れなの謎と戯れ日記の特別編

れなれな(水木レナ)

第1話:11/10/月:霧の朝と果実の夜

 昨日に続いて、今朝も北枕。南枕にすると足がむずむずして、ストレッチしないと落ち着かない。そんな微細な感覚に耳をすませる自分が、なんだか愛おしい。


「ああ、よく寝た!」とカーテンを開けた瞬間、世界は真っ白だった。窓の外、すべてが霧に包まれていた。植え込みの木々も、駐車場の車も、畑も森も山も、何もかもが見えない。まるでマンションごと雲の中に閉じ込められたようだった。


「え!? なになに? なにが起きてるの?」 時計は7時。なのに太陽の位置すらわからない。驚きながら、冷蔵庫から出し巻き卵とミニトマト、豆餅を口に運ぶ。目を白黒させながら、霧の向こうに何があるのかを探るように。


 そして8時。霧がさあーっと晴れて、太陽が真白に輝きだした。木々はすでに紅葉を始めていて、世界が一瞬で色づいた。何度も息をつきながら、エアコンの温度を調整する。朝晩の冷え込みに、愛猫シャオリンがベッドにぽんと飛び乗ってくるようになった。PCを打つわたくしにほおずりしてくる姿に、思わず「やあん!」と声が漏れる。


 最近変えたシニア用の総合栄養食のおかげか、シャオリンは朝から元気いっぱい。部屋中を駆け回る姿に、神よ、感謝いたします…と、キャラットミックスのササミ味に手を合わせたくなる。


 夜、温泉へ。ちょい悪でカッコイイ女性が、韓国あかすりの使い方を教えてくれた。昨日の「ちっとも垢がとれない」という言葉を覚えていてくれたのだ。ふたりで洗面所を半分ずつモップがけし、エレベーターで父の話題に。父の占い信仰と大殺界の話までしてしまったけれど、罪の意識はない。ただ、彼女の中で父がどんな印象になったかは知らない。


 部屋へ向かう途中、正面に小柄な女性の姿。「**さん! **さんでしょ?」と声をかけたのは、月と土星の接近を見ていたからではない。彼女は、母が国勢調査のボランティアをしていた時、父がとってきたスダチに感激し、わたくしにまでお礼を言ってくれた人だった。


 レッドキウイをお礼に渡すと、彼女はにっこりという高級なナシをくれた。母に持っていき、「お礼はなにがいいかねえ」と話し合いながら、そのナシを剥いてもらい、部屋へ持ち帰った。母はスダチとイチジクをもたせてくれたが、わたくしは彼女の部屋番号を忘れてしまった。


「ちょっとお待ちになってね」と言い残し、冷蔵庫から甘い熟し柿と凍らせたイチジクを持って出た。ひゅう、と風が吹いた。彼女はいなかった。


「**さん! **さん!?」と叫んで廊下を走ると、彼女が果物の包みを持って出てきて笑った。「なあに、これをとってきたのよ」とラ・フランスを差し出してくれた。


「凍らせたイチジクは霜がついたころ食べるとシャーベットになります。熟し柿はブランデーをひとたらし、ふたたらしするとおとなのあじですよ」と伝え、「ラフランス、大好きです」と笑って別れた。


 すべてが、満ち足りていた。 霧の朝から果実の夜へ。今日という一日は、まるで季節が語りかけてくるようだった。

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