ああこれ、ダメなやつだ

 「どう? あんたが想定してたような派手な魔法じゃなくてがっかりした?」


 そう冗談めいたように聞くフラン。しかしフールはその言葉が耳に入っていないかのように、しゃがみ込み花を見つめていました。

 その様子を不思議に思ったのか、フランが声をかけます。


 「ちょ、ちょっと?」

 「すごいよフラン!」

 「ひゃっ!?」


 唐突に顔を上げたフールは満面の笑みでフランを見つめ、それに対してフランは何故か、一歩分距離を取りました。甲高い声を上げたその顔は、驚きに満ちています。

 それにしても、フールがこれほどの笑みを浮かべるのは珍しいですね。レインボーの実を見つけた時も同じような反応をしていましたが、それ以上かもしれません。


 「これ! フランが咲かせたんだよね?」

 「そ、そうだけど。急に顔向けないでよ……びっくりしたじゃない……」

 「あ、ごめん。ちなみにこれはなんていう花なんだい?」

 「名前はリネラ。花言葉は再生よ」

 「……凄い」


 フールはその言葉通り、砂漠に咲いた一輪の花を見つめ続けています。

 この旅の途中、そんなそぶりは見えませんでしたが、フールは花が好きなのでしょうか?

 それに対してこの花を咲かせた張本人であるフランは、フールの様子に困惑の表情を見せていました。


 「あんた変わってるわね。正直こうも食いつかれるとは思ってなかったわ。さっきも言ったけどこの魔法、派手なわけでもないし」

 「いや、他の魔法がどんなものかは知らないけど、この魔法が凄くないわけがないよ」


 しかし、これが魔法というものですか。

 やはりどういった原理かは見当もつきません。しかし、原理のわからないものなどこの世界にありふれているので、言っていてはキリがないでしょう。

 目の前で起きたこの魔法という現象も、それに類するものだということだけは理解できます。

 それはそれとして、疑問に思う部分は他にありますが。


 「一つ疑問なのですが、花を咲かせることでどうして、食料問題が解決するのですか?」

 「ああ、それもそうだね」

 「フフン。何もあたしは一種類の花しか咲かせられないとは言っていないわよ?」

 「と言うと?」

 「まぁ、見てなさい」


 そう言うと、フランはもう一度地面へと手を向けました。

 ローブを翻し、帽子のつばを抑えるフラン。口元に軽く笑みを浮かべてから、フランは言葉を詠うように紡ぎます。


 「《花よ、我が力の下に咲きなさい》」


 そのどこか凛とした声に反応するように、地面が蠢き、小さな芽が育ちます。それが成長すると蔦のように太く、そしてそこには黄色い花弁が花を咲かせました。

 そこまで見届けて、フランは得意げな様子で言葉を紡ぎます。


 「フフン。まだまだここからよ」


 その言葉が示すように、その植物の変化は進み、やがて緑と黒が交互に配色された実が形成されました。これは私の記録上にも存在する植物ですね。その実はずっしりと重く、その内に潜む水分量は全体の約九割を占める果実。

 フールも当然知っていたのか、その姿を見て、感嘆の声を漏らしました。フランは得意げだった顔の口角がさらに上昇し、腰に手を当て胸を逸らし、体全体で感情を露わにしていました。


 「どう? この見事なスイカは!」

 「スイカだ」

 「スイカですね」

 「……」


 問いかけに対して私たちが率直な意見を口に出せば、なぜかフランはジト目になってこちらを見つめてきました。


 「アンタら、もっとなんかないわけ?」

 「えっと、美味しそうだね」

 「ならもっとそれ相応の反応しなさいよ。はぁ、まあいいわ。あんたには最初から期待してないもの」


 その言葉を聞いたフールの笑みがピシリと固まりました。上がったままの口角がヒクヒクと動きます。

 初めての反応ですね。フールの表情など全て見たと思っていましたが、まだ認識が甘かったようです。


 「そうか、それじゃあ仕方ないね。アイ、先を急ごう。フラン、そのスイカ。ちゃんと処理するんだよ」

 「えっ……ちょ、ちょっと? ね、ねぇってば」

 「分かりました」


 フランがどのようにしてスイカを処理するのか、気になるところではありますが、フールが先を進むので遅れないようについていきましょう。


 「あの、フール? フールさん? 冗談、よね?」

 「……」

 「分かった! あたし謝るから! ごめん、本当のこと言って! でもこのスイカすごく重いの。ツタも切れないし。だから、ほらあたしだけじゃ難しいかなって……ね?」


 フランの必死の訴えに、フールの足が止まります。振り返れば、そのことに気づいたフランがニヤリと口角を上げました。


 「フール、ありがと「フラン」う……?」

 「実際、僕はそこまで君に対して怒っているわけじゃないんだ。でもね、一つ言っておきたい」

 「な、何かしら?」

 「君、謝り方がものすごく下手だ。うん、本当に酷い」


 フールの言葉にピシリと動きを止めるフラン。

 それから段々と頬が紅潮していきました。


 「は、はあぁぁあ!? 何よ、ちゃんと謝ったじゃない!」

 「ごめんね、ここまで言うつもりはなかったんだけど。本当のことだからさ」

 「何よそれ!」

 「君の謝り方だよ」


 なるほど、これが喧嘩というものですか。初めてみますね。とても参考になります。

 それに、出会ったばかりのフランはともかく、フールも見たことのない表情や、言動をしています。

 フランの影響でしょうか?

