降りられない!

 早速、行動開始だ。

 何とかして怪しい業者の尻尾を掴みたい!


「おい、そんなに肩に力入ってちゃ何にも出来ねぇぞ」

「そんなこと言ったって……」

「忘れてんのか? 明日はほれ」


 ……そうだった。

 明日は、いつもの軌道港ではなく惑星に着陸するんだ。

 久々の地上上陸。


 宇宙を旅して暮らす者にとって、惑星に降りることは何よりも楽しみ。

 広い空間、土と風の匂い、町の景色を見るだけでもいつもと全然違う。

 観光やショッピングなど、普段ではできないことをするチャンスなのだ。


 自分でも顔がニヤけているのがわかる。

 ピアーさんは「付き合いきれねぇなぁ」と言いながら出ていってしまった。


 やらなきゃいけないことはあるけれど、ここはちょっと置いといて……

 あ、メルフィナだ。


「ねぇ、明日どうする?」

「私? そうだなあ。まず、エスメルの服買いたい! それと星珍楼の中華は絶対!」


 最近よく話すようになったメルフィナ・ピーターソンは、この一番艦(スリップ)の第二艦橋にいる特殊索敵班の女の子だ。

 私とは同い年で、最近はよくつるんでる。


「何の話してるの?」

「あっ、サブリナ艦長。次の寄港予定でどこ行こうか、って話てたんですよ」

「イリア。あなた、次の惑星では降りられないわよ」

「えーーー、なんでですかぁ!?」

「私、キャシー、ピアー、そしてあなた。この4人のうち一人でも地上でもし捕まったらどうなると思う?」


 確かにそんなことになったら大変だ。

 私は専門の訓練なんか受けていないし、拷問されても自白剤を使われても秘密を守ることなんかできないだろう。

 でも、どんだけ離れてるの? まだ、50光年四方の近傍宇宙図の上でもセルノマドなんて影も形もないのに。


「あっ!……でも、まだ目的の星系についてないですし……」

「何を言ってるの? もうあと100光年もないのよ。宇宙では目と鼻の先だわ。相手は星系から星系へ渡り歩く業者なの。もう、敵の勢力圏内と考えていいわ」

「そんなあ…………」


 ひどい! こんなことになるなんて思わなかった!

 せっかく惑星に降りるのに、戦艦(ふね)に缶詰だなんて!


「ねぇねぇ。なんで降りられないの?」

「えーっ、それは…………」


 メルフィナは理由を聞いてくるけれど、もちろん話せるはずがない。

 そこで、サブリナ艦長がニッコリ笑ってメルフィナを見る。


「メルフィナ?」

「はい!…………わっ、わかりましたぁ」


 一声かけられて見上げた艦長の顔で、聞いちゃいけないことだと気がついたみたい。

 サブリナ艦長、美人だけどこう言う時は圧が凄い! ぶっちゃけ怖い!

 メルフィナは手を振って第二艦橋に戻って行っちゃった。


 あーあ。


 まあ、艦長もピアーさんも降りられないんだから、私もわがままを言ってられない。


 だけど。

 二番艦のジル艦長も三番艦のケリーちゃんも今から何を着ていこうか楽しみにしている、って聞いたし。


 いいな……羨しい…………あの二人は、艦隊でもトップクラスに偉いはずなのに、あの話は知らないんだなぁ。

 私も聞かなきゃ良かった…………いやっ! そんなことない! ソル・シリンジの犠牲者を二度と出さないと決めたんだ…………


 ……決めたけど、やっぱりちょっとは降りてお買い物もしたかった……


「何、一人で百面相やってんだよ!」

「あっ、ピアーさん! 残念じゃないんですか? 降りられないんですよ。次の降下先の惑星に」

「ああ、そうだな」

「そうだな、って。随分平然としてますねぇ」

「俺は仕事に生きる男だからな!」


 よく言うよ! 普段から艦橋に居たってロクに端末を開いているところを見たことがない。

 操舵士なのに操船してもいない。


「まあ、そいつはおいといて、これを見ろよ」

「何ですかっ!」


 何を見ろって言うのよ。

 今はそんな気分じゃ……って、これっ!!


「相関図ですか? ………………凄いですね。どこからこんなものを」

「あー、それはなぁ。あのマッド女をとっちめて、どうしてあの情報を俺たちが掴めたかを聞き出したんだよ」


 マッド女、って? ああ、キャサリン教授のことか。確かにマッドかも。

 それより、この相関図!!

