episode 4 無責任艦長サブリナ?

プロローグ

 宇宙艦隊というのはいつも忙しいわけじゃない。


 作戦行動中は本当に分刻みの忙しさになることもあるけど、ヒマなことも多い。

 今は通常の航行中。通常警戒モードで、やることと言えば過去3時間の船外探索機器のデータチェックだけ。


 それが済めば、やることは特になし。

 第一艦橋の空気も落ち着いたもんです。



 でも、流石に隣のこの人はだらけすぎ。

 足を机に投げ出して端末の映像を見てゲタゲタ笑ってます。


 私が覗き込んでみると……あー、サブウィンドウに銀河配信アプリが。

 艦橋の端末に娯楽系のアプリを入れるの禁止なんだけどなあ。


「ピアーさん、何見てるんですか?」

「シー〜、ちょっと黙ってろよ。今、いいとこなんだから」


 なんと、人気サービスアプリ gabema だ。

 実は、私もちょっと興味あるんだ。これ。


 数十の恒星系にまたがる様々なジャンルの映像サービスを提供している。

 面白い番組が結構あって評判もいいんだけど、遠方からだと通信量が高いから自分では見ることはないけど。


「この星系のローカル局を経由するとな。30光年以内なら格安で見れるんだよ」

「へー、なるほど。今日の予定はショートジャンプ一回だけですからずっとその料金で見てられますね」


 ショートジャンプ一回なら長くても3光年。

 途中で画像は途切れはするもののワープ前のチャンネルを飛んだ後に続けてみることは可能だ。


「それで……なんですか、これ? 殴ったり蹴ったりしてますけど」

「知らねーのかよ。宇宙プロレスだよ。宇宙プロレス! このカードはな、宇宙最強と言われているマイクロハード・ブラザースが登場するんだよ」

「マイクロハード? ああ、確かに170cmぐらいだから格闘技する人にしては小柄ですね」

「バカにすんなよ。この二人組はGWWWFチャンピオンで、パワーラッシュ系の覇者ワード・クラッシュと華系宇宙武道の達人エクセル・ホー・ガンシーの絶対王者コンビと呼ばれてるんだよ」


 詳しいな、ピアーさん。

 格闘技なんて興味あったんだ。

 でも『華系宇宙武道』って何? 胡散臭すぎる。


「でも、なんかB級くさいですね」

「いやー、まーそのー……確かに銀河系だけで『宇宙一』を標榜するプロレス団体って2,000以上あるからな。でもGWWWFは少なくとも四星系で一番って言われているんだぞ」

「四星系! たった四つですか? よくそれで宇宙一と標榜できますね!」

「そうは言ってもよ。プロレスなんて奴は最強の格闘王を名乗らないと団体なんて維持できないからよ」


 たった四つの星系で一番と言うだけで宇宙一と公言するのがどれだけ無謀か。

 まず、局所銀河群だけでも150の銀河が存在している。

 一つの銀河に人が暮らす星系が100個だとしても星系の数は、15,000個もあるのだ。


 そんなに誇りたいものなのかなあ。

 格闘王。


 考えすぎと言われるだろうけれど、王という言葉を聞くと私はやはり思うところがある。

 私の父は星系を収める本物の王様だったのだから。

 娘である私からすると一番上に立つ責任に耐えながら激務をこなしている父の記憶しかない。


「まあ、そんな大変なもんじゃねーよ。滅多なことで統一戦なんかやらないしな」

「なんでですか?」

「負けたら最強を名乗れないじゃねーか」

「???」

「王者なんて神輿みたいなもんよ。一番上に建前、って言うか冠がしっかりしてるからこういうスポーツ団体もやっていける」


 それはわかる。


 私の家族は王族ではあったけど大きな権力を持ってたわけじゃない。

 最後の調整で意見を通したことはあったけど、実際の政策は自治議員たちに任されていた。


 何かあるとすぐに議会は紛糾するのでその度に王である父が裁定を下すのだが、その裁定結果でさえも父が決める訳ではなかった。

 有力な議員たちが委員会であらかじめ決定している内容を読み上げるだけ。


 ピアーさんが『王なんて神輿』って言うのもよくわかる。

 王である父が判断しているという名目が大事で、意見が通った議員も通らなかった議員もとりあえず振り上げた拳をおさめることができるのだ。

 それはもう理屈なんかじゃなく『王の命』という形式がいろんな人を納得させるために重要だったのだ。


「でも、マイクロハード・ブラザースは名前だけの王者なんかじゃないぞ。三階級制覇してるんだから」

「体重別の制限を超えて? 個人戦じゃなく、タッグ組んでの計量クラス超えって減量とか大変なんじゃないですか?」

「いやいや違う違う。宇宙プロレスのクラス分け、ってーのはな。体重なんかじゃなくて、試合会場の重力によって分けてるんだ。マイクロハード・ブラザースは、0.7G、1G、2.5Gの3クラスで王者になってるんだよ」

「えぇーっ! 2.5Gの環境でプロレス、ってそれ試合になるんですか?」

「ああ、凄えぞぉ、一mの高さからダイブするだけで下手したら内臓破裂だから。観客の方もな。リングに近い10列までは1.5Gの中で観戦してるんだ。わざわざデカイグラスで出してるビールとか倒すと一大事だからなあ」


 私が今、40んkgだから1.5Gだと60kg超え?

