鏑矢高校魔術部同窓会 第二話
なんやかんやあったが、俺達鏑矢高校魔術部同窓会メンバーは無事に九頭竜島に到着した。海龍が現れた余波でズブ濡れになった俺達は、ひとまず洗濯物が乾くまではという事で水着に着替えて海へ出ていた。時刻は十五時丁度、ハワイの白砂を導入しているというビーチはマトモに立っていられないほどに熱くなっており、俺達は逃げるように海に飛び込んだ。こうやって初日に海水浴の時間を取るために午前零時集合のアホみたいな日程になってしまったが、明るいうちから海で泳ぎたいという女性陣の要望に俺達は逆らえなかった。
その理由の全てがそこにあった。部長、美憂ちゃん、霧花さん。皆自分の容姿に自信があるのか、やたらと派手な水着で大変眼福である。もうこれだけで、辺鄙な離島までやってきた甲斐があるというものだ。
まぁ、水着の褒め方が良くなかったのか、霧花さんには怒られてしまったけれど。今はこの海の冷たさを楽しもう。胸のすくような蒼穹の下で、プカプカと浮かぶだけというのもまた乙なものだ。ハンターは個人事業主だ。働こうと思えばいくらでも働けてしまうからこそ、こういう時間は貴重だろう。だが、どうしてもこうやって何もしないで居ると考えてしまう事があった。
「あの龍は、おそらくは百年単位で生きている王の類だ…………白銀の海蛇、特徴に合致する伝承に覚えはない。帰ってから調べればその正体が分かるか? いや、もしも人界に現れるのがコレが初めてだとすると」
普段姿を現さない魔物が、人間の領域近くで目撃される。それは決して偶然などではなく、その行動の背景には必ず環境の変化が潜んでいる。ドングリの不作と里山の人口減少によって熊の出没例が増えるのと同じようなものだ。
「何かが引っ掛かる……俺達は何か重要な見落としをしているような気がする」
そんな風に考えこんでいると何かが流れてくる。それが避けることなく浮かんでいる俺にぶつかり、その思考を中断する。苛立ち紛れに右手でそれを払いのけると、思いのほか柔らかく冷たい感触にギョッとして、そこで初めて俺はそれが友人の
「な、なんだぁ?」
笹塚は白目をむいて完全に気を失っており、その額には大きなコブができていた。彼が流れてきた方向を見やると、浅瀬でビーチボールをする連中の姿があった。部長、久瀬、美憂ちゃん、霧花さんの四人が、それぞれ空気の破裂する音を響かせながら音速で飛来するビーチボールを打ち返している。本来ならそんな負荷に耐えられる筈もないビニール製のスイカは、魔術による強化を受けているのか、その着弾音は落雷もかくやという轟音となっていた。
「随分とヒートアップしてるな……」
武闘派とは言い難い笹塚には辛い世界だっただろう。あと、そろそろ美憂ちゃんと久瀬が辛くなってくる頃か、というか久瀬のアレは参加しているって言うのか? 霊視で軌道を予測して必死に逃げ回っているようにしか見えないが。
「避けろ鷹峰!」
そんな部長の声に応じて、少し頭を下げる。その少し上を物凄い勢いでビーチボールが通り過ぎていった。危ないから本当にやめてほしい。まぁ言っても聞かないだろうけど。そういえば、こういう時部長を止めてくれるメガネ先輩はどこだろうか? 先ほどから姿が見えない。
なんて、周りを見回すと、俺の心配が杞憂だった事がすぐに分かった。近くの岩場、武曽の釣り場のところに彼の姿が見えたからだ。
「なんだ、また先輩の世話焼きか」
武曽は昔から一人になりたがる事が多く、先輩としてはそんな彼女が心配なのだろう。
「あの二人よぉ、昔は付き合ってるのかって勘繰ったけど、結局なんも浮いた話が無いままメガネ先輩卒業しちまったんだよな」
「笹塚、目が覚めたか……あと、それ勘繰ってたのお前だけだぞ」
確かに武曽は先輩の事を慕っていたが、どっちかと言うと
「なぁ、鷹峰ぇ…………あの二人どんな話してるんだろうな?」
