第3話 王への脅し
そうして。
姫はまるでいじけた子どものように、僕を恨めしい目つきで見つめて。
――その日は結局、それ以上の問答もなく解放された。
唇を噛んで、無言でぐいぐいと僕を部屋から追い出す姫は、本当にただの拗ねた子どもみたいだったけど。
でも、姫が納得していようといまいと、手続き上はすでに退職願いが受理されているんだ。この国を引っ張っていく姫にとっては、一時の気の迷いみたいなものだから。
お互い大人になろうと、そう心で呟いて姫のもとを去り。
そして、夜が明けて――。
――明くる日の朝。
宮廷魔術師用の宿舎にて、今日中に引き払うべく荷造りを進めていたんだけど。
唐突に、部屋の扉をノックされる。
「――はーい。どなたですか?」
こんな朝早くに。
ちょっと嫌な予感を抱えながら、すぐに扉を開けに向かうと。
「ええと……。どなたですか? それに、要件は――って、あなたはたしか」
「どうも、朝早くにすまないけど。急用がある」
「急用?」
この人が着ている、グリフォンの紋章が縫い付けられたローブ。これは僕と同じ宮廷魔術師団員である証。
それにこの顔も見覚えがある。たしか団長とよく話してた、団長付きの方じゃないかな。
そんな人がいったい何の……。
「――団長が君をお呼びだ。今日で辞めるやつに何を言うのか知らないが、とにかく来てもらおうか」
なるほど、団長からの呼び出し。もう今日から僕は宮廷魔術師じゃないけど、無視するわけにもいかない。
ということで。
「まったく。なぜこの私が君ごときのためにこんな朝から……」
「あはは。すみません」
ブツクサ言う彼の後ろをついて、王宮内を進むことしばらく。団長の執務室へと到着する。
「団長、失礼します。やつを連れてまいりました」
僕は同僚とあまり折り合いが良くなかったからね。とてもぞんざいな扱いだ。
だけど、団長もそれを咎めるようなことはない。立派な執務机で僕を待っていた、威厳ある髭を生やした団長は、僕を連れてきた団長付きの同僚に言った。
「ご苦労だった。もう、君は下がってよい」
「は……? あの、いつも通り私もここに――」
「――ならぬ。今から話す内容は機密につきな」
機密? なんか一気に胡散臭くなってきた。
団長付きの彼は非常に不満そうな顔で僕を睨みつけ、それでも大人しく退室していった。僕のせいじゃないんだけどね。
そうして、二人きりになったことを確認し、団長は言った。
「――アルベルト・コール。君は今日から、上級宮廷魔術師に昇格だ」
「え? しかし僕は、昨日付けで辞職のはずでは」
「……ああいや、先ほどの発言は正確ではなかった。昇格は昨日、君の辞職願いを受理する前。そして、役付きになった君に対し――特殊人材保全の権利を行使しよう。これにより、君は自分の意思で自由に職を辞することはできない」
「な……」
特殊人材保全? それって、国家の維持に重要な人物を確保し、他国への流出を避けるためのやつじゃ。
そんなの、僕に関係な……うわっ。団長、めちゃくちゃ渋い顔してる。
もうわかった、これ絶対あれだ。――姫がなにかやったな。
「上級の位は本来、固有魔術も持たない君のような者に与えられるものではないのだ。……それをまさか、君の方から嫌とは言うまいな?」
団長、見るからに機嫌が悪い。
そして、ただの末端でしかない僕に、正規のルールに則っているらしい姫や団長の意向を断ることなんてできない。
……気になるのは、姫がどうやって団長を陛下の指示に逆らわせたのかだけど。そこにこの不機嫌の理由があると見た。
「それで、答えはどうだコールくん」
「……ええ。そのご指示、謹んでお受けいたします」
ふんっ、と鼻を鳴らす団長。もしかしてこれ、僕が姫に頼んで辞職を取り消させたとか思ってないかな。とんだとばっちりなんだけども。
「であれば、これで話は終わりだ。これ以上ここに残る用はないな? コール上級魔術師よ」
「……はい。それでは、失礼します」
返事もない団長に頭を下げ、退室する。
そして、そんな僕が次に行く場所なら決まってる。――そう、姫の執務室だ。
この時間なら、いつも姫は政務を始めているはず。
僕は足早に執務室へ向かい、ノックに返事があったを確認して中に入ると。
「――なっ。こ、国王陛下?」
「……ッ君は、コール」
執務机につく姫の正面には、姫とは違って金髪で、いかにも貴族的な壮年の男性。姫の父である国王陛下が。
ちょっと、姫。なんで陛下がいるのに入室に許可出しちゃったの……。
というか、絶対いま二人僕の話してたよね。そこに本人が突入するって、とんでもなく空気が読めていないのでは。
「話はまた後だ……キルリエラ。とにかく、私はこのことに納得していない。魔術師団長もたいそう腹を立てているし、君のやったことは単なる時間稼ぎに過ぎない」
うわ、バチバチだ。なるほど、陛下が僕をクビにしたことは言えないから、団長からの抗議という体で来てたのか。
でも、姫は冷たい表情で何も言い返さない。ため息を吐いた陛下が踵を返して、扉――つまり僕の方へと歩いてくる。
黙って道を開けたけど、横を通る際に陛下は小さく一言。
「うまく取り入ったものだ。もうここから先、温情などかけはしないぞ」
――いや誤解なんですけど。
……これどうしたものかな。団長に誤解されるのも嫌なのに、国主から敵認定されたらいよいよ詰んでしまうんだけども。
ただ、反論しようにも聞いてもらえるとは思えないし、あいまいに困った笑みを浮かべるしかないという。
そんな僕を睨みつけ、退室しようとする陛下。
その、瞬間だった。
「もし、アルベルトに直接危害を加えようなどとすれば。そのときは、私が持てる権限、能力の全てを使って。――王位を簒奪します」
「――!」
え? これ言っていい……わけないよね。普通なら、即投獄ものでは。
姫の表情は、どう見ても冗談を言っている風じゃない。
怒りをあらわにするでもなく、ただ心を閉ざして氷のような眼差しを陛下に向け。淡々と、事実を口にしただけという表情。
しかも、現実的に有り得なくはない立場で言ってるのがたち悪い。ほら、陛下もちょっと青ざめてる……。
「べ、べつにだな、キルリエラ。なにも、君の意思を全て無視しようなどとは思っていないよ。ただ、もしも君が良くない者に入れ知恵でもされているのではと……」
「それはつまり、こういうことですか。陛下が重要な政務を任せている私は、自分で正確な判断もできないような者だと」
「そ、そうは言っていないけれどね……」
氷のような姫の舌鋒にたじたじだ。初代アトラス王の再来と言われる姫には、さすがの陛下も分が悪いみたい。
「と、とにかく……! なにも今、すべてを決めようと言ったわけではないんだ。この件は一度持ち帰って、私もじっくり考えてみる。話はその後だ」
陛下は早口でそう言うと、「では失礼する」と言い残し、逃げるように部屋を出て行った。
「じっくり考えようが考えまいが……私はけして意見を変えないけれど。まあ、いいわ――」
そして、姫は部屋に残った僕を見る。
変化は顕著だった。まるで、冬の間かたく閉ざされていた雪山の大地から、春の草木が芽吹くように。あるいは、幼子が親を見つけて喜ぶように。
姫はすこしはにかみながら、にっこりと笑った。
「――おはよう、アルベルト。朝から会いにきてくれたの? ……うれしい」
さっきまでとの落差よ。
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