いってらっしゃい、ふぅ

月兎アリス/月兎愛麗絲@後宮奇芸師

突然の訃報

 吾輩は部活から帰って来ていたのですが、推しのグッズの交換の話があったので、吾輩はとても嬉しい気分でいました。調子が上がって、推しの歌ってみたの一節を歌ったり、痛バの構成を考えたり、病み上がりとは思えないほど心持ちがよかったです。


 帰宅後、父が、のっそり寝室から出てきました。インフルで療養中の父が出てきたので、あ、何か話があるのかな、それとも薬を取りに行ったのかな、とばかり思っておりました。ゆえに顔は単純だったのですが、リビングに入ればそうでもない。思う間もなく母が泣きながら、寄ってきました。


「ふぅちゃんが……」


 吾輩の家で飼っている、いえ、家に住んでいる愛猫のことは、ふぅ、と言いました。雌のサバトラネコでした。鉤尻尾でした。小柄で痩せぽちだったので、少し体調を崩すだけでもたなくなるような、弱いからだだったので、脂肪の爆弾を腹に抱えている吾輩は、いつも愛猫に分けたいなあ、そうしたらもっと楽になるのかなあ、とか思いながら、太っちょの自分を思っていました。


 泣きながら言っている。この頃、体調が悪くて介護をしていたので、悪化ではない。そして、涙を見せない母が泣いている。ならば答えは一択であろう、と吾輩は察して、間もなく号哭しだしました。


 保冷バッグを棺に、中にブランケットを敷き詰め、その上に遺体を置き、そこに腹巻きを上に置いていました。中には保冷剤を入れていました。亡骸は冷やさなければならないのです。


 ふぅは今年九月か十月に、体調を崩しました。

 正確には、老化によるボケが進行しました。

 猫はボケないと言いますがボケます。始まりはふぅが、正しい場所でトイレができなかったこと。徐々に進行し、やがて襁褓おしめをつけるようになりました。特に台所や寝室でやっていたので、襁褓をつければ問題ありませんでした。

 しかし、食欲が下がり、水も飲まなくなり、足元も弱ってきました。体温も三十三度まで下がったそうです。

 そして、栄養治療食を食べさせなければならないほど、弱りました。


 懸命に介護した結果(学校生活に忙殺されていた吾輩は食事に携わった程度ですが)、体温が三十八度まで戻り、液状スティックも食べるようになり、カリカリも食べれるようになり、さらに顔に覇気も戻りました。足元も強まりました。しかし腰元は骨が浮いていました。


 ようやく元気になったと、思ったのですが。

 つい土曜日のことです。また、体調が悪くなりました。

 足元が弱り、背骨が浮き、骨骨になってしまいました。またあのときに戻ったと思ったら、母と添い寝しているときに、息を、引き取ったそうです。


 吾輩は学校にいました。部活から帰って来ました。少し嬉しい気分でした。目の前が真っ暗になって、絶望の縁に立たされたかと思いました。


 でも、どんなにあのとき看病を頑張ろうと。

 功を奏して元気になろうと。

 十六歳のふぅには、数年以内にそのときが来たはずです。


 だから知っていたんです。

 成人する前に、どうせ死ぬと。猫の寿命はしょせんそんなものです。


 わかっていた。知っていた。

 でも、『解っていた』だけで『理を解していた』わけではなかった。


 その感情の繊細な糸の一本一本までをもが、たかだか十四歳の劣化品の少女が知る由もなく、誰かを喪うことの重みは、このたび知ったばかりです。いえ、味わっているだけです。これを言葉に出来ようものなら、ここまで文字数を裂く必要もないのです。悲哀ではなく悲愛で、悲愛ではなく被愛なのだと信じたい。


 今もふぅはすんやり眠っています。

 ずっと醒めない夢を見ています。

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