「お前まさか」
ニヤリと笑った笹塚は、そのまま岩場の近くまで泳いでいく。二人の会話を盗み聞くつもりらしい。ここでうだうだとあの龍について答えの出ない思索に耽るよりは健全だろうと、俺もそれに付いていく事にした。
「……先輩が言うならいくらでも付き合います」
「ありがとう」
やめろ笹塚、ドヤ顔で見てくるな。確かにビックリしたし、告白現場にしか聞こえないけど、多分違うから。
「今日は疲れが残っている。時間は明日の早朝で構わないかい?」
「分かりました。お互いに万全の状態で剣を交えましょう」
「……なるほど、剣の試合か。先輩に勝ち目があるとは思えないが、何があってこういう話になったんだ?」
「なあんだ、愛の告白じゃねえのか」
一人で残念がってるデブは置いておいて…………妙だ。メガネ先輩、
「何か事情がありそうだな」
◆◆◆
なんだか頭を悩ませる事ばかりで疲れた俺は、頭を空っぽにするために沖の方で疲れ果てるまで泳ぎ続けた。これでも体力仕事の魔物駆除業者だ。海から上がる頃にはすっかり夕暮れになっていた。
「もうとっくに夕食の準備はできているのに、あなた一体どこで何をしていたの?」
我らが霧花さんが呆れ顔で出迎えてくれた。その背後では、バッチリ準備が完了し既に良い匂いを漂わせ始めているBBQがあった。
「すっまん。泳ぐのに没頭して準備手伝うの忘れてた」
「…………らしくないわね、まるで考えなしの馬鹿だわ」
「はい、仰る通りで……」
稲崎家のお手伝いさんは濡れた服の洗濯や、長いこと使っていない別荘の掃除で忙しい。食材を浜辺まで運ぶのは俺達の仕事だった。まぁ魔術師に性差なんて有って無いようなもんだが、こういう時は荷物持ちに男が出張るものだ。まさか、今回集まった女性陣に「お前等ゴリラなんだから自分で運べるだろ?」なんて言えるわけがないのだ。それこそゴリラに喧嘩を売るようなものである。
まぁ要するに、俺はその荷物持ちに指名されていたのだ。そしてそれをすっかり忘れていた。これも完全に俺が悪い。
「おーいそこの夫婦、そこら辺にしておけよー? そろそろ食い頃だ。まさか私の用意した食事を食えないと言うつもりじゃないだろうな?」
「部長ぉ! 料理したのは殆ど影島妹です!」
「食材を用意したのは私だ! それも金に糸目をつけずにな!」
いつにも増して得意気な部長の声に目を向ければ、もうBBQは良い感じに仕上がっているようだった。俺はまだ少しムスッとした霧花さんに手を合わせて謝ると、その脇を通って夕飯に向かう。申し訳なさはあるが兎に角、ここはロケーションが良い、この光景を見ているだけで少しテンションが上がる。
「やあ鷹峰君、ホタテいるかい?」
「先輩、人の世話してないで自分の分取ってください」
「あっ笹塚先輩、どいてくださいアンタ見栄え悪いんですから」
「なんだとぉ!?」
「よぉ! 鷹峰の……嫁! 楽しんでるか!」
「遠城です。えぇ、楽しんでますわ」
すぐにBBQ会場は賑やかになる。皆体を動かした後だからか、普段よりも声が大きい。酒も入っていないのに酔っぱらいのようにうるさいが…………悪くない。こういう楽しいだけの騒がしさは、何年ぶりだろう。
さて、そろそろ考えなければならない頃合いだろう。この食事が終わると、俺達は稲崎家の別荘で着替えて、そのまま別荘裏の山へ入ることになっている。次元超越してきたタイムカプセルの着弾予想地点がそこだからだ。肝試しがてら夜の山道を堪能し、タイムカプセルを回収し、俺はそこで霊翔環…………鷹峰家の至宝をどうにかして破棄しなければならない。
俺があの指輪に選ばれた人間である以上は、鷹峰家のしがらみから逃れる事はできない。俺の意思に関係なく、俺はあの家を継ぐことになってしまう。そして、そうなる事を望んでいる人間が居る。言うまでもないだろう。遠城霧花……彼女は俺の計画に勘付いてる節がある。正直に言って、彼女がここに居る事すら想定外だ。彼女への対処は全てアドリブになる。
