星降る夜の逃避行

かぐや姫

第一章 ありふれた"天才"

幼少期は周りとは違う天才だと自信に溢れていた。

何も知らないだけだった。

俺は普通以下の出来損ないだ。



---


「起きろ!白崎、全く高校三年にもなって授業中寝るなんてありえないことだぞ」


授業中に起こされた俺は、周りの視線を感じながら謝った。


「すみません…」


中年教師が苛立ちながらも授業を再開する。

昔なら反抗していただろう、でも今は手をぐっと握りしめている。


「俺ってカッコ悪…」


蝉の音が教室に響き渡り、その音に掻き消されるかのように俺の言葉は消えていった。



---


「さっきの時間、大変だったな!」


俺の肩を笑顔で叩いてきたのは、神谷澄人──幼馴染だ。


「もう、授業終わったのか…」


静かにそう告げると、不思議そうに俺を見つめてきた。


「はぁ?何言ってんだ、チャイム鳴ってただろ。」

「あっ、そう。」


視線を机に向け、また寝ようとした。


「おいおい、次は期末の国語返ってくるだろ〜。気にしなくて良いのか?」

「どうでもいい…どうせ悪いし。」

「なんでだよ、海斗は地頭良いんだからちゃんと勉強しろよ。」

「五月蝿い…」


地頭が良いなんて言葉は嫌いだ。

その言葉に騙され、勉強の仕方も忘れた。



---


「まぁ海斗、俺今回は自信あるんだ!」

そう言って席に戻った澄人に「いつもだろ」と小声で言うと、地獄の時間が始まった。


「白崎君、次は頑張りましょうね。」


案の定テストの点は赤点ギリギリだった。

慣れてしまえば何も感じない。


クラスメイトの一喜一憂の声が雑音のように聞こえ、居心地が悪くなっていた時──


「見ろよ!百点だぜ!」


そう満面の笑みでテスト用紙を見せつけてきた。


「そうか…良かったな…」


こいつみたいなやつが天才と言われるんだろう。


「これで自信もついたし、明日からの夏休み、受験勉強頑張れそうだ!」

「受験か…」


適当に生きていた俺に、重りのように纏わりつく言葉。


「親になんて説明しよう…」


一言呟くと、


「まぁ、海斗の親御さんなんというか、あれだからな、」


そう言うと澄人の口が止まった。

気を遣ってくれたのだろう。ほんとにいい奴だ。



---


地獄の時間も気づけば終わり、誰よりも早く門を出て家に帰った。


「ただいま」


言った所で返事はない。

暗いリビングを抜け、母の寝室に着く。


「今日のテスト置いとく…」


母親の横でそっと口を開く。


「………」


これも慣れてしまえば何も感じない。


「バイト行ってくる」


いつも決まった報告だけ。

母とはもう滅多に会話をしない。


「早くいけ!」


そう怒号を上げる母に何も言わずに寝室を去る。


「いってきます…」


玄関に置いてある笑顔の母とのツーショットに目を向け、鍵を締め家を出た。



---


「すいません!ちょっと遅れました!」


17時を指す長針は少し過ぎていた。


「次から気をつけてね!」


そう優しく叱るのは、この小さい喫茶店を営んでいる店長さんだ。


「ここに来ると落ち着くなぁ」


大きく息を吐いた後、急いで出勤すると店内は静まり返っていた。


「今日は暇ですね〜」

「そうだね〜、海斗君早上がりする?」


店長に俺は即答で答えた。


「はい!!!」


「じゃあ7時上がりね。」


そう言ってクスッと笑う店長に、俺も笑顔で返す。


「お疲れさまです〜。」

「はい、お疲れ〜。」


軽くお辞儀をして店を出た。



---


家には帰りたくなかったので、澄人に連絡し、遊ぶ約束をした。


「珍しいな!お前が俺の家に遊びに来るなんて。」

「まぁ、早上がりだったしな。」

「新作のゲームあるんだけど、やる??」

「やる!!」


久しぶりに遊ぶ俺たちは盛り上がって──


「そら!よーし!俺の勝ち〜!」


煽り気味な俺に澄人は少し拗ねて、


「なっ!それはずるいだろ!」


などと言い合い、二人で腹を抱え笑った。



---


そんな空気を切り裂くように、俺の電話が激しく鳴った。


「母さんからだ、」


部屋の時計に目を遣ると、いつもバイトから帰る時間を過ぎていた。

頭が真っ白になった。


「電話来てるぞ」


その言葉で我に返り、急いで通話ボタンを押した。


「あんた!どこで油売ってるのよ!早く帰ってきなさい!」

「バイト長引いて……」

「しらないわよ!次帰る時間遅れたらバイト辞めさせるから!」


甲高い声が響き渡り、通話が切れる。

時計の音だけが鳴り響いた。


「帰る」


そう一言告げて、自転車に乗り急いで家に帰った。



---


「はぁ…はぁ…ただいま!」


鬼の形相の母が走ってこっちに向かってくる。


「こんなことしてるからテストの点もずっと悪いんでしょ!この出来損ない!」


容赦なく罵声を浴びせて来た。


「それとこれとはまた別…」


俺が口を開く前に母は間髪入れずに言う。


「大体ねぇ、私のおかげで学校に行けてるわけ!ちょっとは親孝行しようと思わないわけ?!」


その時、心のダムが崩壊した。


(俺だって頑張ってるのに、母さんのことを思っているのに)


そう考えれば考えるほど嗚咽が止まらず、言葉が出なかった。


「あんたねぇ、泣くくらいなら私の言う事だけ聞いてなさいよ!」


気づけば顔がぐしゃぐしゃになっていた。


「こんな家出ていってやる!」


玄関の写真立てが倒れるほどの勢いでドアを閉め、呼吸も忘れ走った。走り続けた。



---


そんな時、周りを見ると辺りは真っ暗で、一つの街灯が公園を照らしていた。


「どこだよ、ここ」


当たり前に吸っている空気を、いつもより多く吸い込むとブランコに腰掛けた。


「俺はこれからどうした良いんだろう…」


親の元を離れたいが、大学に行くには親が必要というジレンマに頭を悩ませていた。


「はぁ…」


見上げると、雲の隙間から顔を出した月の光に言葉を零した。


「綺麗だなぁ…」


どれくらい経っただろうか。気づけば月は雲に隠れてしまった。


「帰りたくないなぁ」


ふと、呟いた本音だった。


誰にも聞かれてないと思い弱音を吐いたその時だった。


「どうしたの?そんな顔して?」


そう言ったのは、色白の肌をした制服を着た少女だった。


「え?あっ…」


弱音を聞かれた事が恥ずかしく、言葉を詰まらせている内に──


「私と一緒に逃げない?」


心地よい風が頬を撫で、街灯の光に照らされながら、彼女はそう言ったんだ。



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