アニメや戦隊モノが宇宙に飛び出したなら

 三十世期も前の出来事。

 これから向かう厄介な星についてのキャサリン教授の話はまだ続く。


 ◇

 

 音声によるやり取りでは埒が開かない状況に、通常ではあり得ない平文の電信を送る。

 普通は電信が通じないから音声でやり取りをするはずなのに、わざわざこんなことをしたのは、相手から帰ってくる文字データを入手したかったからである。


 『こちら銀河連邦所属北緯第三探索隊所属Star Seeker7。識別番号YSS12-PUSTR999。貴艦の所属と船名を答えよ』


 それに対し、その船は二度その場で回転し天頂方向に不思議な虹色の光を放ったあと停止した。

 そして十分ぐらいたった後、ノイズ混じりの返信が返ってきた。


 『我は ”暁に輝く紅蓮の暴虐”、母なる聖北伽藍の星の民なり』


「艦長。通信ができません」

「言葉が通じないのか?」

「いえ、単語としてはちょっと古いですが銀河系標準言語として認識できるのですが、あまりにも意味不明で……ああ、電文のログはありますのでそちらに出します」


 艦長の端末に、こちらから送った電文と返信が表示されていた。

 何とも判断がつかない文章だ。

 確かに船名と所属を送ってきているようにも思えるが何一つとして役に立つ情報がなかった。




 そこにもう一人の探索担当が声をかける。


「艦長!」

「なんだ」

「先ほどあの船から発せられた光を分析したところ、高出力の電磁波が含まれていることがわかりました。迂闊に近づくのは危険だと思われます」

「何だと!? データは取れたのか」

「はい。そちらに送ります」


 通信士がやりとりをしている間に探索担当は相手の船の高精度スキャンを実行していた。

 本来なら不躾な行いであり、敵対勢力が相手であるならば即座に攻撃されそうな行為ではある。


 だが、相手の技術レベルがお世辞にも高いとは言えないところに持ってきて、正体がわからず対応が意味不明とあっては、とりあえず勝手にサッサと調べてはっきりさせたいと思うのも当然のこと。

 探査担当が調べたデータが艦長の端末に送られる。


「おお、これか。うーむ。この船体スキャンの結果を見ると非常に旧式で、運動性能も武装も本艦に対抗できるようには見えないが」

「ですが、先ほどの電磁波のデータを見て下さい」

「ん? なんだこれは? 敵を攻撃するようには思えないな。自爆でもしようとしているのか?」


 そのデータは、先ほど回転してから天頂方向に発した光から得られたものであったが、それが相手を攻撃するためのものでないのは船体スキャンデータと組み合わせてみれば明らかである。


 しかも一歩間違えば、船内に有害な電磁波が溢れかえり搭乗者が全員死亡しかねないものであった。

 あの科学レベルであれだけの高出力電磁波をどうやって放出することができたのか?

 何のためにあんな光を放ったのか? 何らかの操作ミスによるものなのか?


 考えれば考えるほど不気味なこの船をどうすればいいか艦長も考えあぐねていた。


 まるで、子供が実弾の入った拳銃で遊んでいるかのような危うさを感じる。

 うっかり触れるととんでもない事故を引き起こしてしまうだろう。


 そして一度ためらい、無駄とは思いつつも再度音声による通信を試みる。


「本艦は銀河連邦所属の探査艦だが、貴君の所属する政府関係者との会談を望んでいる。取り次ぎをお願いしたい」

「取り次ぎだと? うぬぬ、口おしや口おしや。陽光に涙する我の信は何処にあらんや」


 この返信を受け取り、多少検討はしてみたものの探査艦は自分たちの判断で、この文明と関わるのをやめた。

 この当時は数光年先との亜空間通信には大変貴重な資源を必要していたが、何の躊躇いもなく銀河連邦にこの星系であった膨大なデータを送信した。

 それには、音声、電文など全てのやり取りと取得した艦船データや観測した電磁波についての調査結果を余すこなく含まれていた。


 こんな訳のわからないことに関わるのは御免とばかりに、調査を打ち切って銀河連邦に情報と事態を丸投げしたのだ。

 探査船Star Seeker7は、探索を打ち切り銀河連邦本部に帰投した。



 それからというもの、何度となく銀河連邦からの探査隊がこの星の近傍に訪れたものの、報告されるのは以前と同じ訳のわからない対応結果だけ。

 導かれる適切な対応を誰も思いつくことができず、この星系の文明に関わるか否かは保留、今後の判断は次回の調査時に持ち越しとなっていた。


 その中でただ一度だけ、相手の応答に業を煮やし無理やり相手の艦艇を拿捕した調査隊がいた。

 大型の艦艇で有人人工衛星に近づき型通りの通信をしたものの、訳のわからない返信を無視して牽引ビームを照射、そのまま格納庫に無理やり取り込んでしまった。

 科学的なレベルには大きな差があるため捕獲には何の苦労もなかったが、乗員の調査をしようとしたところからが大変だった。


 宇宙での戦闘経験どころか国同士の争いもない彼らにとって、どこから来たかわからない宇宙船に捕まると言うことは理解の外の事柄だと言って良い。

 恐慌状態になり、口からは泡を吹き、痙攣して倒れ込む者が続出した。

 ショックから危うく死なせかねない事態だったのだ。


 銀河連邦の調査隊が一方的に人権を侵害したこの事件は大問題となったのである。



 この時の調査隊員はいずれも厳罰に処された訳だが、結果としてこの未知の文明についてのあれこれが解ったのは皮肉なことであった。

 接収した艦艇を調べたところ、この星の歴史と成り立ちについて詳細が初めて明らかになったのだ。


 驚いたことにこの星の人工衛星を含む全ての宇宙船に、普通なら機密事項に属するような事柄が全部何のセキュリティもなくAIから入手可能となっており、人々の暮らしぶりからその歴史までの情報が得られたのである。



 持ち帰ったデータを見て銀河連邦では対応が検討され、その結果『何もしない』ことが正式決定された。


 通常、こういう文明が遅れた星が存在する場合、使者を送り政府との会談を経て友好的な関係を結ぶことを考える。

 そして文化的交流から、全住民の知的レベルを数世代にわたって向上させて『連邦の一員』とするよう教育するのだが、この星の場合に限っては、銀河連邦の存在を教えることが、この遅れた文明を持つ惑星の人々にプラスになるとは思えない。


 少しずつ交流を持とうにもあまりにも、その文化のあり方が特殊すぎて何が過度な刺激になってしまうかわからないからだ。

 こうして北極星のそばにある奇妙なこの惑星は、アンタッチャブルな星として銀河連邦に認識されたのである。


 ◇


「そんな星があるんですね」

「そう、今から行くところにはそういうところ」

「はあぁ」


 そこまでの話を聞いたイリアは、呆れたのか感嘆したのか、何ともつかない様子でため息を吐いた。

 それを見てサブリナはイリアを心配そうな顔で見た。


「どうしたの? イリア。話の内容がわからなかった? それとも、そんな星には行きたくないとか?」

「いえ、ずっと話を聞いていて銀河連邦の態度が腑に落ちないというか、腫れ物に触る、みたいな」

「うん。その認識は正しいわね」


 キャサリン教授はわざと伝えていないことがあったのだ。

 それに気づいた事で、イリアは彼女の謎の試験に合格したらしい。


「それは最初にその文明に出会った船がなぜ高出力の電磁波を放つことができたのか、ってことと、なんでそんな惑星にこれから私たちが行くか、ってこと?」

「はい。その通りです」


 そこから話はさらにややこしいことになる。

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