とは言っても、今の俺に思いつく策はそう多くない。その中でも最も穏便な手を実行するには一つ条件があった。
「笹塚、少し相談したい事があるんだ」
そう言って俺は、現状最も信頼できる友人を少し離れた木陰に連れ出した。
「実はお前に頼みたい事があって」
俺は今自分が抱えている問題。それを解決するために協力して欲しい事を伝えた。協力者が一人。それが、件の策を実行するのに必要な最低条件だった。
「なんだぁ? そんな事のためにお前そんなシリアスな顔してたの?」
「あのな? シリアスな相談なんだよ、これ一応」
「でも俺さぁ、お前が鷹峰家の当主になって、美人な嫁さん貰って家業を継ぐってなったところでよぉ、羨ましいだけで、悲しくとも何ともないし」
「ならお前…………今やってる仕事やめて、俺の代わりに鷹峰家の当主になれって言われたら? 言う通りにするのか?」
「俺にできる事ならなんでもする。俺はお前の味方だ」
果てしなく変わり身が早い。魔術工学の研究者だったか、よほど今の仕事が気に入っているらしい。俺もコイツも、行きたい道に行けた幸せ者だ。その幸せを守りたいという、その言葉以上に必要な説得はないのだろう。俺は、具体的な計画を笹塚に伝えた。
「でも残念だなぁ、お前が鷹峰家の当主になれば、鷹峰家の出資で好きなだけ研究できると思ってたのに」
「携帯型魔道具による飛行魔術の実現だったか? 良い研究なんだからいくらでもパトロンは居るだろ」
馬鹿言えと冗談めかす笹塚の背中を叩く。コイツの研究に金が集まらないなんてあるわけない。上手くいけば、人間の生活様式を大きく変える大発明になる。大型ドローンよりも一足先に人間の生活圏を空中に移し、歩道を歩くような軽い気持ちで宙を舞う時代を実現させるかもしれない。それは意義深い話でもあるし、金になる話でもある。そんな未来へと思いをはせる俺の横で、笹塚はぼそりと呟いた。
「どうかなぁ……パンピー生まれのにわか魔術師の苦労は、お前には分からないさ」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもぉ?」
そうか、なら良いけど。
あの後、俺は急いでBBQ会場に戻って夕食を食べ始めた。できるだけ早く食い終わって、しなければならない事があるからだ。牛の赤身肉、帆立、伊勢えび、トウモロコシにピーマン玉ねぎ等の野菜類。美憂ちゃんが作ったというハンバーガーや野菜チップス。カリカリのバゲットにアツアツの肉を乗せて、アボカドのディップソースと食うと、それはもうたまらないくらいに美味かった。
「先輩、これ見てくださいよ! すごいっすよ!」
「あぁ?」
俺は最後の一口、肉を口に運ぶ直前に声を掛けられ、咄嗟に振り向いた。正直に言えば、既にこの時点で嫌な予感はしていたんだ。だが、飯を食う事に集中しすぎていた俺は、無防備にもアホみたいに口を開いたまま振り返ってしまった。その瞬間、赤い何かがニュートンビーズのような不自然な動きとスピード感で俺の口の中に飛び込んできた。
「ん"っ!? ゲホッゴホッ……アッ、辛ッ……!!!」
激痛と共に口の中が燃え上がる。俺はその何かが液体、それも唐辛子系の液体、おそらくはタバスコである事を察した。スッと差し出されたミルクティーで舌を洗い、俺は大笑いする下手人を睨む。
「お前なぁ! 良い歳こいてなぁ!」
「アハハハハハ!! すんません!」
久瀬……コイツは本当に変わらないな。昔からこういうしょうもない悪戯が好きな奴だったが、二十代も後半に差し掛かろうというのに、まるで成長していない。いっそ清々しい。
「でも先輩の驚く顔すごい面白いんすもん。十年そこらで忘れられるもんじゃないっすよ」
「あまり調子に乗ってると呪うぞ本気で」
