第2話 探し物はなんですか?②
木と木が擦れて軋む音が、静かな事務所の空気を刺す。躊躇いながら一歩足を踏み出した小柄な影は、戸惑いながらも前へ進む。
「......あの、ここって失くした物を探してくれる、探偵事務所だって聞いてきたんですけど」
歳はひよりと同じくらいだろうか。
小柄な体躯に、小さく結ばれた髪がフワフワと揺れる。
「何か無くされたんですか?」
九十九と少女の間に挟まれたひよりが、問いかける。
「......実は1週間くらい前に、お守りを失くしてしまって」
「お守りですか?」
「そうです。一昨年亡くなった、おじいちゃんから貰ったお守りなんですけど、気が付いたら無くなっていて......」
俯き話す少女は、両手を胸の前でぎゅっと握りしめていた。
「今までほとんど気にした事なかったのに、失くなったことに気が付いたら、急に探さなくちゃって気になってきて......」
少女の言葉に机のペン立てに置かれた万年筆が、カタカタと音を立てて揺れる。
「私おじいちゃんのこと、顔も、声も、あまり思い出せないのに、このお守りだけは無性に失くしたくないって思うんです」
変ですよねと、朱里が苦笑いする。
「......いいね」
九十九は机の紙山の中から、ゴソゴソと古い用紙を一枚引っ張り出すと、万年筆で何かを書き始めた。
「どうぞお掛けになって下さい」
九十九の反応を見たひよりが、少女をソファへと誘導する。
「あの、あの人は何をしてるんですか?」
一心不乱に紙に万年筆を走らせる九十九を見て、少女がひよりへと問いかける。
「気にしないでください。あの人、依頼を受けると、周りが見えなくなるんです」
ひよりの回答に少女は、はぁと小さく声を漏らした。
窓から差し込んだ光が漂う埃に乱反射し、視界を白く染めていく。
少女はソファの端に浅く腰掛け、身体を落ち着きなくモゾモゾと動かす。
「......できた」
九十九が動かす右手を止めて、ゆっくりと少女に視線を向ける。
「この紙に、名前を書いてもらえるかな?」
古い時計の秒針のような声が少女の鼓膜を打つ。
九十九の差し出した古紙を、ひよりがさっと受け取る。
「ひより君、彼女にペンと机を用意してあげてくれるかな」
小慣れた様子で、ひよりが丸テーブルとペンを準備する。
「えっと......」
ペンを渡された少女の手が、空中で止まる。
渡された紙には、見たこともない図形と、意味のわからない線が何本も並んでいた。
「ここと、ここに、お名前と、失くした物を書いて下さい」
ひよりが、右手で紙の上を指差す。
「できる限り、失くした物のことを、強く思って書くようにね。こう言うのは本当に大切にしていた人の想いが、重要だからね」
もちろんフルネームでねと、九十九が付け加える。
氏名:栄喜 朱里
失せ物:お守り
朱里のペン先が、紙の上をなぞる度に、古い紙の端が僅かに震える。
「......終わりました」
朱里がゆっくりとペンを下ろす。
「ありがとうございます」
ひよりに回収された紙は、九十九の手に渡る瞬間、まるで鉄板のようにピンと張り詰める。
「うん、まだ縁は繋がっているようだね」
九十九は紙に落とされた光を見つめる様に、静かに目を細めた。
「あのッ!、私のお守りは見つかるでしょうか?」
縋るように問いかける朱里の瞳は、真っ直ぐ九十九へと向けられている。
「物というのはね、思いが深くなればなるほど、迷子になりやすくなる。そして失われていた時間が長くなればなるほど、辿りにくくなるものなんだよ」
九十九はそう言うと、机の上の羅針盤を無造作に手に取り紙の中央にそっと置いた。
「君は失くしてまだ日が浅いからね、辿るのはそれほど難しいことじゃない」
九十九の指が軽く針の端を弾く。
羅針盤の針がまるで何かを探すように、クルクルと勢いよく回り始めた。
静かな緊張が朱里の周りを漂う。
しばらく回っていた羅針盤の針は、次第に減速していき、ゆっくりとその動きを止める。
九十九はゆっくりと目を閉じ、止まった羅針盤の針を指でスッとなぞる。
「うん。大体わかったかな」
そう言うと九十九は黒い革の椅子から立ち上がり、そばにかけてあった淡い栗色の帽子を手に取った。
「さあ、では朱里さん。さっそく君の思い出を探しに行こうか」
手に持つ古紙が淡く光を宿していき、じわじわと紙のある一点に集まり始めていた。
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