第8話 再会

レムナスの地下道に、金属が軋む音が響き渡った。

鋭い斬撃が壁を切り裂き、火花が闇に散る。


リヴィアとカリンの攻防が続く。

両者とも息を切らしながらも、動きに迷いはない。


レムナス中央部──。

その頃、カラムたち黒翼の主力は、礼拝堂の前に辿り着いていた。



【レムナス中央部・礼拝堂前】


「……ここを最初の爆破地点にする。」


カラムが額の汗を拭いながら言う。

リズが険しい表情で問う。

「本当にやるんですか?ここ、礼拝の場ですよ。」


「今は礼拝時間じゃない。人影はない。――ネロ、準備を。」


「了解。」

ネロが素早く地面に魔法陣を描く。淡い光が走り、座標が浮かび上がる。


カラムは腰のポーチから小さな黒い球体を取り出した。

掌に乗せ、魔力を流し込む。


「……行くぞ。散開!」


黒翼が一斉にその場を離れる。

次の瞬間、礼拝堂に放たれた爆弾が白熱した光を放ち――


ドォォォンッ!!


激しい爆音がレムナスの空を裂いた。

炎が塔を包み、信者たちの悲鳴が街に響く。

黒翼は煙に紛れ、次の目的地へと駆けた。



【聖理協会・神道会館】


カイゼン・アドラーは聖堂の裏にある会館にいた。

彼の前で、聖職者たちが頭を下げる。


「あなたには多くの救いをいただきました。どうか、この地を自由にお使いください。」


カイゼンは俯き、小さく呟く。

「……すまない。」


次の瞬間、衝撃が会館を揺るがした。

聖職者たちが悲鳴を上げ、瓦礫が落ちる。


窓の外――礼拝堂が炎に包まれていた。


「……来たか。」


カイゼンはゆっくりと外に出る。

逃げ惑う市民の中、黒いマントの影が見えた。


「見つけたぞ。」


彼が掌を掲げ、低く詠唱する。


「――《クロノ・ロック》」


音が止んだ。風が止んだ。時間が止まった。


カイゼンの世界に、音は存在しない。

その静寂の中で銃を構え、一発、撃つ。


再び音が戻る。

世界が動き出すと同時に、銃弾が血を散らした。


「カラムさん!!」

黒翼の悲鳴が響く。


腹部を押さえ、カラムが倒れていた。


「……いつ、撃たれた……?」

血が指の間を伝い落ちる。


アシュが周囲を見回す。

「銃声なんて、聞こえなかった……!」


煙の奥から、ゆっくりと男が歩いてきた。


「久しいな、カラム君。」


「……カイゼン、さん。」

カラムが苦痛に顔を歪めながらも呟く。


リズが目を見開いた。

「誰……この人……?」


革命軍リバースオーダーのリーダーだ。」


「!?」

黒翼の全員が一斉に武器を構える。


「威勢がいい子たちだ。」

カイゼンは微笑み、ゆっくりと銃を下ろした。


「私はもう戦うつもりはない。――私の死が、世界を目覚めさせるのだ。」


「何を言ってる……!」カラムが怒鳴る。


「君たちは世界の真実を知らない。

帝国に潜む闇を暴くため、私はリバースオーダーを作った。」


アシュが吠える。

「テロで世界を救うだと!? 冗談じゃねぇ!!」


ネロが血に濡れた手を押さえながら低く言う。

「あなたのせいでどれだけの市民が犠牲になったと思ってるんですか……!」


「分かっている。……だから、ここで死ぬ。」

カイゼンの声は静かだった。

「私は帝国の元研究者だった。

人を兵器に変える研究をし、罪を積み重ねた。」


リズが息を呑む。

「帝国の……研究者……?」


「私は罪を贖う。そして――新しい世界を託す者がいる。」


カラムが槍を構えた。

「悪いな……カイゼンさん。

俺は何が正しいかなんてわからねぇ。ただ、今はお前の敵だ。」


槍が閃き、カイゼンの腹部を貫く。

血が床に滴り、カイゼンは膝をついた。


「……クロノ・トラベル。」


