白雪と七夜の誓い
つゆ子
第一夜 始まりの島
第1話 目覚め
拝啓、愛しのお兄ちゃんへ。
お久しぶりです。小さい頃、王家を抜け出してはやたらツルツルな石をポケットに詰めて帰っていた、お騒がせカランです。
突然ですが、今私がどこにいるか分かりますか? ここから窓の外を見ると、一面の緑の奥には広い海が広がってて、その更に奥にはごま粒があります。
なんと、あのゴマ粒のようなもの。私たちが最近まで住んでいた島なんですよ。ふふっ、笑っちゃうね。笑えないけど。
「うっ、うっ……どこここ〜!」
こんな独り言、テレパシー能力でもない限り届くわけはないのは分かってる。……それでも、どうかこの声が届いてほしくて、兄妹愛の力を信じて念じてるんです私は。
「助けて、カキラ〜」
なんて兄の名前を呼んで、ふかふかの布団に蹲る。痛いナレーションを脳内で当てた自分に自嘲しつつ、勢いよく枕に顔を埋めた。もう一度永眠できないか瞼を閉じてみたけれど、やっぱり睡魔は一向に来てくれない。
「なんで。誰ですか、私にキスなんてかました野郎は」
ごろんと、寝返りを打って独りごちる。
さっき、脳内ナレーション中に見たあのごま粒みたいに見える島。
あれはハスリーベ島。七つの国が寄り添う、精霊と人間の世界。
『水・炎・風・雷・地・闇・光』
七つの精霊がそれぞれの国を治め、その中央に住む人間は精霊の加護のもとで暮らしている。笑い声が絶えない良い場所だ。
まぁ、無人島にいる私には今関係ないんだけど。
そんな穏やかな世界で、百年に一度だけ訪れる神聖な儀式がある。それは、人間が精霊たちに、感謝を込めて花嫁を贈呈するという恐ろしいもの。
「はぁ。参ったなぁ、この先私はどう生きたらいいんだろう……」
そして、その花嫁に選ばれたのが、よりによってこの私、カラン・スターリアだった。
この行事は、人間が暮らす中央国から一人の娘が花嫁として選ばれる。その後、七属性の精霊代表たちが集まり『我こそは!』という精霊が、嫁に貰うんだとか。運がいいことにこの花嫁伝統で、この女に興味は無いと全員から一蹴されることは未だ一度もなかった。まぁ、今回花嫁である私が不在という非常事態が向こうで起こっていそうな気はするけれど。
それはさておき、人々は精霊の花嫁候補に選ばれた者に敬意を表して、いつしか『白雪』と呼ぶようになった。七人の小人ならず――七人の婚約者。一見とてもロマンチックに感じるけれど、その背景は精霊のご機嫌取り。花嫁は単に生贄である。
「しかし参った困った……。この先どうしよう」
布団から起き上がり、目覚めた私を祝福するように窓から射し込んだ光に向かって、適当に作った紙飛行機を飛ばす。あわよくば、このSOSが誰かに届きますようにと願って。
空を渡る真っ白な飛行機は不安定に揺れながらも、風に運ばれていくそれは次第に小さくなっていく。
「……呪い、かぁ」
小さく呟いて、首元のペンダントにそっと触れる。
太陽に透かした青林檎は、私の瞳と同じオーロラ色。けれど、光を浴びても温もりはなく、ただ冷たく輝いていた。まるで、凍った心みたいに。
この青林檎のペンダントは、私が永眠するきっかけとなった呪いのアイテム。 氷のように透明感のあるその林檎からは、海が透けて見えた。林檎をゆらすうちに、微睡む空気に包まれ思考がぼやけていって……。次第に瞼が重くなり、広がる波音に耳を澄ませば、流れるようあの頃の記憶が蘇る。
――それは、婚約者と顔合わせをする前夜のことだった。
「さぁ、どうする白雪。親友を捨て、くだらない花嫁儀式に身を捧げるか。それとも、この林檎を食べて親友を救うか」
あの日、幻夢に誘い込まれた私は、甘く響く魔女声に立ち尽くしていた。
「食べれば永遠の眠りにつく。目覚めるためには、その唇が奪われた時」
血管が浮き出ているしわしわな手には真っ赤な林檎。灯篭に照らされたそれは、ゆらりと誘惑するように怪しく光った。
「しかし、これは呪いの林檎。もし目が覚めてしまったら。お嬢さんは恋に落ちた時、愛した者を滅ぼすだろう」
「それは、あの子が……望んだ呪いなの?」
震える声を抑えて、何とか返した言葉に魔女はこくりと頷いた。
「これを食べないとあの子が死んじゃうなら、眠るくらいどうってことないよ」
「そうかい。友達思いだねぇ。呪いの期間は三年だ。三年以内に恋をしなければ、お嬢さんはもう一度眠りにつく。それは本当の、永遠さ」
息を吸えば、肺が凍りそうなほど冷たい空気が喉を通った。
差し出された林檎に口づけて、小さくひと口齧る。
「さあ白雪、眠りなさい。もし目を覚ましてしまったら辛い未来が待っている。どうか、目覚めぬことを祈ってやろう」
おどろおどろしい雰囲気を纏っている割に、その魔女の言葉は優しかった。呪いをかけられるというのに、そんなこと思うのもおかしいかもしれないけれど。それでも、どうせならその優しさに賭けてみたいことがあった。
重くなる瞼に抗いながら、必死に息を吸い込む。
「ねぇ魔女さん。私はキスで目は覚めてしまうんでしょう? ならせめて、誰もいない島で眠らせて」
「アッハッハ。よかろう。最後の願い、聞いてやる」
そう私に課せられた呪いはひとつ。
恋をすれば愛した者を滅ぼし、恋をしなければ、永遠の眠りにつく。
親友の独占欲から生まれた呪い。
それでも目覚めなければ、痛みを感じないまま私はきっと幸せに眠ることが出来た。
――でも、私は目覚めてしまった。
波の音が一際大きく響いた。朝日が、思考を起こすように差し込む。あまりの眩しさに瞼を開ければ、何の変哲もない平和な世界が広がっていた。
「だからって、無人島で起きたくはなかったなぁ」
そんな悲壮漂う呟きに、波が静かに寄せては返す。返事をくれたのは、遠くのカモメだけだった。
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