第2話『初めてのダンジョンデート(仮)』

翌日。


俺は信じられない光景を目の前にしていた。


「うわあ……すごい」


目の前に広がるのは、巨大な空間の歪み。

青白い光を放つ、まるで巨大な水面のような「門」。

これが、ダンジョンの入口だった。


場所は東京都下の探索者訓練施設。初級ダンジョン「緑風の森」の管理区域である。


「初めてなんですか、ダンジョン?」


横で、みなとが不思議そうに尋ねてくる。


彼女は今日も制服姿……ではなく、探索者用の装備を身につけていた。動きやすそうな黒いコンバットスーツに、軽量のプロテクター。腰には短剣が二本。

似合っている。というか、完全に様になっている。


「ああ。適性テストで一度入ったきりだ。あの時は何もできずに終わった」


「そうなんですね。でも大丈夫ですよ! 私が守りますから!」


力強く宣言される。

頼もしい。

が、守られる立場というのは、男としてどうなのだろうか。


「榊原さん、神楽木さん」


担当職員が近づいてきた。


「本日の『ペア適性テスト』について説明します。お二人には、初級ダンジョン第一階層を探索していただきます。目標は、最奥部にある『確認ポイント』への到達です」


「危険は……?」


「初級ダンジョンですので、致命的な危険はありません。ただし、魔物は出現します。神楽木さんの実力なら問題ないでしょう」


「はい!」


みなとが元気よく返事をする。

職員が俺に視線を向けた。


「榊原さんには、サポートツールとして『解析グラス』を支給します」


手渡されたのは、片眼鏡型のデバイスだった。


「これは?」


「装着すると、ダンジョン内の魔物や地形情報を解析できます。榊原さんの適性『索敵・解析』を増幅する装置です」


「……そんな便利なものが」


「Eランクでも、適切な装備があれば十分に戦力になります。神楽木さん、榊原さんの指示に従ってください」


「了解です!」


みなとが敬礼する。


……なんだか、すでに俺がリーダーみたいな扱いになっている。


「それでは、行ってらっしゃい」


職員に促されて、俺たちはダンジョンの入口へと歩を進めた。


--------------------


ダンジョンの中は、予想以上に「普通の森」だった。


木々が生い茂り、足元には草が生えている。空は見えないが、どこからか柔らかな光が差し込んでいる。


「これが……ダンジョン」


「初級は、割と現実世界に近い見た目なんですよ。上級になると、もっと非現実的な景色になります」


みなとが歩きながら説明してくれる。

彼女、意外と丁寧だ。


「榊原さん、その解析グラス、使えますか?」


「あ、ああ」


慌てて装着する。


視界の端に、HUD(ヘッドアップディスプレイ)が表示された。地図、方角、そして――


「魔物反応、前方五十メートル」


「おお、すごい! もう感知できるんですね!」


みなとが感心したように言う。

俺も少し驚いた。こんなにはっきりわかるものなのか。


「数は……三体。小型魔物『フォレストスライム』」


「了解です! 行きます!」


みなとが駆け出した。

速い。

一瞬で視界から消えそうになる。


「ちょ、待って――」


慌てて追いかけようとしたとき、前方で戦闘が始まった。


青いゼリー状の魔物――スライムが三体、木の陰から飛び出してくる。

みなとは躊躇なく短剣を抜き、一閃。


「やっ!」


鮮やかな動き。

スライムが一体、真っ二つになって消滅する。

続けて二撃目、三撃目。

あっという間に、三体すべてが消えた。


「……終わった?」


呆然としていると、みなとが戻ってきた。


「余裕でしたね! 榊原さんの情報、すごく正確で助かりました!」


「いや、俺何もしてないけど……」


「情報があるだけで全然違いますよ! 闇雲に探すより、敵の位置がわかってた方が戦いやすいです!」


満面の笑み。


……褒められている。


確かに、俺が敵の位置を伝えたことで、彼女は迷わず動けたのかもしれない。


「じゃあ、次行きましょう!」


「お、おう」


こうして、俺たちの初ダンジョン探索が始まった。


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三十分後。


俺たちは順調に第一階層を進んでいた。


みなとの戦闘能力は圧倒的だった。出現する魔物をことごとく瞬殺する。俺は解析グラスで敵の位置と種類を伝えるだけで、ほぼ何もしていない。


「榊原さん、次の分岐、どっちですか?」


「ええと……右」


地図情報を見ながら指示を出す。


みなとは素直に従ってくれる。


「榊原さんって、指示出すの上手ですね」


「そうか?」


「はい。的確で、わかりやすいです。私、あんまり細かいこと考えるの得意じゃないので、すごく助かってます」


「……まあ、会社でも似たようなことしてるからな」


「え、どんなお仕事なんですか?」


「ダンジョン産出物のデータ解析とか、流通管理とか」


「へえー! じゃあ、ダンジョンのこと詳しいんですね!」


「まあ、知識としてはな。実践は今日が初めてだけど」


会話をしながら歩く。

意外と、話しやすい。

年齢差を感じさせないというか、彼女が妙にフランクなのだ。


「ねえ、榊原さん」


「ん?」


「私たち、ペアとして上手くいくと思いますか?」


唐突な質問。


俺は少し考えてから答えた。


「……まだわからない。でも、少なくとも探索の相性は悪くない気がする」


「ですよね! 私もそう思います!」


嬉しそうに笑う。


その笑顔を見て、少しだけ思った。


(悪い子じゃないな……)


年齢差はあるけれど、性格は素直で明るい。一緒にいて、悪い気はしない。


「あ、目標地点が見えてきました」


前方に、光る標識のようなものが見えた。

「確認ポイント」だ。


「やった! 着きましたね!」


みなとが駆け寄る。

俺も後を追った。

標識に手をかざすと、光が広がり、画面が表示された。


『ペア適性テスト 完了』

『所要時間:32分17秒』

『戦闘効率:98%』

『連携スコア:……算出中』


「連携スコア……?」


「あ、これ、二人の相性を数値化するやつです」


みなとが説明してくれる。


『連携スコア:1%』


「――――え?」


声が重なった。


1%。

最低値だ。


「……嘘でしょ?」


「うわ、私たち全然合ってませんね♡」


みなとが笑顔で言った。


「笑顔で言うことかそれ!?」


「だって、面白くないですか? こんなに上手くいってたのに!」


「いや、面白くない! 俺、すごいショック受けてるんだけど!?」


「大丈夫ですよ、これから上げていけばいいんです!」


能天気すぎる。


だが、彼女のその前向きさに、少しだけ救われた気がした。


「……まあ、確かにな」


「でしょ? じゃあ、次も一緒に頑張りましょう、聡さん!」


手を差し出される。


俺は少し躊躇してから、その手を握った。


「……ああ。よろしく」


「はい!」


こうして、俺たちの連携スコアは最悪のスタートを切った。

でも、不思議と悪い気はしなかった。

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