コラそこの許嫁! わかるわかるって顔で頷いてるんじゃないよ。全く、折角人が謀略を巡らせてシリアスぶってたのに。台無しだろ。色々。
「で? 今度はどんな玩具を使ったんだ?」
コイツが悪戯を繰り返す理由には色々ある。勿論、今さっき語ったように俺の反応が気に入っているからというのも嘘ではない。だが、もっと他にも理由がある。小さいものから言えば、俺がさっき言った「呪うぞ」という言葉。アイツは俺の使う魔術にかなりの興味がある。呪ってくれるなら是非呪ってほしいというのがその言い分だ。
しかし、やはり一番の理由は悪戯が好きだからというものだろう。コイツは悪戯が好きなんだ。もっと言えば、魔術的な効果のある道具、魔道具を応用した悪戯が死ぬほど好きだ。新しいのが手に入るたびに新しい悪戯を思いつき、それを俺で試しているのだ。
「今回使ったのはこの高速戦闘用霊薬瓶っすね」
そう言って白くて細長いプラスチック製の薬容器を取り出す久瀬。見たことも聞いた事もない魔道具だ。新作かと問えば「はいっす」と返ってくる。余計なもん作りやがって魔道具メーカーめ。
「高速戦闘中に一々魔法薬飲むのに瓶開けて口に運んでって結構面倒じゃないすか? コレ容器の蓋を開けたら、中の薬が自動で口まで飛んでくるっていう、戦闘職にとってはありがたいお役立ちアイテムなんすよ」
そして、度し難いことに、俺もコイツの用意してくる悪戯を楽しんでいる節がある。久瀬は笹塚とかと同じで、魔術とは関係のない一般家庭の出身、素人ならではの柔軟な発想と言うべきか。そういうのは口では言わないが評価しているんだ。まぁ、それはそれとして、後で”屋外で食ってる物がトンビに狙われやすくなる呪い”をかけてやる。
「あぁ、ミルクティー助かったよ美憂ちゃん」
俺は飲み終わった紙コップを握りつぶし、立ち上がる。気が付けば美憂ちゃんが傍に立って、心配そうにこちらを見ていた。ナイスアシストだ。砂糖入りの乳製品、すなわち市販の甘いミルクティーはこの場合の最適解に近い。
「よく咄嗟に用意できたな」
「たまたまですよ」
そう言って笑う彼女は、控えめに言って天使のようだった。やっぱお医者さんはそこら辺手際が違うな。
「まだ卵ですけどね」
「………………」
…………なんで俺の考えてた事が分かるんだ?
「たまたまです」
「あ、そう」
まぁ、そういう事もあるよな。そうこうしている間もBBQは続いている。俺はそんな光景を少しの間、気配を消して眺めていた。
「すみません部長! 俺、腹ごなしに泳いできます! 後片付けの時間までに戻りますんで!」
「おう! 泳ぐのが好きな男だな、好きにしろ!」
部長の軽快な言葉を背に、俺は再び海へ向かった。自分で言ったように時間が無い。急いで仕込みを済ませよう。何もかも上手くいくとは限らない。思いつく限りの準備をしなきゃな。俺の人生が掛かってるんだ。
◆◆◆
夏の夜、虫の声の騒がしい山道を、水着から着替えた男女が登っていた。戦闘は案内役の部長と島の管理者をしているという執事の野木さん。そのすぐ後ろにメガネ先輩。俺達後輩はその後ろをゾロゾロと付いていってる状態だ。
「肝試しと言っても、あなたと一緒じゃ興覚めね?」
「その割に楽しそうですね霧花さん、歩きづらいから腕組むのやめません?」
そんなカップルみたいな事を言いながら、霧花さんと最後方を歩く。流石は無人島と言うべきか、道はかなり鬱蒼としていて、見通しが悪い。野木さんがマチェットで道を作ってくれるから、辛うじて前を見失う事は無いが。見通しが悪いというのは、それだけで恐怖を煽るものらしい。武曽が凄く不満そうな顔で久瀬の背中に引っ付いてる。普段はクールぶってる彼女だが、こういうのには弱いらしい。十年越しの新事実だ。
「鷹峰は歴史ある霊媒の家系だからなぁ、本気で悪霊とか出てきてもあっと言う間に祓っちまいそうだ」
