第3話 職人
職人の工房は街の外れ、山に入った所にあった。
随分と古い建物。
それに、至るところにある『モンスター出没注意』の看板。
「雰囲気ありますね」
ルピナはカメラの準備をしながら呟く。
「でも、そんなに危険なモンスターはいなさそうだけどね」
「先生から見れば大抵のモンスターがそうでしょう」
適当に相槌を打ちながら、木の扉をノックする。
少ししてから、ギィ……と嫌な音と立てて開いた。
「……誰だ? 弟子入り希望者か?」
「違います!(キッパリ)」
現れたのは、小柄な老人だった。
背が低く、腰も曲がっている。
だが、目つきは妙に鋭く、こちらを値踏みするように見ていた。
「なかなか見どころありそうだがな」
「違います。取材です(キッパリ)」
「突然失礼する。私はローデン。こっちは助手のルピナ君だ」
「スライムしゃぶしゃぶの職人さんに、お話を伺いたくて」
その言葉を聞いた瞬間、老人の眉がぴくりと動いた。
「……まだ、そんなことを言う奴がいるとはな。聞いてどうする? 後継者にでもなるつもりか?」
「なりません(キッパリ)」
「ルピナ君、ちょっと……」
ルピナの対応にまずいものを感じたのか、ローデンが入れ替わる。
ローデンの後ろに下がりながら、ルピナは思っていた。
ゼルド老人の態度。吐き捨てるような口調。
(これは……。
この人、スライムしゃぶしゃぶが嫌いなんかな?)
「伝統ですからね。記録しておきたいのですよ」
ローデンが静かに告げる。
「伝統……か」
ゼルド老人は鼻で笑い、扉を大きく開いた。
「入れ。立ち話する気はない」
§
工房の中は、意外なほど整理されていた。
壁には鍋や包丁が丁寧に並び、床もきれいだ。
だが、ちょっと違和感がある。
(……広い)
設備に対して空間が余っている。
本来なら、もっと人がいたはずの場所だ。
(誰もいないのに、何かの視線があるような……)
「職人は、あなた一人なんですね」
店主からそう聞いていたが、ルピナは一応確認する。
老人は少しだけ目を伏せると――
「今はな。働きたくなったかい?」
「いえ、まったく(キッパリ)」
「ルピナ君……」
やり取りに、老人は少しだけ笑みを浮かべた。
「昔は5人いた。死んだり、辞めたり。行方不明のもいたな。逃げたんだろうがな」
しかし、続けて語られた言葉は淡々としていて、感情は殆どない。
「それで、だいぶ前からはワシ一人だ。なりたがる奴がいない」
その言葉に、ルピナは思わず頷く。
「不味いですもんね」
「おい」
ゼルド老人が睨む。
だが、すぐに小さく笑った。
「正直でいいじゃねーか。ますます後継者にしたくなったぜ」
「なりませんけどね(キッパリ)」
「ルピナ君。律儀に答えなくていいからね」
繰り返される光景に、苦笑するローデン。
それから、ゼルド老人に向き合って話を続けた。
「八百年続いた伝統じゃないですか」
「だから何だ」
老人はぴしゃりと言う。
「続いていれば偉いってわけじゃない。続ける意味がなくなったら、終わるだけだ」
その言葉は重い。
だが、不思議と悲壮感はなかった。
「けど、あんたらは前に来た連中とはだいぶ違うな」
「前に?」
ルピナが反応する。
「随分前。まだここで働いている連中もいた頃に、あんたらみたいな変な荷物を持って取材だとか言ってる連中が来たよ」
「私らと同じ、魔界からの取材ですかね?」
ルピナがローデンに小声で話しかける。
「何とも言えないね」
ローデンがそう答えている間にも、ゼルド老人の話は続いていた。
「連中は最初からスライムしゃぶしゃぶの事を馬鹿にしていて、こっちの話なんざ殆ど聞いてもいない。結局味見もせずに帰っていったよ」
沈黙が落ちる。
何となく気まずい空気が漂う中。ローデンがふっと微笑んだ。
「ルピナ君。君はどう思う?」
「私? 何がでしょう?」
「この伝統だよ」
ルピナは少し考えた。
「正直、二度と食べたくないです」
「ほう」
「でも……なくなるのは、ちょっと嫌ですね」
ゼルド老人が、じっとこちらを見る。
「不味くて、誰も継がなくて……でも、残ってる。何か、勿体ない気がします」
老人は、しばらく黙っていた。
「……あんた、変な奴だな」
「こっちの人に言ってあげてください」
ルピナはローデンを指さしながら答えた。
ゼルド老人は少しだけ楽しそうな表情を浮かべながら、棚の奥から包みを取り出した。
「なら、明日だ」
「明日?」
「明日なら弟子入りを許そう」
「それは遠慮します(キッパリ)」
「冗談だ」
老人は包みの中身を確認しながら続ける。
「スライムを捕りに行く。本場の『仕込み』を見せてやる」
ルピナの顔が嫌そうに歪んだ。
「それ、危なくないんですか?」
「危ないに決まってる」
老人は、にやりと笑う。
「職人が減る理由の一つだ」
その説明に、ローデンは満足そうに頷いた。
「素晴らしい。実に素晴らしい」
(これ、絶対ロクなことにならない気がする)
嫌な予感に苛まれながら、ゼルド老人とローデンに目を向ける。
二人とも、見るからにやる気満々だ。
(でもまあ、先生がいれば大抵のものは大丈夫か)
ルピナはそう考えて、納得することにした。
彼女のそんな不安をよそに、何かがぬるりと音を立てた気がした。
――気のせい、だといいのだが。
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