言い訳の石

遊螺

 僕は正しい。

 なぁ、石よ。


 至って普通の中学生で、授業態度は真面目だし、不良みたいな輩のようにふざけたり、悪さをすることもない。


 先生にあんなふうに言われる筋合いはひとつもないのだ。


「君はもっと自信をもって自分から発言しなさい」だと。

 何を言っているんだ。

 僕みたいな礼儀正しい良い子をつかまえて難癖をつけようなんて、まさしく個人競争時代が生んだモンスターの発想じゃないか。

 自信というものは、誰かにひけらかすために存在するのか?

 あいつは何もわかっちゃいない。


 クラスメイトで、時々僕と同じカテゴリに入れられる前田もそうだ。

 あいつは僕と違って全然勉強ができない。

 それに話すことといったら漫画やアニメやゲームの内容ばかりで、意味不明だ。

 それなのに、なぜあいつと僕が同一視されるのか理解できない。


 そもそも、ファンタジーなどという現実逃避的産物を安易に日常へ取り入れるべきではない。

 ああいうものが、前田のようなヤワな人間を作るのだ。

 僕たち人類は、いついかなる時でも、目の前の現実を見据える力を養わねばならない。


 そうそう。たまに、どういうわけか僕に話しかけてくる刈谷さんだけは別だ。

 彼女は賢い。

 それに、あの人懐こさは、この時代を効率よく生き抜くためのベールで、本当の思慮深さや奥ゆかしさは、その内に隠しているに違いない。



「ねえねえ、田中君!」


 びっくりした。刈谷さんじゃないか。


「なに?」

「今、手に何か持ってなかった?」

「いや、別に……」

「見せてよ」


 きゃあ!

 いきなり人のポケットに手を突っ込んでくるなんて、破廉恥な!


「なんだ、普通の石ころじゃん。拾ったの?」


 まぁ、刈谷さんならいいか。


「……まあ、そんなとこ」

「なんで持ち歩いてるの?」


 うっ……痛いところを突く。


「別に。たまたま、入れっぱなしにしてただけ」


 ということにして、この場をやり過ごそう。


「嘘だね」

「えっ」

「たまにポケットから出し入れしてるところ、見るもん。何かな~って気になってたんだ」


 なんてことだ、見られていたなんて……やっぱりこの人は抜け目がない。


「分かった、お守りでしょ。願掛けしてるんだ」

「そんなのじゃない」

「じゃあ何?」


 わりとしつこいな。どう答えようか。まさか

「自分を守るための方便」「精神の支え」「世界で唯一反論しない聴衆」

 なんて言えるわけがない。


「……」

「そっか。言いたくないならいいよ」

「あ、違う」


 やばい。刈谷さんに嫌われる。


「……実は、この石には、少しだけ不思議な力があるんだ」


 何を言っているんだ、僕は。


「力!?」


 そんなキラキラした瞳で見ないでくれ。


「うん。でも少しだけね」

「聞かせて!」


 もう止められない。


「ええと……たとえばだけど、小さな願いごとなら、叶えてくれる」

「マジ!? 田中君は何が叶ったの!?」


 えーーーっと……そうだ。


「僕はこの前、猫が欲しいって願ったら、我が家にやって来た」


 これは真実だから、嘘じゃない。

 普通に親に「猫飼いたいんだけど」って言ったら「いいよ」って買ってくれた。


「すごーーーい!!」


 刈谷さんが感動してる。

 彼女のこんな顔は、今まで見たことがない。


「ねえ、明日、友達に話してもいい!?」

「え……まあ、いいけど」


 なんかやばい展開になってきた。

 でも今さら訂正できないし、彼女に嫌われたくない。

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