「うん、頼もしい」
「逆に先輩が居るせいで変な霊とか寄ってきそうっすけどね」
霊媒、霊的世界と現実世界の仲介者。笹塚の言う通り、鷹峰家の歴史は古く、その霊的素質の高さから多くの霊媒師を輩出してきた霊媒の大家だ。そんな家の霊媒師が居るんじゃ、確かに肝を試す甲斐がない。どんなに恐ろしい現象が起きても、俺にはそれが霊によるものかそうじゃないかすぐに分かってしまうし、仮に霊が居たところで、対処できてしまう。だからまぁ…………
「痛ッ!」
色々な意味で、俺はここで退場するべきなんだ。わざと太い根を踏み、躓いた俺に、霧花さんも引っ張られて転んでしまう。流石に、二人の人間が転んだとなれば、周囲も気付かない筈がなく。
「鷹峰ぇ!? 何やってんだお前ぇ!」
「大丈夫っすか先輩!」
「どうした後輩共! 何かあったのか!? おい沖田、見て来い」
「分かりました。行ってきます部長」
駆けつけた笹塚と久瀬に、俺と霧花さんはそれぞれ助け起こされる。
「すまん、昼間泳ぎ過ぎて疲れが出たかもしれない」
「あなた本当に大丈夫? こんなドジ……全然らしくないわ」
「立てるかぁ?」
心配する二人にもう一度謝って、俺は何度か左足で地面を踏みしめ、今度は右足をというところで顔を顰める。よし、しっかり挫けてるな。我ながら己の体を破壊するのに躊躇が無さ過ぎるが、まぁ魔術治療すればすぐに動けるようになるから大丈夫だ…………多分。
「右足を
「ありがとう美憂ちゃん」
どうやら靭帯が切れたという事は無く、軽い損傷程度らしいのだが、念のためレントゲンで診てもらうべきというのが彼女の結論らしい。狙い通りの軽めのトラブルだ。俺はこのまま山を登る事はできない。
「いったん、鷹峰君を別荘まで送る必要がありそうですね」
「いや、そんな大丈夫ですよ先輩」
「でも……」
「大丈夫だよな? 美憂ちゃん」
問いかければ、彼女は黙って首を横に振った。これまでの道の険しさを思えば当然の反応だろう。
「分かった。皆が戻ってくるまでここで待つ、流石に今から引き返したんじゃ遅くなりすぎる」
「じゃあ私が付き添います」
「いや、美憂ちゃんも先に行ってくれ、君が直接受け取らないんじゃ何のためにここまで来たか分からないだろ?」
俺の説得に、納得のいってないという顔ながら彼女は頷いた。
「タイムカプセルの中の俺の荷物は、笹塚にでも預ければ良い」
「俺ぇ!?」
「じゃあ、そういう事で部長に伝えるけど……」
「あぁ、それで問題ないぞ」
「あの部長? 結局来るなら僕をパシる意味ありました?」
なんとか思った通りに話がまとまりそうだ。怪訝な顔をしている霧花さんに向き直って、少し笑って見せる。……眉根が寄った。
「霧花さん、一緒に残ってくれますか?」
「そう……そういう魂胆」
ここまで来れば、彼女も気付くだろう。俺が霧花さんを足止めし、その隙に笹塚が霊翔環を回収する。誰にでも思いつく、シンプルな作戦。だが、俺が許嫁なんだから一緒に居てくれよと言えば、彼女はなんだかんだ言って一緒に居てくれる
その瞬間だった。
軽やかに、俺を持ち上げる誰かが居た。背中に背負い「足痛くないかぁ?」とらしくない優しい声で語り掛けてくる。その男こそ…………
「笹塚…………ッ!!」
「大丈夫ですよ部長、鷹峰なら俺が背負っていきますから」
そう言って、小柄な体で俺を持ち上げた男は、背後の俺をチラと見やって…………
「フッ……」
ニヤリと嗤ってみせた。コイツ、裏切りやがった。
「空理さん、鷹峰空理。あなた笹塚さんにお金は払った? 駄目よ、仕事を頼むなら誠意を見せなければね」
「悪いな鷹峰ぇ、今金が要るんだわ」
こうして、俺の十分で考えたお宝奪取計画は、ささやかな友情と共に敗れ去った。
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