学校一の天使が、毎朝俺を起こしに来るようになった件。
城崎
第1話 驚きの朝
目覚まし時計を設定したスマホから、ピアノの音が鳴っている。
けど、俺の意識はそれよりずっと遠くにあった。
夢の中で、誰かが笑っている。やけに優しい声だ。
……ああ、不思議と遠ざかっていくことが分かっているけれど、もう少しだけ聞いていたい。そんな声だ。
遠ざからないでくれ。
そう願っても、笑い声は遠ざかっていく……。
「星野くん、起きてください」
耳元で、俺の現実とは思えないほど柔らかい声がした。
布団の向こうから、微かに花の香り。
「……へ?」
顔を上げた瞬間、視界の中に黒いプリーツスカートの裾が揺れた。
そこに立っていたのは、学園一の美少女――白石凛花。
一部の熱心なファンからは、天使とも言われている、そんな女性だ。
「おはようございます。朝ですよ?」
「……なんで、白石さんが俺の部屋に?」
「昨日、言いましたよね。『寝坊ばっかりしてると、私が起こしに行きますよ』って」
「え!? いや、あれ冗談だと思って……」
「なんと! 冗談じゃありませんでした!」
にっこりと微笑む彼女。
その笑顔がまぶしすぎて、眠気なんか一瞬で吹き飛んだ。流石に天使と呼ばれているだけある。
代わりに、心臓の動きだけがやけに騒がしくなる。
こんな状況になるなんて思いもしなかったから。どうするべきなのか分からない。
いや、朝の時間は刻々と過ぎていくのだから、支度をしたほうがいいのは分かってはいるが。
「さ、顔を洗ってきてください。朝ごはん、もう作っちゃいましたから」
「……作った!?」
「はい。勝手にキッチンをお借りしました。もしかしてダメでした?」
「いや、別にそれはいいんだけど……」
そこはそこまで重要なことではない。
……いや、ある意味じゃ重要か? 台所を汚くしていることを知られてしまったのは、かっこ悪いことだろう。
そこまで考えて……そもそも朝に女性から起こしに来てもらっているこの状況がかっこ悪いことに気がついた。格好つけることができない。いや、別にいいんだけど。
「目玉焼き、ハートにしてみたんですけど失敗しました」
「そ、そう……」
「なんですか、不服なら言ってください」
言いながら彼女は、少しだけ頬を膨らませる。
「いや、ご飯があるだけありがたいよ……」
「ふふ、そう言ってくれるなら何よりです」
最近はゼリー飲料と友達だったから、特にそう思ってしまう。
しかし……『学園の天使』が、俺の台所でハート型の目玉焼きを作っている。
この光景を誰かに話しても、きっと信じてもらえない。
……というか、俺自身まだ信じられていない。
でも、彼女は当たり前みたいに言うのだ。
「これから毎朝、こうやって起こしに来ますからね。遅刻なんて、もうさせません」
その瞬間、確かに思った。
――この生活、早く終わってくれ。
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