 中心に『バザ連合会』があり、その下に今回の受注先「アーノルド技術開発」そこから点線と矢印が「オリオン宇宙貿易」につながっている。

 そして、私の故郷を消滅させた「ファーディアル宇宙理学研究社」と………何でだ! その中に「ファーデアル宇宙警備サービス」がある! しかも、()に囲まれて。


 そして、人の写真が何人か。

 あの3人のもある!

 キミタ・フタガミ、ソウジ・L・マッキャン、ヒュー・サクラダ

 ……うーん、そんな名前だったかなあ?


「どうした? 浮かない顔して。ここまで調べるの大変だったんだぞ!」

「いえ。この3人の名前がフェリアルにきた時と違っているんです。うろ覚えなんで、はっきり言い切れないんですけど」

「やっぱり偽名を使ってやがったか。まあ、想定内だ。それよりこのバザ連合の上を」


 ピアーさんの話はそこで遮られた。


「そこまでにしときなさい! こんなラウンジの真ん中で広げていい資料じゃないでしょう? 会議室を取ったから」


 キャサリン教授とサブリナ艦長が立っていた。

 

「あと、私のこと『マッド女』って呼んだの、聞こえてるから」


 ピアーさんは特大の虎の尻尾を踏んだみたい。


 ◇


 会議室に集まったのは、サブリナ艦長、キャサリン教授、ピアーさん、そして私ともう一人。

 なんでいるの! イシュタル!


「ああ、言ってなかったわね。実はイシュタルには影で動いてもらってたの。彼女が今回の切り札よ」


 イシュタルが切り札? どう言うこと?

 今まで、ずっと姿を見せなかったこともそのせい?


「そして最大の弱点になる可能性もあるわ。あーあ、私は可愛い部下を失うことになるのね。悲しいわ」

「部長! 勝手に殺さないで下さい!」

「ああっ、もう! 話を進めるわよ! イシュタル。報告をお願い」


 イシュタルの調査報告によると……

 この付近で人の住める場所は、今寄港しているこの惑星および軌道港。

 そこで、イシュタルはジルの部下の上陸部隊のうちの腕利き3人キッド、ナッシュ、ストックトンと一緒にまず軌道港に降りて何か今回の仕事に関する噂を探っていた。


「その3人って、海賊の格好で上陸作戦していた人ですよね?」

「あー、イリナ。きっと勘違いしていると思うけど、ジルの部下はかなり優秀よ、特にあの3人はね。派手に立ち回っても隠れて行動する時も、視野が広く何より他人をアシストするのがとても得意。今回もイシュタルをきっちりサポートして、捜査のポイントを上げさせていたわ」


 ふーん、そうなんだ。

 実際、噂からアーノルド宇宙技術開発を探っていくうちに、ヒュー・サクラダが捜査線上に上がってきたそうだ。

 その男が『バザ連合会』と関係があるらしいとあたりをつけたまでは良かったものの、潜入の途中で見つかり敵兵との戦闘になった……って、そんな危ないことしてたの?

 その3人の援護で撃退したらしいけど。


「それで、そいつの名前は割れたの?」

「本名までは…… でも指示をしたのは『オペレーターNO.55』だと言ってました。きっと何かのコードネームだとは思ったんですけど……」


 イシュタルの答えにキャサリン教授はふむふむと考え込んでいた。

 その指示をしていた男には心当たりはないらしく、スルー。


「それで、わかったの?」

「ええ、ナッシュが裏では有名なエージェントだと言ってました。『G-88』が絡んでるとかなんとか……」


 そこまで話したところで。


「ちょい待ち! エージェント、『G-88』… エージェント……、あーーーーー繋がったわ!! 研究室G-88 !! アーノルド技術開発の黒幕は『ドクター・デスサイズ』よ!」

「『ドクター・デスサイズ』!? それって、キャシー。あなた、確か昔、大学でつるんでた研究者の名前よね?」

「失礼ね! あんな頭のおかしな奴とどうして私がつるまなくちゃいけないのよ!! …………でも、そうね。アイツが絡んでいたとすると少し急がないといけないわね。放っておくと何をするのかわからない…………で、私の可愛い一番弟子は何か見つけてきたのかな?」


 サブリナ艦長に文句を言ってたと思ったら、今度はイシュタルに猫撫で声で擦り寄って……って、イシュタルが嫌がってる。


「別に可愛がってもらったわけじゃありませんけど…… これを」


 イシュタルは、直径5cm高さ10 cmほどの円筒を机に置いた。

 それが何だか私は知っている。

 でも、それは本来ここにあってはならない……いや、存在することすらできないはずのものだった。

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