
リヴィアも、その爆風に抗えず宙へと投げ出された。
「っ……!」
視界がぐるりと回転し、何が上で何が下かも分からなくなる。
その身体が、無様に瓦礫の中に叩きつけられた。
遠くで、黒翼の負傷者たちがまた吹き飛ばされる影が見えた。
「みんな……!」
手を伸ばそうとして――指先が、震えるだけだった。
⸻
光線 ― 一方的な蹂躙
セリウスは、崩れた鐘楼の上に降り立っていた。
その姿は、確かに“天使”のようだった。
ただし――救いではなく、滅びをもたらす側の。
「……リヴィア」
セリウスは、右手の剣をゆっくりと前に突き出す。
「うぐぅ。」
セリウスは自制が効かず、解放した力を制御できていない様子だ。
剣先に、極限まで圧縮された光が集まっていく。
空気が震え、石畳が“音を立てて”軋む。
「やめ――」
リヴィアの声より、光の奔流の方が早かった。
「光線(こうせん)――!」
凄まじい光が一直線に走り、聖都を横薙ぎにする。
軌道上にあったものは――瓦礫も、建物も、祈りの像も、跡形もなく消失した。
その軌道の先に、リヴィアがいた。
「っ……!」
リヴィアは、焼けつくような痛みに反射的に剣を構える。
「っ!」
魔力を限界まで絞り出し、視界いっぱいに黒い防壁を張る。
いくつもの重ね張りをした防御陣が、目の前に幾重にも展開された。
だが――。
バキィィィィン!!
最初の一枚が、容易く砕け散る。
続けて二枚目、三枚目――すべて、氷を砕くような音を立てて消えた。
「そんな――」
防壁を貫いた光が、そのままリヴィアの全身を呑み込んだ。
「あぁぁぁああああああッ!!」
全身の皮膚が焼ける。
軍服が裂け、露わになった肌に、容赦なく光が刻み込まれていく。
腕が、脚が、動かない。
視界が白と赤でぐちゃぐちゃになる。
骨が軋む音がした。
自分のものかどうかも分からない。
やがて光が収束し、リヴィアの身体は、弾かれたように地面へと落ちた。
ドサッ――。
「……っ」
喉から、かすれた声が漏れる。
もはや立ち上がれる状態ではなかった。
指一本動かすだけで、全身に激痛が走る。
(……こんな、にも……強く……なって……)
目を開けていることすら、苦行だった。
⸻
絶体絶命
光に焼かれた石畳の中央で、リヴィアは仰向けに倒れていた。
黒かった軍服はところどころ焦げ、肌に貼り付いている。
呼吸は浅く、途切れ途切れだ。
セリウスは、光を纏ったままゆっくりと地に降りた。
その瞳には、先ほどまでの迷いがほとんどなかった。
天界の血が理性を上書きし始めているのが、遠目にも分かる。
「……リヴィア」
セリウスは一歩、彼女に近づく。
「…逃げろ。」
双剣を逆手に持ち替え、その切っ先をリヴィアへと向ける。
リヴィアは、うまく言葉が出てこなかった。
口を開いても、かすれた息しか漏れない。
「もう、う、動かない……のよ……」
(……何も守れないまま……終わるの……?)
視界の端で、崩れた鐘楼。
割れたステンドグラス。
遠くで動けずにいる仲間たちの影が見える。
セリウスが、最後の一歩を踏み出した。
光が、再び剣に集まり始める。
聖都レムナスに、ふたたび――凶兆の光が満ちていく。
リヴィアのまぶたが、ゆっくりと降りかけた。
――その瞬間、何かが遠くで、
“ギリッ”と歯車が噛み合うような音を立てた気がした。
意識が、暗闇へと沈んでいく中、燃え盛る炎がリヴィアの閉じかけた視界に入り込んでいた。
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