 ともかく、これも含めてこれから観察を続けていくことにします。

 今はフールにフランが迫り、襟首を掴んでユサユサと揺らしているところです。


 何がしたいんでしょうか?


 「大体君のあれはなんだい? 『我が力の下に〜』だったかな。なんで一人称変わるんだい?」

 「詠唱よ! カッコいいんだから良いでしょ! 何か文句あるわけ?」

 「いや、特にないさ。なるほど、カッコいいからやってるのか。特に意味は無いのに」

 「何よっ! あんただって目的地もなく旅してる変人のくせに!」

 「僕は目的地はなくても目的はあるから。君とは違って」

 「はぁああ!?」


 長くなりそうですね。このまま見つめていても新たに発見があるとも思えません。

 幸い方向は分かっていますし、先に進んでしまいましょうか? しかし、今は武器もありません。


 そんな時でした。少し離れた場所に人二人分はありそうな体積の、赤いカニがこちらを見ています。というかだんだんと近づいてきました。

 私と見つめ合うカニ。

 横向きに近づいてくるはずなのに目が合っているという、不可思議な現象に頭を悩ませますが、答えは出そうにありません。


 言い争う二人が気づくこともないまま、カニは私の元へと辿り着きます。すると何を思ったのか、カニは自身の背中をハサミで軽く叩いてから、その場にしゃがみ込みました。


 「乗れということでしょうか?」


 私の問いに対して、カニは両の手のハサミをあげることで答えました。


 詳細は分かりませんが、おそらく肯定を示しているのでしょう。

 それを受けて私は、カニの背中、背中という呼称が正しいのかは分かりませんが、とにかくその辺りに乗りました。

 見た目通り硬い質感でゴツゴツとしています。ですが体積と同じように、平面の面積は広いので窮屈には感じませんね。

 カニは私が乗ったことを確認すると、移動の予備動作のようにその場で足踏みを始めました。


 「「アイはどう思う!? ……え? カニ?」」

 「すみません、途中から二人の声をシャットアウトしていたので、話の流れ……あっ、ちょっとカニさん。まだ話してるので」


 話している途中だったのですが、カニさんが走り出してしまいました。

 ふむ、かなりの速度で景色が流れていきますが、重心が安定していますね。

 しかし、意図せず二人を置いていってしまいました。後ろを振り返ればその姿がどんどんと小さくなっていきます。


 「「……カニー!!」」


 そんな二人の声を最後に、二人の姿は見えなくなりました。

 息ぴったりじゃないですか。


 *


 あたしは焦っていた。妹が攫われたのだ。カニに。砂漠で。


 「いや、どういうことよ」

 「僕もわからないよ」

 「あんたに聞いてないわよ」


 あたしは今、箒に乗って高速で移動するカニを追いかけていた。追いかけていると言ってもカニ本体は見当たらないから、今はその足跡を追っている。

 なんでカニが砂漠にいるのかとか、なんでアイが攫われたのかとか、そこはこの際どうでもいいわ。


 「大体、あんたと言い争いなんてしてなければこんなことには……」

 「君が一人で熱くなっていただけだろう?」

 「はぁ!? あんたねぇ!」

 「ごめん、君と話してる時間はないんだ。先に行ってるよ」

 「ちょっと、待ちなさいよ! てかなんで、ただの走りで私の箒追い越せるのよ!?」


 怖いんだけど。いや本当に。あのカニもそうだけどどういう脚力してんのよ。

 だからと言って置いてかれるわけにはいかないのよね。待ってなさい、アイ。お姉ちゃんが迎えに行ってあげる。

 とりあえず気に食わないあの男より先にアイの元へ辿り着くため、あたしは箒の飛行速度を上昇させた。


 *


 「これって……」

 「うん……遺跡、だね」


 石造りのそれは、この砂漠には似つかわしくないほどの荘厳さを讃えていた。フランと共に追ったカニは、どうやらこの遺跡に入っていったらしい。

 それにしてもアイは無事だろうか? なんか攫われる直前、カニの背中で普通に喋ってたけど。まあ、アイだしね。


 「砂漠のど真ん中にあるなんて……あのカニ、本当にここ入ったのかしら?」

 「砂漠についてる足跡からして、そう考えるのが自然かな」

 「どこまでおかしいのよ、この砂漠」

 「とりあえず入ろうか。罠があるかもしれないから僕が先に進むよ」

 「ええ、せいぜい盾になって頂戴」

 「分かった、置き去りにするね」