 ちょっとつまづいただけで骨折するんじゃないだろうか。

 痛さも半端ないだろうなぁ。想像したくない。


「あと、0Gと0.3Gってクラスはな。球型の籠みたいなリングに透明なロープが張ってあってよ。飛び回って戦うのが常識になってる。スカイプロレスなんて呼ぶやつもいるな」

「ひぇ〜〜、もういいです」


 何が悲しくて0Gで大人が殴り合いをしているのをみなきゃならないんだ。

 ん? やばい。後ろに怖い顔のサブリナ艦長おねえさんが……


「ピアーさん!」

「何だよ! 今いいところなんだからよ」


 あーあ、もう知らない。


「楽しそうね」

「!!……艦長!!」

「艦橋で面白いもの見てるじゃない?」

「いや、これは……」

「2,000クレジットの没収。それとあなたのgabemaのアカウントは3ヶ月凍結ね」

「そんなぁぁ!」


 2,000クレジット! それは痛い。


 この船では辺境銀河群で使える汎用通貨の方に、艦隊で使えるクレジット・サービスがある。

 これで品物も手に入るし、各種サービスを受けることができる。


 慎ましく暮らすなら三食を10クレジット前後で済ますこともできるし、50クレジットも使えばいいお酒を飲んで豪華な食事が取れる。


 ほとんどのクルーが月々の給与とは別に支給されるクレジットだけで艦内の生活を賄っている。普段は給与には手をつけず、将来のための貯蓄や惑星に立ち寄った時とかに贅沢するために溜め込んでいるのだ。


 2,000クレジットも没収されると当然生活は立ち行かなくなるわけで、かなり慎ましい生活を強要されることになる。

 まあ、給与を使えばいいのだけれどピアーさん、金遣いが荒そうだからなあ。


 画面では相変わらず屈強な男たちが元気に殴り合っていたが、それを見ているはずのピアーさんは顔を手で覆いガックリと項垂れている。

 カウントアウトでフォール負けしたのは、画面の外にいるピアーさんだったらしい。


 その後、謝罪のメッセージを送ったり、サブリナ艦長に頭を下げるピアーさんだったが、いずれもうまく行ってない。

 メッセージは拒絶され、直接の謝罪はけんもほろろに突き放されていた。


 ところが、私が自室に忘れ物を取りに行き、再び第一艦橋に戻った時にはピアーさんに落ち込んだ様子はなかった。

 赦してもらえたのかなぁ?


 ◇


 翌日、旗艦スリップに新人が配属されてきた。

 年齢は17歳だから、私より一つ年下。

 この船に来る前は影艦の三番艦ジョックストラップにいたらしい。


 訓練生からいきなり、影の三番艦の艦橋勤務に抜擢されてる。

 かなりの出世速度だ。きっと優秀なんだろうな。

 そこから旗艦スリップに配置転換というのはかなり珍しいけど。


 普通は、配属された船にずっといることが多い。

 このスリップの場合は、まず生活班に最初配属。そのうち第二艦橋で仕事をもらえるようになる。

 そのまま定着すれば、正式なクルーとなる。

 もちろん、生活班にそのまま居付く人もいる。

 これは影艦でも、表の三隻でも同じ。 


 ただし、キャミソールだけは特別で、誰かの弟子になって認められると一人前だそうだ。

 時々、幹部の誰かが気に入って大抜擢もあるらしい。

 なんか違う職業の組織構造みたいだ。


「おはようございます。サブリナ艦長」

「おはよう。そこに立ってくれる?」

「はい」


 サブリナ艦長がその新人を全員に紹介する。

 第一艦橋全部から見える位置に立たせ、なぜか周りを注意深く見渡してから全員に声をかけた。


「みんな聞いて。第一艦橋で預かることになったジョン・トレイシー君よ。17歳で同期の中ではトップクラスの成績で上がってきた。今までは影の3番艦ジョックストラップに居たのだけれど、研修を兼ねて今日から来てもらうことになったの。ジョン、挨拶して」

「ジョン・トレイシーです。操舵士と通信士志望です。どちらも準一級の資格を持っています。それと…………研修で終わるつもりはありません。このまま一番艦第一艦橋ここでクルーになるつもりです」


 なんて強気なんだろう!