「何だ!?」黒翼が身構える。


だが、カイゼンの身体は崩れ落ちるだけだった。

その瞬間、レムナス上空が昼よりも明るく光った。


「この魔力……何だ……!?」

リズが目を細める。


カイゼンの亡骸の上空に、光が渦を巻く。

そこに、白い羽のような光を纏った影が降り立った。


「――カイゼンさん……!」


セリウスだった。

怒りと悲しみが入り混じった顔で、黒翼を見下ろしている。


「天哭(てんこく)!」


セリウスが双剣を天に掲げた。

空が裂け、無数の光矢が降り注ぐ。


「防壁っ!!」

カラムが最後の力を振り絞り、魔力を展開する。

地を覆う光の雨が黒翼を貫こうとする中、

カラムの防護壁が一瞬だけ彼らを守った。


「うおぉぉぉぉっ!!!」

轟音と共に光線が炸裂。

爆風で黒翼の面々は吹き飛ぶ。


周囲の建物や地面に亀裂が入り、周囲の広範囲に衝撃波が走る。


カラムはもう立てなかった。

リズが叫ぶ。

「カラムさん!!」


「行け…。逃げろ!!」

カラムは声を振り絞る。


「こいつの魔力化け物みたいだ…。」

アシュが焦りを見せる。


誰もが絶望したその瞬間――


空が黒く染まった。


「――絶空(ぜっくう)!!」


闇が音を奪い、黒い閃光がセリウスを襲う。

双剣が交差し、光と闇がぶつかり合う。


リヴィアだった。

傷だらけの身体で、彼女は再び仲間の前に立つ。


「……もう大丈夫。遅くなってごめんね。」


リズが泣きそうな顔で笑った。

「リヴィアぁぁ……!」


セリウスは双剣を構えながら言う。

「やっぱり、君だったのか。……リヴィア。」


「久しぶりね、セリウス。……あなた、一体何をしているの?」


「僕は、世界を救うんだ。」


リヴィアは眉をひそめる。

「世界を救う? あなたが?」


「リヴィア。僕は君と戦いたくない。退いてくれ。」


「嫌よ。この人たちは――仲間なの!」


セリウスの瞳が揺れる。

「じゃあ、僕たちは? あの頃は家族だったじゃないか!」


「……あなたがそれを言うの?」

リヴィアの声が震える。

「傷だらけの私とグレイを置いて、姿を消したのは誰!?」


沈黙。

リズとアシュは言葉を失って二人を見つめていた。


「……なんで置いて行ったのよ、セリウス……。」


「リヴィア……」

セリウスは目を伏せ、そして言った。

「だが、その仲間たちは……恩師の仇だ。」


「こんな傷を負わせておいて……よく言うわね。」


「もう帝国に染まったんだな。」


「染まったかどうかなんて知らない。――でも、この人たちは私が守る!」


カラムが弱々しい声で言う。

「……もういい。……任務は果たした。俺を置いて……行け……。」


「嫌よ!」

リヴィアが叫び、レイピアを構える。

「あなたを置いては行けない!」


セリウスが双剣を構える。

「やる気なのか……。」


「あなたがそうさせたのよ。」


闇と光がぶつかる。

閃光が爆ぜ、空間が裂けた。


――そして、視界が白に包まれる。



【十年前 エルデナ王立魔法学校・中庭】


「セリウスー!!」

芝生の上で、猫のように寝転ぶ少年に、少女が声をかける。


「また授業サボって……何してるのよ。」


「こんな晴れの日に教室にいるなんてもったいないだろ?」

セリウスが笑う。


「理由になってないわ。」

隣で笑う少年――グレイが言う。

「こいつ、テストも寝てたしな。」


「ははっ、それでも成績はお前より上だったけどな!」


「うるさい!」


青空。笑い声。

それは、戦火の訪れを知らぬ日々の記憶。


リヴィアはその記憶の中で――微笑んでいた。

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