第24話 滅びの時を求める者
全ては一通の手紙から始まった。
この世界の文字を理解したシャルロットは、真っ先にファラに手紙をしたためた。他愛のない世間話とアレスの様子を綴り、最後に本題を一言で書き記す。
『アレス様には内緒のお話を、ファラ様と二人きりでしたいのです』
手紙はニャンクスⅡ世とドラコにより届けられ、翌日には再びドラコの背に乗ったファラ本人が尋ねてくるという形で返された。
秘密の話という好奇心をくすぐる言葉が功を奏したことに、シャルロットは胸を撫で下ろす。なお、この日、アレスがジャーマンの元を尋ねる為に不在であるということは織り込み済みのことである。
ファラを自室に案内し、シャルロットは紅茶とお菓子で慎重にもてなす。
当たり障りのない会話から始め、アレスに関することと恋愛の話でしばらく盛り上がる。会話の中でファラの機嫌が良いことを確認しながら、シャルロットはいよいよ本題を切り出した。
「ところで、ファラ様を見込んでお願いがあるのです」
「なになに? あっ、アレスに関することはなしね! ファラとシャルちゃんの仲でもそれはなし!」
「もちろん、アレス様のことではございません。実はファラ様に、暴竜ヴァイオレン様との仲介をお願いしたいのです」
「ヴァイオレンくん? なんで?」
小首を傾げて不思議そうな反応をファラが示す。
シャルロットはわざとらしく声を潜めながら囁いた。
「これはアレス様にも秘密のお話でございます。
「えー? シャルちゃん変なの! そんなのアレスに秘密にする必要ないよ!」
「いいえ、ファラ様。アレス様にお話しすれば、きっと心配されて会うことは叶いません。私とて、ファラ様のアレス様の興味をこれ以上引くのは心苦しいのです……」
申し訳なさそうな顔をするシャルロットに、ファラはたまらず動揺を覚える。
シャルロットの複雑な立ち位置を思えばこそ、ファラはシャルロットに同情的になってしまうのだった。
「分かったよ、シャルちゃん! ヴァイオレンくんに会わせてあげる!」
「まぁ! ありがとうございます、ファラ様!」
「気にしないでよ! だって、ファラとシャルちゃんは、秘密を共有するお友達なんだからっ!」
満面の笑みを浮かべるファラに、シャルロットは一瞬、
シャルロットには友と呼べる者はいない。
全てシャルロットが滅ぼしてしまったからだ。
(友情を築き、崩壊させる瞬間の絶望がたまらなく好き。どうしてという嘆きが心地良い。だから私にとって友とは、利用するもの。そう、ファラ様も同様です。現に利用しているのだから……あぁ、そう定義づければファラ様は間違いなく……)
「ええ。ファラ様は私の大切な、友人です」
それからほどなくして、ファラを通してシャルロットはヴァイオレンと秘密裏に邂逅を果たすこととなる。
ヴァイオレンはファラに好意を抱いていた。
だからこそ、ファラの紹介であるのならとシャルロットに会ったのだ。
そこで交わされた会話こそが、タイフォーンの末路を決定づけたのだった……。
◇
胸元に手を当てて、シャルロットは魔導コアから宝剣カリバーンを取り出す。
剣の形をしたその眩い光が自身の命を刈り取るのだと、タイフォーンは理解した。
シャルロットは地面に頭の半分が埋まったタイフォーンの前で足を止めた。
ごりっと頭蓋が更に地面にめり込む音がする。
更に力を込めたヴァイオレンの足の爪が、タイフォーンの頭にめり込む。
「……主は、なんだ」
掠れたタイフォーンの声にシャルロットは同情を覚える。
そこにはかつて備わっていたであろう生気は薄く、もはや死を待つだけの存在に見えていた。それがシャルロットには哀れでならなかったのだ。
「私は滅びの時を求める者。帝国と皇帝陛下に滅びを与えるには、ドラゴンの力が必要なのです。その為にはヴァイオレン様が長となり、ドラゴンを指揮していただく必要があります」
「何を言う……あちらに攻め入ることに何の意味がある……」
「意味ならあるぜ! こんな狭い土地に固執しなくて済むってデケェ意味がな!」
「どういうことだ……」
息も絶え絶えのタイフォーンの首筋に、シャルロットはカリバーンの刃をあてがう。太い木の幹のようなタイフォーンの首を前にしても、シャルロットは確信していた。
カリバーンに斬れぬものはないのだと。
「私が必要としているのは皇帝陛下と帝国の滅びのみ。後に残ったものには興味がありません。ヴァイオレン様が新たな大陸の支配者となれば、より豊かに、より自由にドラゴンは繁栄していけると、ご提案させていただいたのです」
「なんと愚かな……。この大地であるからこそ、ドラゴンは生きていけるのだぞ……。この地を出てはならぬ。我らは、この地で生きねばならぬ……」
シャルロットはカリバーンを静かに、高らかに掲げる。
カリバーンの切っ先が、木漏れ日を受けて眩しく光った。
「愚かかどうか、是非高みからご覧くださいませ」
冷たく言い放たれた言葉同様に、カリバーンはあつけなく振り下ろされた。
力を籠めることもなく振り下ろされたカリバーンの刃が、タイフォーンの首に埋まっていく。
すとんとカリバーンはタイフォーンの首を斬り落とした。
一万年を生きる竜の最後は、驚くほどに呆気ないものだった。
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