 なぜフランはここまで、僕に対して態度が厳しいのだろうか。つい僕も、皮肉めいたことを言ってしまったのだけれど、先にやめるつもりはない。なんか負けた気になるし。

 ということで僕は有言実行すべく、一足先に遺跡へと足を踏み入れた。踏み入れたと同時に僕の足をフランが踏みつけた。

 その顔には綺麗な微笑みが浮かんでいる。なお、目は笑っていない。


 「ねぇ、フラン。重いんだけど」

 「あら、悪いわね。存在感が薄かったから気づかなかったわ。あとあたしは重くない」

 「ごめん。アイを背負ったことがあるんだけど、その時とは比べ物にならなくて、つい」

 「は? あんたがアイを背負った? この、お姉ちゃんたるあたしを差し置いて?」

 「え、そこ?」


 フランからの圧が凄い。目を見開いて穴が開きそうなほどこちらを見つめている。

 というか、気にするところそこなのか。思わず素で聞き返してしまった。

 さらっと放った『お姉ちゃんたるあたし』発言は隅の方に置いておこうと思う。


 「もういいわ。あたしが一番にアイを救い出して、尊敬されてやるんだから」

 「うん、頑張ってね。僕は応援しているよ」


 そう言って僕はフランを追い抜き、全力で走っていく。

 悪いね、フラン。そのポジションは譲れない。僕もアイからの尊敬の眼差しを浴びてみたいんだ。

 だが、僕の行動にフランも黙っていないのか、箒に乗って追いかけてくるのが流し目に映る。


 「ちょっとあんた! 何が『応援してる』よ!? 抜け駆けする気満々じゃない!」

 「何を言ってるんだい? 僕はさっき言った通り、君が罠にかかるといけないから先んじて道を進んでるだけだよ」

 「そう。ならきっとこれも罠ね。《花よ、我が力の下に咲きなさい!》」

 「え、うわぁっ!」


 急激に足を取られる感覚に陥った僕は当然の如く、バランスが崩され前面の床に手をつくこととなった。見れば僕の足下を何か蔓のようなものが巻き付いている。当然フランの魔法だろう。


 「あら、本当に罠があったのね。助かったわ、ご苦労様」


 白々しくもそんなことを宣うフラン。僕を悠々と追い抜いていく間際にこちらへとご丁寧に満面の笑みを向けていた。

 そんなフランの背中へと、僕は剣で足下の蔓を払いながら応える。


 「ああ、うん。そうだね。この程度罠とすら呼べないよ。この罠らしき何かを作った人が、どういう心境で作ったのか気になるね。これじゃあ、子供のいたずらだよ。ああ、もしかしたら本当に子供なのかもしれない。精神が」

 「へ、へぇー。そうなのね。その割には無様に声を上げてすっ転んでいたようだけど……ひゃあっ!?」


 顔を後ろに向けながら飛行していたフランが、途中天井が低くなっていることに気付かず箒から落ちていく。僕はその横を少し屈みながら通り過ぎていく。

 僕はその際にフランへと満面の笑みを浮かべた。


 「子供のいたずらですらない、ただの地形に引っかかるフランには負けるよ」


 そう言ってあげると、フランのこめかみがピクリと動いた。

 僕はその様子を横目に、先へと足を進める。

 しかし。


 「待ちな、さいっ!」


 駆け出していく僕の足を、フランが掴んだ。ついでに爪を食い込ませてきた。地味に痛い。

 見下げると、フランはとても意思のこもった瞳で僕を見つめていた。


 「良い? あんたがここから一歩でも先に踏み出したら、あたしは躊躇なくあんたのズボンを剥ぎ取る」

 「追い剥ぎじゃん」

 「そして引きちぎるわ」

 「え、正気?」

 「正気よ」

 「えぇ……」


 やばい。目が本気だ。フランは本気で僕のズボンを剥ぎ取るつもりだ。これでは僕も動けない。

 フランが僕の動きが止まったのを見て、ゆったりとした動作で立ち上がる。

 これは、僕の負けかな。そう、思っていた。


 「あ、あれ? ね、ねぇフール。この壁……」


 そう言ってフランが、立ち上がる際についた手の位置にある壁を指差した。

 至ってなんの変哲も無い壁。周囲の遺跡の材質となんら遜色の無い。しかし、不自然なまでにその部分だけが壁に押し込まれていた。まるで、隠しスイッチのように。

 壁の奥で、何かが『ガコン』と音を立てた。

 そして僕は、僕たちは地面の唐突な消失により発生した浮遊感の中、悟る。


 ああこれ、ダメなやつだ――と。

 僕とフランは仲良く絶叫に包まれて、暗い闇底へと堕ちていった。

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