 全員がちょっと呆気に取られ、それからまばらな拍手が起こる。


 第一艦橋でクルーになるには、余程の経験と実力がない限りは無理と言われている。

 これについての例外は……私くらいのものだ。


「ぉぃ」

「えっ!」

「大きな声出すな」

「はい……」


 横からいきなりピアーさんが小声で呼びかけてきた。

 ビクッとして、つい大きな声を出したら怒られた。


「一体、何ですか?」

「あの新人、厄介払いされてきたんじゃねーか?」

「何でです?」

「ジョックの艦長は一本気な奴だからな。ああいう跳ねっ返りとは馬が合わないんだよ」


 なるほど。

 でも、影艦で厄介払いされた人が旗艦の第一艦橋に来るだろうか?


「じゃあ、なんでその厄介払いされた人がこの船に来ることになったんですか?」

「それがな。普通はジョックと関係あるのはペチコートだからな。そこで預かる、って話もあったんだけどよ」


 この艦隊では配置転換に暗黙のルールがある。

 『艦を移るなら同型艦』と言うものだ。

 つまり、影の三番艦ジョックストラップから配置転換するならば、同じ三番艦であるペチコートに移るのが普通なのだ。

 確かにそう考えると無関係の影艦からスリップに転属というのはおかしい。


「ペチコートに移る話はなかったんですか?」

「本人が拒否した」

「えっ!?」

「『年下の艦長の下では働けない』と言ったそうだ」


 新人のクセに何と大胆な。

 でも、わかってきた。そう言うことか。


 優秀だが扱いづらい新人。

 首にするには惜しいが、他の艦長は持て余した。

 そういう人材をサブリナ艦長が直々に面倒を見ると言うのは確かに考えられる。


 この船変わった人多いしね。



 でも、流石にこの人事には驚いちゃうな。


 新人だよ?

 やっぱり旗艦に乗るのは名誉あること。

 普通はそんな暴言を吐いたら船から降ろされそうなもんだけど、逆に希望が通っちゃうなんて。


 そんな理由で断られた三番艦艦長であるケリーちゃんの立場のこともある。


「それは随分ですね。ケリーちゃん怒ったり……するはずないですね」

「ケリー艦長は一言『仕方がないですね』と言って、サブリナ艦長に相談したそうだ。その結果、こっちで預かるからってことになったらしい」


 どうして、ピアーさんはそんなことまで知ってるんだろう。


「やけに詳しいじゃないですか」

「俺とオーリンズが教育係を仰せつかったからな」

「えっ! そうなんですか」


 そこで話は一旦途切れる。

 第一艦橋のクルーがそれぞれ自己紹介していて、次に私の番が回ってきたからだ。


「通信士見習いのイリア・ベルクールです。よろしく」

「見習い? ここは艦隊のエリートが集まっていると聞いたんですが、なんで見習いがいるんですか?」

「それは……」


 いきなり何なんだろう?

 しかも、私のこと睨みつけてるし。


「イリアは大事なメンバーよ。訳あって私が第一艦橋で預かっているの。不満?」

「艦長が! なんでこんなっ!……いえ、わかりました」


 この新人君は、私から一旦視線を切り引き下がり艦長より少し後ろに控えた。

 そして、その艦長の目線の届かないところから、またこっちを険しい表情で見ている。

 サブリナ艦長はそれを知ってか知らずか話を続けていたが……

 

「以上で説明とお互いの紹介は終わったわけだけど…………そうね! トレイシーの教育係だけど、操舵士の指導をピアー。通信士の指導を……イリア。あなたにお願いするわ」

「「えっ!」」


 私と新人くんの声が重なる。

 そして心の声もきっと同じだろう。

 なんで私が、と思っているに違いない。


「艦長。さすがにそれは……」

「あら、いいじゃない。いつも副長やオーリンズの無難な指導ばっかりじゃ面白くないし」

「そんな無責任な」

「どうせ次の作戦はベテランの手腕でどうにかなるものじゃないし」

「それはそうですが」

「それじゃあ、決定ね」


 なんでなんで!?

 通信士としての指導は、オーリンズ通信士長がやるのが普通なんじゃないの?

 今回に限ってなんで私? しかも次の作戦のことも聞いてないんだけど。


 ピアーさんが艦長に何か吹き込んで、私にやらせたら面白い、なんて言ったのかな?


 ………いや、それはない。

 時々冗談やいたずらをするけれど、さすがに正式な人事に口を突っ込んでくるとは思えない。

 とするとサブリナ艦長が本当に面白半分で指導担当を決めた、っこと?


 無理だよぉぉぉ!

 来てからずっと目の仇みたいに睨んでくるんだもん。

 絶対言うこと聞いてくれないよ、彼。



 これからのことが思いやられる。

 第一艦橋の機器と状況の説明はいいとして、通信士としての指導、って何をすればいいの?

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